第五十八話 偵察
「さて・・・こんなもんかな」
修道院の前で俺はそう言うと背後を振り返る。
そこにはギルバートさんとマザー、それにエリーさんとシロエとソフィがいたので声をかけた。
「それでは行ってきます」
俺がそういうとまずギルバートさんが「ジュナス殿、申し訳ございませんがどうぞよろしくお願い致します」という。
それに続いてシロエとソフィ、エリーさんが「ん・・・」「行ってらっしゃいませ」「お気をつけてください」と順に言う。
最後にマザーが「しっかりと頼むよ、ちゃーんと帰ってくるのを待っているからね」と言ってくれてようやくこの世界での帰る場所が出来たような気分になり、思わず胸に込み上げてくるものがあったのをグッとこらえて言葉を発さずに頷くだけに留める。
ちなみにシロエとソフィ、それからエリーさんには近くの村の見回りに行くという風に説明している。わざわざ危険な場所に行くという事を言って心配をかけさせないためだ。
「それでは数日程度で戻れると思いますので」
そういうと今度は振り返らずに女神さまの結界を超えて進んでいく。
以前とは違い、結界に触れても電気が走ったような状態になることもなく、難なく結界を超えることも出来てそのまま自分の姿が皆から見えなくなるまでは歩いて進み、姿が見えなくなると可能な限り早くと思い、小走りに走って目的地へと向かっていった。
鬱蒼とした木々が立ち並ぶ森の中、何かの鳴き声と風に揺られて音を鳴らす草葉や生き物が枝をかき分けるような小さな音がするが、それ以外は実に静かな森の中、明らかに自然とは違う音と影が疾走しているのが見えた。
森にいる小さな生き物は影から離れるように、魔物のような大きな生き物は積極的に近づこうとするが、影はあっという間に自分たちの視線を振り切ってしまい、あとに残るのは地面を抉ったような穴があり、草が人型にかき分けられたり、枝が切り落とされたりしている痕跡しか残っていなかった。
「ここを突っ切っていけば早そうだな・・・ネームレス、最短距離で頼む」
影はそのような発言を行っているが周囲には誰もいない。
だが、影もといジュナスの持つ剣ネームレスが鬱蒼とした森の闇に似つかわしくない光を発すると、途端に道なき道を剣を持つ右手を振り切り突っ切る。
そうするとこで正面にあった枝や草木はあっという間にまるで道を譲るかのように開けた。
しばらくそうして走っていると、ふと見覚えのある場所にやってきた。
そこは例の二人シロエとソフィの二人を助け出した場所であった。
特にそこで止まる意味はないが、そういえばあの時スキンヘッドの男を殺さずに放置したことを思い出したが、流石に何日も経っていることを考えると生きてはいまいと、様子を見に行こうかと少し考えたがすぐにその考えを捨てて、噂の砦らしき場所のあるであろう最短距離を突っ切っていった。
それからしばらく走り続け時刻はもう夕暮れ辺り森はただでさえ暗いのに夜になると夕闇に包まれる。
「(ネームレスがいなけりゃ暗くて何も見えてないんじゃないか?これ・・・)」
ジュナスがそんなことを思いながら走り続けていると、そんな森を抜けたその少し先に、明らかに自然ではありえない人工物を見つけた。
おそらくもともと森で覆われていたのであろうが、見晴らしをよくするためだろうか、その人工物は塔のように聳え立っており、いかにも周囲を警戒しやすいような作りになっていた。
それ故ジュナスは少し離れた場所からそこを観察していたのだが、どうも様子がおかしいと感じていた。
その理由は、せっかく見晴らしを良くしているにも拘らず、肝心の見張りがほとんどいないのである。
塔というよりは砦なのだが、その砦の内から外に攻撃を仕掛けるためなのか、二階の周囲に出張った場所があるのだが、その辺りにたった一人だけが松明を持って突っ立っており、その人物すらも普段から来訪者などいないからなのか、あからさまに警戒するような感じではなく、仕方なく立っている、といった感じでしかなかった。
それ以外には砦の正面の門のところ、こちらには二人、こちらも同じように特にやることもないのだろうか、こちらに至っては立ってすらなく、二人で門の前に座り込み、適当に会話をしているありさまだ。
いくら何でも警戒心がなさすぎると感じたが、それだけこの場所に来るような物好きはいないという事だろうか。
それにしてもあまりに拍子抜けするような状況に本当にここがあのシロエとソフィを襲ったやつらの拠点であり、今回の人攫いの事件の本拠地なのだろうかと疑ってしまっていた。
しばらく様子を見ていたが、あまりに変化がなく、そのままとりあえず話しかけに行こうか、それとも隠密的に侵入して中を調べるべきか、そう思案して考えていたところで、砦の門の所で変化があった。
門が中から開き、そこから更に二人の男が一人の女性を連れて現れた。
何事かとジュナスは一旦様子を見てみることにすると、女性を連れてきた男たちが門の前で警備?している男たちに女性を引き渡すと、再度門を閉めて中へと戻っていった。
「(なんだ?何か会話をするのか、もしかしたらあの女性が連れ去られた女性の一人かもしれないし、念のためもう少し近づくか)」
そう判断すると最低でも会話の聞こえる位置まで一気に詰める。
勿論二階にいる兵士には気付かれない位置取りで移動をした。
「(まぁあの二階の兵士はまともに周囲を警戒してもいないしな、一点を適当に見て、ただこの面倒な時間が過ぎるのを待っているかのような感じだし)」
ある程度近づくと、異変に気が付いた。
女性の姿があまりにも酷かったからだ。
服は服と呼べるようなものではなく、ただのボロボロの布切れを一枚纏っているだけのようで、それ以外の顔や髪といった部分は薄汚れてしまっている。
どう見てもまともな扱いを受けているようには見えず、ジュナスは咄嗟に飛び出しそうになるのを懸命に抑え込んだ。
いくらそういう姿だからとはいえ、間違いがあっても困る。
何せこの世界には奴隷というものが存在するらしい。
未だまともに見たことはないが、正規の奴隷商というのも存在するらしいから、もし彼女がちゃんとした?という言い方はおかしいが正規の手続きを踏んだ奴隷であった場合、むしろここで手を出して問題を起こして罰せられるのはジュナスになるからだ。
まぁ、奴隷という存在自体が少なくともジュナスの嘗ての身の回りには存在していなかったことから、その存在を許容するのかどうかはまた別問題ではあったが、自身の冷静な部分が飛びたすのを抑え、静かに会話に耳を傾け、動向に視線を向けた。
「へっへっへ。やっとこの暇な時間が潰せるぜ」
「あぁ、って糞!上の奴ら好き勝手やりやがって・・・この女、随分薄汚くなりすぎじゃねぇか?これじゃ楽しめねぇぜ」
「そうか?俺は逆に燃えるがな。」
「お前は物好きだな・・・まぁ時間つぶしには使えるか」
そういうと男たちは下卑た表情をしたまま女性に手を伸ばしていく。
女性はその姿を見て必死に抵抗して視線もキツく相手を見つめている。
「お前たちみたいな奴らに・・・私は絶対屈しない!!」
女性がそういうとキッとより視線を強くしたがそれを聞いた男たちはより一層下卑た笑い声を上げながら近づいていく。
「ぎゃっはっは!聞いたかよ?この女、こんなにボロボロで何言ってんだ?どうせ上の奴らにもやられたい放題やられたんだろうに」
「くっくっく、いいねぇ、強気な女、俺は燃えるぜ。こういう女がいつ壊れちまうか楽しみでしかたねぇ、くっくっく」
そこまで言って男たちは女性の腕と足を拘束していくが、それ以上は何もできなかった。
何故なら男たちに急に影が差したからだ。
一体何事だ?と男たちは視線を上に向けるが、そこで見えたのは暗い夜に煌めく星々の他にはただただ銀色の一閃が迸っただけだった。
だが彼らが見ることが出来たのはそれだけであった。
更新がかなり不定期になっています。申し訳ありません。
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