九十九話 真なる名
竜聖国の為に働く事を決めた私は、情報収集をしている。いや、正確には私の欲しい情報を集めてもらっている。そして、現在は竜聖国滞在3日目の朝。優雅にモーニングを頂いている。私と赤銅で1つのテーブルを囲み、会話をしながら食事をしている。仮面は外して3人には素顔を見せている。だがしかし、そんな物よりも大きな事がある。リリアさんは表情を引き攣らせながら口を開く。
「あ、その、ルビー公爵様」
「‥‥‥今まで通りルビー君で良いですよ?」
「い、いえ。その、貴族様だったなんて」
「僕も知りませんでしたから。父がそうだったみたいなので、まあその、気にしないで下さい」
「いえ、王家を除けば貴族様の中でも最上位ですので」
何故この様な状況になったのか。私は情報を収集する為に、この国に滞在すると決めた。そして王様が私の待遇についての相談をされたのだ。私は父と同じで良いと言ってしまった。それから知らぬ間に話は進んで、私は貴族になってしまった。
かつてこの国には影の公爵家が存在していた。かなり昔、黒龍である父の扱いをどうするかと言う事で、当時の王様は悩みに悩んだ。悩んだ結果、ある日架空の公爵家を作った。王族のみが知っていた父の存在を、その公爵家として据えたのだ。黒龍亡き現在は、後継として私がその家の当主となってしまった。議会が執り行われても、その公爵家は殆ど欠席であったのだが。しかし、この国の貴族はなんとなく察しているみたいらしいのだが。
元々父はこの待遇を貰っても自由にしていたと聞いた。だが今の王様が、父に何かと尽くしていたが、忠誠を受け取って貰えなかったらしい。その事でやきもきしていた所に私の存在である。当然私は断ろうとした。しかし、王様が凄く悲しそうにしていたので仕方なくこの状況を受け入れている。
そして現在。急遽雇われたメイドさんが私の斜め後ろに立っていて、甲斐甲斐しく世話をしてくれている。こちらも断ったが、言うまでも無く断れなかった。そもそも私はこの国に黒龍有りと知らしめれば帰る予定だ。そう宣言しても、引き止められはしなかった。私はその時の王様との会話を回想する。
「あの?私はこの国を守ったら帰ると思いますよ?」
「そ、そうですか。わかりました。気が変わったら是非言って下さい!まだまだ時間はありますからね」
うーん?私が帰る事を信じていない気がする。私が帰ったら、雇う予定のメイドさんを含めた家人はどうするのだろうか?私は
「必要無いですよ?」
と言ったのに。まあ自分で言うのもなんだけど、私みたいな得体の知れない者に尽くす人など居無いだろうから。まあいいかな?止めても無駄な気がしてきた。うん、メイドなんて見つかる訳ないし。
そして現在の私は後悔している。何故、あの時断らなかったのだろう。赤銅の皆んなとは距離を感じるし。なんだか憂鬱だな。
結局昨日は私の名前をどう呼ぶか?で困ってしまい、また新たな偽名が生まれてしまっている。その名も
「イヴ」
である。アイちゃんが考えてくれた。何故かとてもピッタリな気がする。そう、まるで歯車が噛み合う様な。ん?歯車ってなんだろうか?よく分からないけど、そんな言葉が思い付く。
そして朝食を終えて、今は食休みと言う所である。そして、私はこの家の中ではルビーでは無いのでリリアさんに訂正を促す。
「まあ構わないですが、僕の名前はイヴです。この家に居る時だけはそう呼んで下さい」
「わ、わかりました。イヴ公爵様」
「‥‥‥外では好きに呼んで下さい」
「そっか。只者では無いと思ってたけどね」
「うん。納得した」
「あ、あなた達はなんでそんなに落ち着いてるの?」
「いや?それはまあ。ルビー君はルビー君だからね?」
「うん。イヴ様」
ちゃっかり様付けで私を呼ぶルルさん。
「まあ、もうなんでも良いですけど。取り敢えずリリアさんは、お茶でも飲んで落ち着いて下さい」
私がそう言えば、メイドさんは静かに動き、リリアさんのカップにお高そうなお茶を注ぐ。私はつい、昨日の夜にメイドさんと少し会話をしてみた。メイドさん曰く、私の為に働けるのは光栄らしい。その事をとても力説して頂いた。正に狂信的という感じ。なのでもうこれは駄目だと判断して諦めている。それはそれとして、とても気が利くので今はこれはこれで、と言った状態である。
お茶を飲んだリリアさんは、落ち着いたのか話し始める。
「そう言えばさあ?ルビー君が騎士達に連行されてたのを見て焦ったよ」
「あーまあ、色々ありまして」
「いや、色々ありすぎだわ。今でも夢を見ているのかなって思うもん」
「それは私も同じ」
「あー、ルビー君が遠い人になっちゃったなあ」
「でも僕は帰る予定ですよ?」
この発言を聞いた私以外の全員が驚く。後ろにいるメイドさんの顔は見えないけど、動いた感触があるので、多分驚いている。まあそれは仕方ないと思う。雇われて数日で解雇の可能性があるのだから。本当に申し訳ない。やっぱり断っておくべきだったよね。
私の憂鬱は拭えず、そんな時にある人が訪ねて来た。それは金髪の少女。私より一つ上の女の子。竜巫女こと、ラーナちゃんである。流石は王女様と言った所作で、見事なカーテシーを決めている。
「ご機嫌よう。イヴ様」
「ご機嫌よう。ラーナ殿下」
私も見様見真似でお返しをする。とすれば王女様は少し不機嫌そうに
「もう!私の事はラーナとお呼び下さい。敬称は不要です!」
「いえ、流石にそれは。殿下こそ私をイヴと呼ばないのですか?」
「それこそ私には不可能です」
王女様と談笑を繰り広げれば、生まれたての子鹿の様なリリアさんが喋る。
「ひぃ、王女様ですか!?」
「リリア?敬称が抜けてるよ」
「無理もない。私も正直ちょっと」
「私、帰りたい」
「あはは」
「リリア、我慢」
3人の話し声に反応して王女様が絡みに行く。
「おや?こちらの方がイヴ様のご友人ですか?」
「うん。その、お世話になってる‥‥‥仲間」
口に出したが少し照れ臭い。赤銅の3人は、こっちを見て笑ってるし。
私達の関係を見て、目を輝かせながら3人に自己紹介を始める王女様。
流石のラーナちゃんであり、仲良さそうに握手をしている。
少し、そう少しだけ。ラーナちゃんに羨ましさを覚えながら、私は笑うのだった。
もうすぐこの章も終わりますが、第五章はタイトルを隠します。なので多分未定と打ち込みます。