第六十九話 別れ
「う・・ぐぅ・・・うぁ・・」
思わず膝をついて倒れそうになるが左手を地面に添えて何とか耐える。
「ぐっ!はぁはぁはぁ、ネーム・・レス?ギル・・バートさん」
未だに目が赤く、右腕は変異したままではあるが、どうやら意識は戻ったようだ。
「俺は?この・・手は?・・・うぐっ!」
嗚呼、そうか。
これが・・・俺の中にいる化け物か。
はっ!ほんとに化け物になっちまったんだな・・・俺は・・。
「わりぃ、ネームレス。落ち着いた」
体は戻っちゃいないがな。どうやったら戻るんだコレ?
(未熟者め、まぁ良い。我が何とかしてやるからしばらくは大人しくしているがいい)
助かるぜ。
最初の頃お互いにけん制しあっていたのがウソみたいに頼れる相棒になったな。
「ジュナス殿・・・」
そう声が聞こえてそちらに振り向くと、ギルバートさんが結界のすぐ近くまで来ていてこちらを見ていた。
だがその腹部は穴が開いたままだ。
まともに歩けるのが不思議だが、おそらくこの光輝いている魔力でそうなっているんだろう。
だがその光も少しずつ消えて行ってしまっている。
ギルバートさんが長くないのが何となくだが感じ取れてしまった。
「ギルバートさん・・・すみません!俺が!もっと速くに戻ってさえ来れたら!いや!それよりもあのハゲを俺が!確実に仕留めていれば!!」
ジュナスは泣きそうな表情でギルバートにそういうと手を伸ばそうとする。
だが・・・
バチバチバチッ!!!
と結界に触れた瞬間、弾かれるようにして腕が通らない。
ハハハと乾いた笑みしか出ない。
体は化け物になったのに、慈善染みた偽善的な行動をしたせいでこのざまだ。
俺があのハゲを化け物よろしく躊躇なく殺してさえいれば、ギルバートさんは死ぬようなことはなかった。
俺が砦で人質になっていた顔を見たこともない奴らの安全を無視して、敵の排除のみをさっさとやってさえいれば、間に合わないなんてなかったはずなんだ。
全ては人としての無駄な感情が邪魔したせいだ。
そうだ、だからギルバートさんが!
この人は俺の事を信じてくれたんだ。
数少ないこんな腐った連中共が蔓延る世界で、こんな化け物みたいな俺の事を見ても恐れずにいろんなことを教えてくれた。
剣の使い方も、野営の仕方も、この世界の事を教えてくれたってのに、それを俺は・・自分の甘さで・・この半端な知識しかない、それどころか人間でもなく化け物にもなり切れない半端な男を・・・
まだ目が人のそれに戻っていないせいか涙すら流れもしない。
そうだ、今後は全て殺すべきなんだ、敵は全て、邪魔するやつらは、誰だろうと・・・・全て・・・でないとまた大事な人が・・・
ドクン!!!
とひと際心臓が強い鼓動を起こす。
また徐々に視界が赤く染まり出す。
右腕に刺さっている剣がうっとうしく感じてきてつい抜いてしまおうとしてしまう。
頭に何やら雑音が聞こえるがそれもうっとうしい。
そう思ってイライラしていると
「ありがとうございました、ジュナス殿。貴方のお陰で皆の命が救われた」
そう聞こえた。
それだけで剣を抜こうとしていた左手の力が無くなった。
「な・・・に?・・いって・・・るん・・で・・すか?」
むしろ自分が何を言っているのかわからなかった。
だが胸の内に暖かいものが感じられた。
「貴方がいなければいずれこの修道院は潰されていたでしょう。貴方のお陰でここにいる皆は救われたのです。ほんとうにありがとう」
急速に右腕が戻りつつあった。
ふと見るとネームレスが刺さっていることを除けば、いつも見ている自分の右腕とほぼ変わらないようになっていた。
「違いますよ!俺が!あいつを!あいつらを殺してさえいれば!!!あなたは!!!」
そう叫ぶがそれに対してギルバートさんは笑顔で顔を左右に振った。
「いいえ、違いますよ。貴方だからこの場所は守られたのです。他の誰でもない、あのような体にされて、それでもなお人として正しい生き方をした心優しい貴方だからこそ、シロエもソフィもマザーもエリーもこの場所にいる皆を守れたのですよ」
そう言われて何も言えなくなってしまう。
違うだろう、俺の甘さが貴方を死に追いやってしまったんだ。
俺がこの手を汚すことを恐れたから、半端な覚悟しか持ってなかったから!
「ジュナス殿、人は弱い。人とは往々にして辛いことがあれば、それを他人や環境などの周囲のせいにして楽な道を選ぶ。貴方の通った道は常人では決してまともではいられない道だったはずです。それでも貴方は人の心を持ち続けているのです。だからきっとイーヴァリス様に受け入れられたのだと私はそう思いますよ」
視界もまともに戻った。そのはずだ。
だけどギルバートさんの顔がよく見えない。
まるで視力を悪くしたのか、にじんで周囲のなにもかもがよく見えない。
「貴方は強い。ですからこれからもその心を決して無くさずにいて頂きたいのです。これからも困難な道が貴方の前に立ちふさがるでしょう。ですが貴方ならきっとそれが出来る。私は心からそう思いますよ」
「っっっ!!くっ!!!」
言葉を返そうとしても何も出て来ない。ただただ嗚咽を漏らすことしかできなかった。
「さて、そろそろですね」
そういうとギルバートさんが後ろを向いて修道院の面々を見る。
どうやら自分の所に来る前にある程度、他の人達に話は済ませていたのか、特別誰かに近づく様子はなかったが、ほぼすべての人が涙を流して別れを悲しんでいる。
「マザー、大変申し訳ありませんが後の事はよろしくお願い致します」
「あぁ、任せておきな。あんたも・・・長い間お勤め、ご苦労だったね。エリーの事もこの場所の事も全部アタシに任せて・・・イーヴァリス様の元でゆっくり休みな」
そういうマザーの表情はこれまでとは打って変わってシスター然とした、だがとても穏やかな表情だった。
「皆さん、ありがとうございました。エリー、皆の事をよろしく頼みますよ。シロエ、ソフィ、貴方たちは自分の思うままに、自由に生きなさい。ジュナス殿、貴方と出会えたことは私にとってとても嬉しいことでしたよ。ありがとう」
その言葉を最後にギルバートの体が消えていく。
「う・・・うう・・・うぁ・・・あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
叫び声が夜の闇を切り裂くかのように木霊したが、すぐに闇に飲まれていく。
そして魔力の残滓だけが遥か天へと昇っていき、やがてそれも空に消えていった。
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