第五十六話 異変
はい、朝になりました。
期待した方いたかもしれませんが本当に何もありませんでした。
いや女神様はさすがですね、フラグもしっかり折ってきますよ。
一様徹夜で起きていたけどほんとに何も起きなくて警戒していた意味なかったという・・
それにしても朝になっても戻ってこないということはギルバートさん結構時間かかってるんだな・・・むしろ集落の人達のために残ったとか?ギルバートさんならあり得そうだ。
とりあえずいつものように顔を洗ってご飯にしますかね。
そんな感じで食事をし終えた位の所でギルバートさんが戻ってきた。
入口で色々と話しているところを見るにどうやらみんなも心配していたみたいだな。
俺も向かおうかと思って席を立った辺りでギルバートさんの方がこっちに向かってきてくれた。
「ジュナス殿、今戻りました、留守の間ありがとうございました。何か変わったことなどはなかったでしょうか?」
「おかえりなさい、ギルバートさん。女神さまの結界もあったのでこちらは何もなかったですよ。それよりギルバートさんの方は大丈夫でしたか?」
ジュナスがそう声をかけるとギルバートは周囲を見回した後にジュナスの方へと向かっていく。
そして小声で周囲に気を配りつつ「後で私の部屋に来てください、その件で少々お話しておきたいことがありますので」というと食事もとらずにマザーの方へと向かっていった。
しばらくしてからギルバートさんの部屋へと向かう。
ノックすると中から「どうぞ」という声がしたので中に入った。
すると中にはギルバートさんとシスターマザーがいて向かい合って話しをしていたようだ。
俺が部屋に入ると同時に二人してこちらに視線を向けてくる。
「ジュナス殿。お呼び立てしてしまい申し訳ありません。どうぞそちらの席に」
そう言ってマザーとギルバートさんとはまた違う椅子に座る。
ちょうど三角形の形で俺たち三人が座っている感じだ。
「それで?わざわざアタシとジュナス坊だけを呼んだって事は何かあったってことさね?」
マザーがそういうとジュナスは微妙な表情をしながら一言「ジュナス坊・・・・」とだけつぶやくがそれ以上は特に何も言わなかった。
「はい、マザー。お二人にはお話ししておこうかと思いまして。実は集落で消えたという人の件なのですが、少々妙なのです」
そう言って話し出したギルバートの表情は冴えない。
「妙・・・といいますと?」
思わずジュナスも少し暗い表情で問い返す。
それに促されてギルバートが話の続きを語りだす。
「はい、消えた人たちにある共通点があったのですがこれがあまりに奇妙な点がありまして、それで念のため一夜をあちらで過ごしてきたのです」
共通点と聞いて事件に関連性があると感じたマザーが問う。
「共通点っていったい何があったんだい?」
「はい、まず消えた人は全てそれなりに戦える力を持った実力者だったのです。勿論集落の中ではという意味合いではありますが・・・」
その言葉を聞いて即座に反応したのはジュナスだ。
「戦える力を持った人だけが消えたって、ただ単に魔物が寄ってきてそれと戦って・・・と言う訳ではないのですか?」
「私も初めはそのように思っていたのですが・・それ以外の被害が何もないのです。更に言うならば死体も、そして遺品すらも・・・」
それを聞いて驚き、そして考えるような表情でジュナスが問う。
「被害がないって・・・つまり集落にはその実力者の方が文字通り消えたと?それ以外の被害がないのですか?例えば畑を荒らされたとか、倉を狙われたとか・・」
もしそうだとするならばこれは・・・
「その通りです。故に今回の件はそういう戦える者だけが狙われたのではないか?ということになります。ですのでその集落では神隠しとまで言われている始末でした」
普通の魔物ならばあり得ないことだ。魔物が人を襲う一番の理由は食料にある。
魔物は人の勿論食うことがあるが、それ以上に作物を優先して食べることが多い。
魔物の種類によっては人を襲う肉食の奴もいるので、一見魔物の犯行に見えなくもないが、もしそうだとするならば力のない人間を襲うのが普通だ。
わざわざ自分が傷つく可能性があるのに力ある相手を襲うというのはおかしな話だ。
まして魔物は知恵がない分、野生の嗅覚とでもいうべき勘で相手との力関係を推し量るのに優れているというのに。
更にいうなら魔物は何でも食べるというものでもない。
被害者がいたとして、もし魔物と戦ったのであれば必ず武器や道具の類はあるはずなのだ。
それが集落内の実力者なら尚の事、手ぶらで歩き回るなどということはあり得ない。
つまり今回の事件の犯人は・・・人間という可能性が高い。
「それでギルバートが一日集落に留まったということかい。相手の狙いが何かはわからないが実力者が狙われる、つまりあんた自身を囮として相手の反応を待ってみたと。勿論、集落の人達の慰撫もあったんだろうけどね」
マザーがなるほどと一つ頷きながらも渋い表情をしている。
そしてギルバートがこの場でこの話をしており、その表情から察するに残念ながら成果は上がらなかったということだろう。
「はいマザー。結果的に敵が攻めてくるといったような事態も、勿論集落が襲われるといった事態もありませんでした。それでお二人の意見を伺いたく思いお呼びしたのですが・・」
その報告に、そして被害が人的なものであると聞いたときジュナスの脳裏に浮かんだのは例の盗賊団、いや元蛮族だったか・・の男の事であった。
結局その男たちの事に関しては最初に来た日に話して以降、鳴りを潜めたのかあれから何の被害も目撃情報もなかった事もあり、話題にはならなかったのだが、あの辺りでの人的被害となるとあの男達しか思い浮かばなかった。
「俺の意見というか感じたことになるのですが、犯人はやはりあの元蛮族だか何だかの奴らじゃないかと思うのです。ただ・・・」
ジュナスがそういいつつ言葉尻を濁すとそれを引き継ぐようにマザーが話し出す。
「そいつらにしては目的がわからない、行動の意味が不明ってことかい?ジュナス坊?」
「はい、奴らの元々の目的は子供を売り払って金にするということ。わざわざ実力者に挑んで奴隷にして売り払うというのはあまりにも不自然すぎます。相手が子供でないなら尚の事でしょう。いうことを聞かせるにしても子供の方が圧倒的に楽でしょうし」
そこまで話すとギルバートも頷きながら話す。
「えぇ、私もおそらくその者たちではないかと思ったのですが、お二人の意見と同じように彼らの目的がわからないのです。それ故にどうしたものかと思いまして」
ここで一度場に沈黙が訪れる、三者三様に色々と思考していたのである。
そんな中ジュナスは何やら神妙な表情をした後に一つ頷くと沈黙を破るように口を開いた。
「マザー、ギルバートさん。俺が一度奴らの様子を見に行ってきましょう。以前シロエ達を襲った男たちがそこの奴らだったようなので、その時にある程度の奴らの拠点を聞き出しています。元々寄るつもりはありませんでしたがちょうどいいでしょう」
ジュナスがそう発言するとそれを聞いたギルバートの表情は苦虫を嚙み潰したようになる。
「ですがジュナス殿・・いささか危険ではありませんか?彼らの目的もわからないのです。何があるかわかりません、せめてもう少し様子を見てみるのも一つでは・・・」
そういいつつもギルバート自身、現在の人が急に消えるという状況をよく思っていない為か説得の言葉にあまり力はない。
ギルバートとしても何とか今の状況を打開するための変化を欲しているのも事実だ。
だがその為にジュナスが渦中に飛び込むという危険もあまり許容したくないようで、その心の矛盾がうまく言葉に力が入っていない原因のようだ。
「大丈夫ですよ、ギルバートさん。こう見えても俺はそれなりに戦えますし、あの場にいたやつらを考えればまず負ける気がしませんよ。それに俺一人の方が動きやすいという点もあります。こう見えて隠密行動は結構得意ですから」
等と言っているが実際には得意というほど隠密行動してきたわけではない。
ただ帝国から逃げる際には元の世界の知識を可能な限り思い出して必死に逃げて来ただけあって、ないよりはマシ程度の行動はできるようだが。
「ふぅ、仕方ないね。ジュナス坊はもう行くことを決めてしまっているみたいだし。それならそれであたしゃ反対はしないよ。ただし!絶対に帰ってくる事。いいね?」
先ほどの沈黙の際の決意の表情を垣間見ていたのかマザーはジュナスが反対されようとも行くという覚悟を把握していた。
それならば止める意味はないと感じての発言なのだろうが、しっかりと帰ってくることを約束させる辺りなんだかんだで心配してくれていると感じて嬉しく思うジュナスであった。
そしてマザーの発言にジュナスの決意を感じ取ったギルバートもまた、ため息を一つ吐くと同じようにジュナスの偵察に同意を示してくれた。
「わかりました。それではジュナス殿に甘えさせて頂こうと思います。ただしあくまでも偵察でお願いします。無理をなさらず、もし彼らが無関係であったのであれば無用な衝突は避けて戻ってきてください。よろしくお願いします」
そういうとギルバートは立ち上がってジュナスに向かって頭を下げた。
それに対してジュナスは恐縮したように立ち上がってギルバートに声をかける。
「止してくださいよ!ギルバートさん!俺の方がずっとお世話になっているんですからこれくらいは。それに俺も戦うのが好きって訳じゃないので危なそうならすぐに逃げますよ。逃げ足は結構早いですよ?俺」
ジュナスがおどけた様にそういうとギルバートもマザーも少しだが表情を和らげてくれた。
そこからしばらくはどういった手順で偵察するのか、どういうルートを通っていくのかなど三人でしばしの間、会話し続けるのであった。
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