第七十八話 残された者たち
話しの舞台が現代に帰ってきてます。
「ここから先の話は知っての通りだ。俺達は敗北した。城壁の向こうからやってくる千の部隊を相手に撤退を余儀なくされた。いや厳密にいえば戦えばおそらく勝てたが、もはや城壁が破壊されつくしたあの場所を死守する意味はない。そして死守し続けることも出来ん」
自重するかのような表情のシュナイドの言葉をジャーグスが引き継ぐ。
「そうだな。俺達はいくら殿下の親衛隊とはいえ、部隊数はたったの百程度。それでも一般の兵士千人程度ならうまく城壁に残った部隊と合流すればおそらく勝てただろうが、城壁を維持するだけの数には圧倒的に足りないからな。せいぜいが城壁に残っている食料などを焼き払う程度しかできなかったのさ」
「・・・無論撤退して即本国へ伝令を送ったが、伝令は尽く帝国の兵士によって捕殺された。お陰で本国は何の準備もすることが出来ずに帝国に蹂躙され、我らはこうしてランドグルーム国の都市に潜伏することしかできなかったと言う訳だ」
「その中で城壁から撤退中の部隊の人間と合流して今の規模になり、その時にあの戦の結果を知ったのだ。・・・・・たった一人の男によって城壁も一万の兵も失ったことをな。それも僅か数時間程度で」
「すべてを見て逃げてきた兵士から聞いたその男の印象から、いつしか『一振の悪魔』という名が広がったのだ」
そこまで話すとリカは「そうですか」とただ一言だけ言うに留まる。
誰も自分の慰めの言葉など必要とはしていないだろうと判断して。
「ちなみにだが、逃げてきた兵の話だと、『一振の悪魔』は黒い髪をしていたようだ。この地域じゃあ随分と珍しい。更に瞳まで黒だったという話も出ている」
とあるレジスタンスの男がリカを睨むようにしてそう話してくる。
「・・・・・それでですか。成程、理解しました。私を怯えたような、怒っているような奇妙な表情で見るのは。そうですね、私も「黒髪で黒い瞳」ですからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばし沈黙が場を支配する。
その沈黙を破ったのはシュナイドだ。
「お前に聞きたい。あの場で俺達を救ったことを考えても帝国の者とは思っていない。だが、無関係とも思えん。お前の素性を明かしてもらいたい」
「・・・・・そうですね、お伝えできればよかったのですが、残念です」
「・・・・・どういう意味だ?」
その言葉を発した時、周囲の空気が一段重くなった。
ジャーグスなどは手を愛剣に近づけて警戒している。
「信じて頂けないかもしれませんが、私は一部記憶がありませんので。ですからその男との関係性を疑われてもお答えできかねます」
「・・・・・それを信じる証拠は?」
「ありませんね。ですのでまぁ、この辺りが限界だと思いますよ」
「何を・・言っている?」
誰もが周囲の者と顔を見合わせつつもリカに対して警戒していたが、シュナイドだけは理解したようで声をかけてきた。
「本気か?お前はそれでどうするつもりだ?」
「さて、どうするかはまだ決まっていません。記憶が曖昧なせいでちゃんとは思い出せませんので。ですが私には目的があるみたいなんですよ」
「目的?」
「ええ、誰かに会わなくては行けません」
誰かという曖昧な表現しか言えないことに歯がゆいのか、少し表情に苦笑のようなものが滲んではいたが、それでもその言葉は確固たる意志が存在したかのように強かった。
「人探しか。ならば尚更人を使って行う方がいいだろう?」
シュナイドが叶うはずもないと理解しながらもそれでも念のためにそのような発言を紡ぐ。
リカもそんなシュナイドの気持ちを理解しながら返事を返す。
「そうかもしれませんが、それは叶わないでしょう。私がここにいると纏まるものも纏まらないでしょうから」
「そう・・・か。いいだろう。我らを助けてくれたことには感謝しよう。だが、これ以上手を貸すことはおそらくできん」
「はい、理解していますよ。あなた方と私では進むべき道も目的も違いますから。それではこちらこそ拾っていただいてありがとうございました。皆さんお元気で」
そういうとリカは出口へと向かっていく。
「おい!どこに行く!?」
ジャーグスがそう言って声をかけるとその声に振り返らずに声だけが聞こえてきた。
「どこに・・・そうですね、どこに行くのでしょうね。行く場所は解らないけれど、会いに行かないといけない・・・私は・・・」
そう誰にでもなく問いかけるような声音だけが聞こえた。
周囲の者は今の会話の大半が理解不能な会話であったが、シュナイドは特に引き留めることもなく、リカの背を見送っていた。
「と、これが私の知る限りの戦争の内容となります」
そういうとアミーラは一つ息をついて話した相手を観察する。
「へぇ、あのタイタンが・・・ねぇ。一国を落としたって言っていたけど実際には城壁の破壊のみだったって訳ね。まぁそれでも十分とんでもないことだけど」
何か考え事をしているのか、出てきた言葉はそれほど深い内容ではなかった。
「ふーん、その城壁ってさ、そんなに凄かったの?僕でも簡単に潰せたんじゃないの?」
「さて、私はシルフ様のお力をそれほど存じておりませんので何とも言えませんが、城壁には対物理、対魔両障壁が設けられていたとのことです。ですので大規模魔術を跳ね返したにもかかわらず、実は魔術での城壁破壊は一切確認されてはおりません」
「へぇ、百人規模の大規模魔術でも城壁の破壊が出来なかったなんて、大したものね。帝都の城の防衛機構と殆ど差はないんじゃないの?」
「はい、おそらくではありますが、こと対魔術に関しては帝都の防衛機構さえも上回っていたと思われます」
「それを物理的に破壊・・か。大した攻撃力ね、タイタンは。それだけに調整が大変って事かしら?」
特に表情が変わったわけではなかったが、何となく場の空気が少し重たくなる。
「・・・その辺りに関しましては私では不明です。ことタイタンに関してはウルベ様が直々に力を入れておられますので」
「・・・・・あらそう。わかったわ。色々ありがとう。シルフ、帰るわよ」
そう秘匿されて、だがそれも特に気にする様子もなくエレクトラはその場から立ち上がる。
エレクトラに促されたシルフも、当初の目的はタイタンに会うことだと今までの会話から何となく察したので疑問をそのままにエレクトラに向けて放つ。
「あれ?もういいの?そのタイタンっての、見ていかないの?」
「ええ、どうせウルベの事だから見られないわよ。その内あの馬鹿・・・じゃないわね、あの豚の元にまた配備されるでしょうから、その時にちゃんと観察すればいいわ」
「ふーん、まぁいっか。僕も疲れたし、一度帰って寝ないと。魔力が回復しないや」
シルフ自身も多少タイタンという男に興味は出たものの、それでもここで意地を張ってまで見たいというほどでもないのかすぐに興味が薄れた。
「それじゃ、城に帰るわ。じゃあねアミーラ」
「はい、どうぞお気をつけてお帰り下さい、エレクトラ様、シルフ様」
最後にそれだけ言うとエレクトラとシルフはウルベの研究室を出た。
だが城を出たエレクトラは何か考え事をしているかのように眉間に皺を寄せる。
「どうしたのエレクトラ?なんかちょっと怖い顔してるけど?」
「あらそう?そんなつもりはなかったんだけど、少し疲れちゃったかしらね?」
シルフにすら自身の今の状態を知られて少し迂闊だったかな?と思いつつも軽く流すように誤魔化して、頭の中ではやはり別の事を考えていた。
「(・・・結局タイタンには会えなかったけど、アミーラから聞いた外見は黒髪黒目。身長はどちらかというと小さめで黄色系の肌で彫りの浅い顔つき・・・あの女との共通項がありすぎるわ。という事はあの女とタイタンは何らかの関係がある?)」
そのままシルフと他愛ない中身のない会話をしつつも、エレクトラは脳内ではタイタンと奇妙な能力を持つリカという女性の事を考えていた。
「(可能性は高い。タイタンとあの女を合わせたくなかった。だからウルベはわざわざ私とシルフに奴らを追い払う役割を与えた。でもそれなら始末しても良かったはず。それを命じなかったのは・・・・)」
そこまで考えて改めてあの女、リカと名乗った女性の事を思い出す。
「(頭が落ちても死んでいなかった・・・おそらく私とシルフでさえも始末することが出来ないと考えた・・という事?六将軍の私たちが?・・・一体何なの?あの女は・・・)」
エレクトラは城に戻ってからもずっと答えの出ない思考の迷路を彷徨っているのであった。
これにて正真正銘第三章の全てが完了です。
ここからしばらくは更新が止まります。
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未だにサイトに使い慣れていませんが、再開までに活動報告などを使えたらと思います。
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