第六十四話 浸食
その頃の修道院では
「それで?まだ戦われますか?これ以上の争いは無意味かと思われますが」
そう言っているのは、いつもの修道院の司祭服に似ているが、少し動きやすいような見た目に変わったギルバートである。
自身についた土を払いつつ問いかけた。
片手には本のようなものを開いており、その目は目の前に倒れこんでいる男へと向けられている。
「ぐっ!!」
そういいながら起き上がろうとしているのは、禍々しい斧を片手に持った巨大な男である。
かなり巨大なはずの斧であるが、男の筋力によってか、それを片手で持ち上げては自身を倒れこませた男を睨みつけるようにして起き上がった。
「こんなはずはねぇ!この武器がこいつがあれば!魔法なんて効かねぇはずなんだ!」
そう言って再度ギルバートに向かって走り出すのは、現在盗賊の頭をしているカーマッセ。
ギルバート目掛けて走るスピードはかなり速く、すぐに距離を詰めてその右手に持った斧を振り下ろすが、ギルバートはこれを一歩下がることで回避。
更に追撃をしようとするカーマッセだが、その前にギルバートの右手に持つ本が光り輝くと、カーマッセの周囲に数本の光の矢のようなものが現れてカーマッセを襲う。
「こんなもん!こいつがあればー!!!」
そういうと右手を周囲に回転させるように振り回した。
斧と接触した光の矢は途端に、その姿を消して魔力の残滓のみが周囲に漂った。
それをみてニヤリと笑みを浮かべるカーマッセだったが、その後すぐに先程よりも多い数の光の矢が、前後左右、更には上からも襲い掛かりカーマッセの肉体に襲い掛かる。
「ぐ、ぎゃああぁぁぁぁ」
先程と同じ要領でいくつかの光の矢を消し去ったカーマッセだったが、流石に今度は全てを防ぐことは出来ずに、複数の光の矢がカーマッセの足や体に刺さり肉体を傷つけた。
「確かにその斧の効果はとても恐ろしい。おそらくはその斧に接触した者の持つ魔力を全て無効化、いえ、先ほどの貴方の様子から吸収でしょうか、しているのでしょう。そしてその魔力を自身の筋力の増加や治癒の力へと変換しているといったところでしょうか」
「な!?て、てめぇ、どうしてそれを・・・」
自身の持つ斧の効果を見事に的中させたことに、驚きの声と表情でギルバートを睨みつける。
だがギルバートは特に怯むこともなく、淡々とカーマッセに告げる。
「先ほどから様子を見る限り、最初に戦った時と比べて貴方の速度は落ちつつあります。それはおそらくその斧の持つ魔力が減ってきているからでしょう。その理由はおそらく貴方の負傷にあるのでしょう。何度も傷を負っているにも拘らず動けるのは、おそらく治療に魔力を回しているから。そして治癒に魔力を回した結果、筋力へ回すための魔力が減り、最初と比べて速度や力などが落ちているというところでしょう」
急に不意を突かれたような形で襲われたにもかかわらず、ギルバートは冷静であった。
目の前の男が女神イーヴァリス様の加護の結界を超えたことには大層驚かされたものの、その戦い方はあくまでも蛮族のそれであり、各国の騎士のような動きではなかったことも、ギルバートが有利に戦えている要因でもあった。
「改めて問います。まだ戦われますか?貴方の力は最初よりも圧倒的に不利になっておられる。これ以上罪を犯し続ける必要はありません。もう降参なさい」
しっかりと相手を見つめつつも、油断なくそう語りかけるその様はまさしく司祭という名に相応しく思えた。
だが目の前の男は目をギラギラさせながら怒りで顔を赤くして、額に血管が浮き出るような表情で吠える。
「ふざけるな!俺様は王になるんだ!!そうだ!王だ!!俺様は王に相応しいんだ!!おい!そうだろうてめぇ!!こいつがあれば王になれるって言っただろうが!!!」
そういうと結界の外にいる盗賊たちの中で一人、明らかに周りの者と違う場違いな全身ローブで、男か女かもわからないような相手に怒鳴りつけた。
思わずギルバートもそちらに視線を向ける。
「(先ほどからずっと気になってはいたのですが、この男はどうやらあの者に唆されたようですね。それにしても不気味な雰囲気を纏った相手ですね、なんというかあまり命の力を感じられない・・・)」
奇妙な感覚の相手に警戒心を抱いていたが、その相手が目の前の男、カーマッセに向けて腕を突き出して両手を広げた。
「ソノ、オノノホントウノ、チカラ、ヒキダシテヤロウ」
明らかな片言の発言に一層不気味さが増していく中、ローブの男(声音的に)の腕からカーマッセに向けて何かが発射される。
それは魔力の光のようであるのだが、明らかに普通の魔力の色合いではなくどう見ても禍々しさが宿っていた。
「!(あの魔力の光は!いけません!おそらくは死者が持つ恨みの念の魔力!そんなものを人の身に受ければジュナス殿の傷のように、いえあれ以上に危険な代物!)」
それを見て即座に手元の魔導書に魔力を込めて浄化の魔法を起動する。
「邪なる者の意思よ、現の世を惑いしその身を在るべき場所へと依り戻さん、浄現光!」
ギルバートの浄化の魔力が、ローブの男から放たれた魔力に向けて相殺するように放たれた。
だがその浄化の魔力の前に立ちふさがる男がいた。
「なっ!?」
「こいつが・・・これがあれば俺様は王になれるんだな?だったら俺様は!!!」
そういうと自ら死者の魔力に飛び込むカーマッセ、浄化の光はカーマッセの持つ斧に吸収されてしまい掻き消えてしまう。
「う・・・うぐおぉぉぉぉぉ!!!すげぇ!すげぇぜ!!なんだこれは!?力が溢れるぜ!溢れてくるぜえぇぇぇぇ!!!!」
死者の魔力がカーマッセの周囲を漂い、その身にそして不気味な斧にもどんどん吸収されていく。
そのあり得ない魔力によっておそらく斧がカーマッセの身体能力を自身の限界以上に引き上げていく結果、興奮が止まぬのだろう。
もはや浄現光を放とうともカーマッセの体内に入り込んだ死者の魔力を浄化するのは難しい。
何よりもあの斧には浄現光が聞かないのだから止めるすべはない。
「なんと愚かな・・これ以上罪を犯すなど・・・」
苦しそうな表情でカーマッセを見つめるギルバート。
例え大罪人であろうと救いを示そうとするその姿はギルバートらしいと言えばらしいのかもしれないが、どうやらそれだけではないようだ。
「うぉぉぉ!!頭が今以上に強くなっちまうのか!こうなりゃほんとに王になっちまうぜ!俺たちはカーマッセ王国の家臣だぜ!!はっはっはっはっは!!!」
結界の周りを囲っている男達もカーマッセの様子に興奮して血気に逸っている。
どうやら誰もカーマッセの状況には気が付いていないようである。
「ハ、ハッハッハ・・・これで・・・貴様にも・・・あの野郎にも・・勝って・・・俺・・様が・・・王に・・・・あ?」
喋っている途中で急に疑問が出たかのように無表情になり、ぶるぶると震えだすカーマッセ。
その様子をギルバートだけが即座に気付いて戦闘態勢に入る。
他の者たちもどうやら異変に気が付いたようで、先ほどまで上げていた声を止め、今は水を打ったように静かになった。
「あ?なんだ・・・なんだこれ?何だこれは!?待て・・・来るな!!止めろ!!止めろ!!!ヤメロー!!!!!」
突如頭を抱えて膝をつき呻き出すカーマッセ。
「頭!?どうしたんですか!?」
周りにいた部下たちがカーマッセに最も近い結界の近くまで集まって心配そうに様子を伺っていた。
明らかに様子がおかしいが、それ以上におかしなことはカーマッセの持っていた不気味な斧が、カーマッセが手を離したにもかかわらずまるで腕に張り付いたかのように離れない。
「来るな・・・これ以上俺様の中に・・・入ってくるな!!あ、ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!!」
そう叫ぶと斧が光り出し、ひと際大きな光を発するとカーマッセの頭上で突如砕け散る。
そして砕け散った中で唯一、斧についていた玉だけが残りカーマッセの体の中に入っていった。
ドクン!!!!!
誰が聞いたのかこの場にいる全員がそんな音が聞こえたような気がした。
いつもより少し遅くなりました。すみません。
いつもご覧いただきまして、ありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、感想や誤字訂正、ブックマークや評価などして頂けますとモチベーションアップにつながり、更新のペースも上がるかと思います。
これからもどうぞよろしくお願い致します。