第六十八話 決意
誰も何も声を出すことが出来なかった。
だがそれも僅かの間で、次の瞬間には結界の外からこちらを見ているジュナスだった化け物がいた。
「グル・・・ルルルゥゥゥゥ」
その瞳はギルバートを始めとした周囲の人達を見ているが襲い掛かってはいない。
だがいつ襲い掛かってもおかしくないほどに殺気を纏ってこちらを見ていた。
「ひっ!?」
誰が発したのか、その声が聞こえると化け物は動き出した。
結界に向かって腕を振り上げては叩き付け出したのだ。
そこから周囲は騒然となった。
修道院に逃げようとする者、腰が抜けて動けない者、ギルバートやマザーに縋る者。
そんな中、地面に突き刺さったままであったネームレス(剣)が鈍い光を発していた。
その光につられるようにソフィがネームレスに近づいていく。
「いけないよ!聖剣は持ち主か聖剣の主に認められた人しか触ることが出来ないんだ!怪我しちまうよ!」
シスターマザーがそういうが、ソフィは何かに導かれるようにしてネームレスの前まで来ると、その柄を握りしめる。
マザーも他の者もその光景を見て驚きの表情をしている。
そこへギルバートから息も絶え絶えの様子ながらも声が聞こえた。
「そ・・ふぃ・・その・・剣を・・ジュナス・・どのに・・・」
それだけ言うと今度はシロエの方へ視線だけを向けていう。
「し・・ろえ・・アレを・・風で・・ジュナス・・・どの・・に・・はなち・・なさ・・い・・・」
突然自分に話しかけられたシロエは、だがしっかりと聞こえていたようでソフィに向かって近づいていく。
「シロちゃん・・・」
ソフィは何故自分が剣を持っているのだろうと困惑の表情を浮かべながらも、やることは解っているのか、その眼差しは力強かった。
「ん・・・やる・・・」
シロエもギルバートに言われたことを理解して必死に魔力を溜めていた。
未だ魔法はまともに扱うことが殆ど出来ないようで、頑張るがなかなかうまくいかない。
しかし急に魔法がうまく動き出した。
何故かと驚いて周囲を見ると、ギルバートが自身の手に持つ魔導書を使ってサポートしているようであった。
(ギルバート、本当に良いんだね?これをやると君はもう完全に目覚めることはない。今君をギリギリ生き永らえさせている私の魔力を彼を戻すための魔力に当てるともうその後は・・・)
ギルバートの聖剣である聖書天使ミカエルから悲し気な声が聞こえるが、ギルバートは穏やかにその声に心で返事をする。
「(良いのですよミカエル。彼のためならば私はこれで。彼はきっと私などよりももっと立派になってもっと多くの人を救います。その一助となれる、これは大変名誉なことではありませんか?)」
ギルバートは一切の迷いがなく誇らし気な声音でそう語る。
(そうか、君がそういうのならそうなのだろう。いいよ、なら最後に私の魔力を使い切るといい。ほんの少しだが君が自由に動くことが出来るようになるだろう)
「(それは!いえ、感謝しますミカエル。貴方とは長い付き合いでした。ありがとう)」
そこまでの会話をすると、ギルバートの体から強い光が発され、マザーに手を借りながらギルバートが上体を起こしてシロエの魔法をサポートする。
「シロエ、落ち着いて。ゆっくりで構いません。聖剣の周りに風を纏わせてソフィが投げたそれを後押しするように、そして風で聖剣を誘導させてあげてください」
優しい声音で語り掛けるギルバートに誰もが傷が治ったように思うが、ギルバートが纏う光が徐々に減っていく。
何よりも体に空いた穴は穿たれたままであることから、この光が消えるとギルバートは・・・そう思って体を労わって欲しそうに見やるが、ギルバートの瞳からはそれを拒否するようにジュナスの方を見ている。
「ソフィ、準備はいいですね?ジュナス殿に向かってその剣を投げればいいのです。後はシロエがうまく当ててくれます。大丈夫、貴方たちなら出来ますよ」
シロエの方の準備が終わったのでソフィに向かって声をかける。
ソフィもずっとギルバートの体調を気遣ってギルバートを見ていたので、すぐに反応して剣を投擲する構えを取る。
といっても子供なので本当に適当に投げるような構え方なのだが。
それでも精いっぱい力を込めてジュナスに向けてネームレスを投擲する。
すぐにシロエの魔法によって投擲されたネームレスが加速して一直線にジュナスの元へと向かっていく。
ジュナスになった化け物はそれまでは結界をずっと殴り続けていたが、自分に向けて剣を投げられたことによってそれに気が付き回避しようとする。
だがそこで魔力の込められた声が聞こえた。
「ジュナス殿―!!!!!」
ただ一言自分を呼ぶ声だったが、それだけで十分だった。
回避しようとしていたところにその声が聞こえてビクッ!っと体を震わせたかと思うと、自ら剣に向けて体を傾けた。
ネームレスはドラゴンの腕となっていた右腕に突き刺さる。
そこでネームレスから声が聞こえてきた。
(愚か者め!我との契約を忘れたか!?貴様には我の分体を見つけきるまで二度と我を手放すな!そして我も、貴様を戻すために全力を出そうぞ!)
そう聞こえると突き刺さったネームレスの剣を中心に魔力がジュナスの体を覆いだした。
そこでジュナスの瞳に知性の光が戻った。
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