百話 役目
遥か上空に舞う、1人の少女。先日与えられた任務を果たす為、翼を駆使して目的地へ向かう。場所は竜聖国西部。目標は国境付近の敵指揮官。どうするかは任されており、私の予定では黒龍化して脅すのが今回の任務である。
物資の輸送隊を道標に、前線へと到着する。
気配を可能な限り消して拠点に潜り込む。
私は現在、仮面を装備している。
毎度お馴染みの、不審者を訝しむ様な視線に晒されている。それらを無視して、私は豪華な天幕へと向かう。
当然警戒されているので、複数の騎士に取り囲まれる。
一応味方なんだけどね。と思いながら立ち止まる。そして騎士さんは叫ぶ。
「怪しい奴め!貴様、何者だ!?」
「うーん。味方?」
「こんな変な格好をした味方がいるか!」
騒ぎを聞きつけたのか、お偉いさんらしき人が近くに来て口を開く。
「なんの騒ぎだ!」
「は!将軍閣下。怪しい者が居たので取調べをしておりました!」
「それは何処にいる?」
「あの者です!」
説明をしながら、騎士は剣の鋒を私に向けてきた。丁度良い所に話が通じそうな、人が出て来たので手紙を差し出す。すると近くの騎士が警戒する様に、私から手紙を奪い取る。その手紙をお偉いさんが受け取った瞬間、お偉いさんの表情が変わる。
私と手紙を、交互に見比べながら震えている。そして小さな刃物を取り出して手紙の封を開ける。
お偉いさんの様子がおかしい。手紙を血走った目で見つめ、先程よりも震えている。まさにガタガタと言う音が似合う。なんと書かれているのだろうか?
手紙を読み切り、内容を理解している途中なのだと思う。フリーズしてしまった。私を含めた周りの騎士も、同様に判断に困っている。取り敢えずお偉いさんの再起待ちである。
そして再起動したお偉いさんが口を動かす。
「‥‥‥とけ」
「は!え、今なんと?」
よく聴こえなかったであろう、騎士さんが訊き直す。だが、返答はお叱りの言葉である。
「その方の包囲を解け!このお方はイヴ公爵様に有らせられるぞ!」
「え?」
「早くせよ!首を飛ばされたいか!?」
「すみません!」
私の前で、コントを始める騎士さん達とお偉いさん。一斉に整列してしまう。
‥‥‥随分訓練されているんだね。
顔を青く染め上げた、お偉いさんが私の前に来て謝罪する。
「も、申し訳ございません。貴方様を公爵様と存じ上げず、多大な御無礼を」
とても震えているお偉いさん。見事なお辞儀で、根っからの軍人である。私にとって礼儀なんてどうでもいい。私はやるべき事があるのだから。
敵の情報を得る為に私は、お偉いさんに訊ねる。
「敵の拠点の位置は?」
「は、はい。西の方角にあります。それがどうかしましたか?」
「ちょっとね。お帰り願うだけ」
「は?え?ですが敵もそう簡単に引くとは思えませんが」
「大丈夫。敵さんも喜んで帰ってくれる筈」
「は、はあ」
このお偉いさん、信じてないな?まあどうでも良いけどね。邪魔さえしなければ文句は無いから。まあ、私の任務は簡単だよ。私が敵の目の前まで行ってから、黒龍になる。結果、敵は恐れて帰る。完璧な作戦だ。うん。アイちゃんもそう言ってる。
アレ?本当にそれで良いの?本当に??いつもの冗談だよ?‥‥‥まあアイちゃんがそう言うなら。え?何?黒龍を恐れるのは、当然だって?まあ、そうなのかも?
作戦は決まってしまった。半分、いや、殆ど冗談だった。なのに完璧な作戦らしい。私は思考を止めた。私はお偉いさんに断りを入れてから、歩いて敵拠点へと向かう。
敵地に到着した私は、現在観察中である。
私が敵指揮官を視界に捉えれば、得体の知れない感情が芽生える。
何故か怒りが湧き立つ。ジリジリと身を焦す様な暗い感情が蠢き、肌が粟立つ。自分でも不思議な感覚に困惑する。
冷静になる為、呼吸に意識を向ける。そして私に語り掛ける、灼熱の如き憎悪の声に耳を傾ける。
《クロ。あの者を逃がしてはなりません》
『どうして?』
《まさか生きているとは思わなかった。アレは、父と母の仇です》
アイちゃんから聞かされた真実を呑み込む。スッと心は冷えて、思考が加速する。そして、姉の声以外聴こえなくなる。
『そう。どうするの?』
《倒しましょう。奴を生かしていて、良い事は有りません》
『勝てるの?』
《勝ちます。なんとしても》
『うん』
《そして、お願いがあります》
『珍しいね。どうしたの?』
《▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️》
『そっか。わかった』
私はそう言って拠点の中心に飛び込む。
周囲は騒つき、黒髪の少女はそれらを無視して高らかに宣言する。
「私はここの指揮官を倒しに来た!命が惜しくば去る事を許可する。だが、歯向かう者には容赦はしない!」
少女の声を聞くものは居ない。周囲の兵士達は、少女を取り囲む。他勢に無勢であり、戦力差は歴然である様に思えた。
しかし、有り得ないことが起こる。
少女はナイフすら抜いていない。だが少女は、騎士が繰り出す全ての剣戟を躱す。そして、少しだけ。ほんの少し手に魔力を込めて、兵士を叩けば吹っ飛ぶ。
少女の周りだけ、重力が歪んでいるのかもしれない。そんな事を考えてしまう程、簡単に人は飛んで行く。
異常事態。兵士の1人はそう考える。倒れた仲間の元へ駆け付ければ、死んではいない。だが、骨が折れていて重傷である。犠牲者は30を超えてしまっている。
そして遂には逃げ出す者もいる。1人が逃げれば、後を追う様にもう1人。
2人逃げれば後は総崩れ。
兵士は気付けば足が勝手に動き出す。人を人と思っていないであろう、冷たい瞳。とても綺麗な赤色だった。破滅的な輝きを放ち、まるで心の底に爪痕を刻まれた様な。
少女は気絶している兵士を持って運ぶ。邪魔にならない所に集めて、放置する。仕方のない事だろう。逃げれば良かったのだから。逃げる機会は与えられた。そして、少女は攻撃してきた者にしか反撃していない。しかも死なない様に、戦力を奪うだけに留めている。
本来の少女であれば考えられない、一連の行動である。だが慈悲はあった。そして黒龍の少女は、仇敵の元へと歩いて行くのだった。