百一話 お返し
静けさに包まれた拠点に、佇む黒髪の少女。ここにいた兵士は全て去ってしまった。黙っていた少女は、独り言を始める。
「愚かな人間。折角、私が見逃してやろうと言ったのに。クロに言われていなければ、命を奪っていた所だ」
冷たい空気を纏い、淡々と言葉を述べる。抑揚は無く、無機質な口調である。
そして、その場に現れる白髪の男。怒りを露わにして、少女に怒声をぶつける。
「やってくれたな。何者だ。貴様は」
声を聞いて振り返る少女。少女の瞳は冷徹な怒りを浮かべている。少女は男を睨みながら口を開く。
「やっと、来たか。少しだけ、感謝をしている」
少女は微笑を浮かべる。急な変化に戸惑う男は、問い掛ける。
「ならば、何故邪魔をする?」
問われた少女は再度目付きを鋭くする。笑顔は消えて、怒りへと染まっている。口を動かして言葉を発する。
「貴様が生きて居ては、私の妹に危害が及ぶかもしれない。だから今、ここで貴様を殺してやろう」
怒りを当てられ、困惑する男。理由を問う。
「本当にそれだけか?それだけならば、怒りの理由が理解出来ないのだが?」
少女は仇敵に憎悪を込めて言う。
「貴様は我の大切な者を奪った。さあ、この世から消える覚悟は出来たか?」
何かを思い出した様な男。臨戦態勢に移りながら喋る。
「貴様!黒龍か!?」
少女は言葉に反応する前に、土を蹴って加速する。
まるで瞬間移動。あっ、という間に距離をゼロにして、男の顔を殴る。
男は動くことも出来ず、幾度と無く地面を跳ね転げる。
有り得ない光景である。
少女の細腕で、体重差が何倍もある男を捩じ伏せている。
そして結果に納得行かないのか、頭を捻りながら喋る。
「なんだ?しぶといな」
少女がそう言えば土煙の中から男は飛び出す。憤怒に呑まれ、顔は歪んでいる。喉が潰れているのか、男は枯れた声で怒鳴り声を上げる。
「忌々しき黒龍が!何故、幾度と無く、私の邪魔をする!?」
その言葉を聞いた少女は、会話に興じる。
「貴様が、私の親の仇だからだ」
「なんだと?まさか黒龍は死んだのか?」
「そうだ。だから貴様を殺しに来た」
少女の告げた答えに歓喜する男。天を仰ぎ、高らかに笑いながら言葉を話す。
「フハハ!それは良い。奴は強すぎた。だが、貴様は一度破壊に成功している。そうだ、貴様さえ居なければ」
そう言って男は呪いを発動する。
男の放った禍々しい悪意は、少女に喰らい付く。鋭く尖った影の様な模様が、少女へと突き刺さる。そして男は勝利を確信する。
男は瞬きをした。そして次の瞬間、目の前が急に暗くなる。
浮遊感と共に激痛を感じ、殴られたのだと理解する。またもや、数えられぬ程の回数を土と触れ合う。
「効く訳が無いだろうが。あの時の私とは違う。そしてその不快な物を、私の大切な妹に向けるな。消されたいのか?」
呪いの効果を得られず、誰にでも無く問う。
「何故だ!?」
「貴様が格下だからだ。ゴミ以下の魔人風情が。己が部を弁えよ」
冷徹な視線で睨む少女。そうすればより怒る魔人。歯を擦り合わせ呼吸を荒げる。
「おのれ!許せん。そうだ。その目だ。貴様らが私を見る、その目が気に入らないのだ!」
「そうだな。私も赦さぬ。父は甘かった。だが私は容赦などせぬ」
睨み合って、お互いが殴り合う。小柄な方が、殆ど一方的に、大人を殴りつける。小柄な方は擦り傷を負ったりするも、すぐに修復している。
かなりの時間が経ち、戦いに飽きてきたのか、距離を置いた少女は喋り始める。
「こんな殴り合いに価値など無い。これは私の腹いせだ。さて?魔人。私達魔物には弱点がある。何か知っているか?」
「なに?」
「魔力核と言う物があって、それが壊れると死ぬのだが、知っていたか?」
「だからなんだ!?」
問い掛けに答える少女の冷たい声。
「もう、終わりにしよう。全てを」
「ま、まさか!?」
魔人は、逃げ出そうとする。だが、遅かった。少女の異常とも言える、速度でもって近寄られてしまう。魔人は最後、声を聞き取る。
「さようなら」
全てを飲み込む無が広がる。
無は周囲の魔力を根こそぎ奪い、魔人は灰と化す。そこに立っているのは少女だけ。そして何事もなかったかの様に、風は灰を何処かへと運んで行く。
ほんの少し前。
心の中で少女達は会話をしている。
《そして、お願いがあります》
『珍しいね。どうしたの?』
《大した事ではありません。体の権限を貸して欲しいのです》
『え?どうして?』
《貴女は油断してしまう可能性がありますから》
『ま、まあ確かにそうかもだけど』
《必ずアイツを倒したら返します》
『信用していいの?』
《ええ。必ず返します》
『ううん。違う。無理しないでね?』
《っ、!はい。勿論です。絶対に》
『そっか。わかった』
1人になった少女は、フラフラと迷う様に歩き、近くの木にもたれて座る。涙を流し始め、顔を手で覆う。少女は吐き出す様に、言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい。私は貴女を裏切りました。貴女が目覚めた時には泣きますか?」
誰も答える者はいない。優しげに、だが淡々として続ける。
「貴女はあんなにも愛されています。だから、貴女は大丈夫」
手で防げなかった雫は、太腿に溢れ、地面を濡らす。勢いは増して止められない。
「貴女から、私を消します。抵抗しないで」
苦しみながら、選択をする。そして、
「貴女から貰った、愛を返します」
乾いた風が涙を攫う。戦いは終わった。吹き荒ぶ孤独の風は冷たい。
独り、少女は永く眠るのだった。
今話で第四章終了です。
そして非常に申し訳ないのですが、多分更新を停止して、恐らく不定期になります。
情報整理や、推敲し直したいのでと言う建前です。あとは文字数増やしたりとか。目指せ4000以上!
実際の所は、ストックを溜めたいのでと言う理由ですね。
本当に申し訳ないです。
ひょっとしたらSSとかを、外伝に投稿するかもしれませんが、あまり期待せず待って頂きたく思います。
最後になりましたが読んでくれた読者様、感謝しています。
m(*_ _)m