第五十三話 幕間:渦巻く陰謀
まず即座に動いたのはシルフだ。
先程の事もあってか煙に包まれたリカの体の部分はまだ残っていたが、そちらには攻撃をせず、弾けてこちらに向かってくる小さな塊に向かって、軽く風の魔法で攻撃をした。
仮に自分に同じように攻撃が返ってきても致命傷を負うような威力ではないのであくまでも様子見である。
この辺りの判断の良さと思い切りの良さはシルフならではといったところだろうか。
だが煙だと思っていたその塊はシルフの攻撃によって更に複数に小さく分散した。
それを見たシルフは攻撃を即座に止める。
エレクトラもあれが煙ではない事に気付いたようで近づいてくる塊から距離をとるように離れる。
だがこの事態に付いていけない兵士達とヴァーモットは唖然とその様を見ていた。
そして塊はどんどんと速度を上げて近づいてきて遂に兵士の一人の体に触れた時、異変が起こった。
塊に触れた兵士の首が胴体から離れて行ったのである。
その兵士は悲鳴を上げることすらなく、何が起きたのかわからないという表情をしたまま首だけがその場に落ちた、そしてそれを追うように体も地に落ちた。
落ちるまでは何もなかったはずが落ちた後には即座に血が飛び散り、それを見てその場はまさに阿鼻叫喚とした地獄と化した。
我先にと出口に向かって逃げ出す兵士達。
もはや誰もが逃げる事しか考えていない。
そんな混乱の中、最初の兵士の首が体を離れる間際に、その事に気付いたエレクトラがシルフを抱えて真っ先に出口に向かって走っていた。
「うえぇぇぇ!?あの白いモコモコ全部がああなるの!?こわ!!」
「っ!!(冗談じゃないわ!!私はこの子と違って首が飛んでも生き返ったりなんて出来ないんだから!!)」
エレクトラは最小の動きで出口に向かう。
だが白い塊はどんどんと速度を上げてあっという間に迫ってくる。
逃げる兵士達だが兵士達が逃げるよりも圧倒的に塊の速度が速く、エレクトラの周りにいる兵士はどんどんと首を落として倒れて行く。
エレクトラはうまく塊を避けつつ、どうしても避けられない様な塊はシルフがうまく魔法で分散させることでかわし続けている。
勿論シルフの分散によって、運良く逃げていた兵士がそれに当たってしまい倒れて行くが、シルフにとっては自分とエレクトラだけが無事ならそれでいいのだ。
それはエレクトラも同じであろう。
何とか出口に着いた時には自分以外に僅か数人の兵士が残っているだけであった。
そして自分の後ろからヴァーモットが転がり抜けてきた。
「(随分と悪運の強い男ね。このままほっとくと壁に激突、あの勢いならこの男じゃ死ぬ・・ことはなくてもしばらく意識を戻さないくらいはありえるか・・・今この男に気絶されると帝国の資金の運営に難が出るようになる可能性があるか)」
そう考えたエレクトラが転がってきたヴァーモットを足蹴にして壁への激突は逃れた。
「ぶ・・ぶひほっ!」
そう鳴くと意識を失うヴァーモット、それをみて爆笑しているシルフ。
だがまだ完全に危機を脱した訳ではない。
見たところあの白い塊は壁を貫通してはいないようだが、ここの扉はシルフが最初に吹き飛ばしてしまっている。
つまり扉がない状態だ。
いつあの白い塊がこちらに飛んでくるかわからない。
そう思っていつでも動けるように警戒していたが、いつまで経ってもあの塊はこちらには来なかった。
それは明らかに不自然でどう見ても何かしらの意思の力が宿っている事を疑う余地はなかった。
そして部屋の中が白い塊で埋め尽くされて何も見えなくなる直前、エレクトラは見た。
あの白い塊で覆われていたはずの体の部分が立ち上がっており、その塊がなくなっていて、その中からはちゃんと『首のある』リカがこちらを見ていた事を・・・。
「・・・・・・・」
「エレクトラ・・・どうしたの?」
いつまで経ってもその場所から動かなかったエレクトラ。
しばらくすると部屋の中の白い塊は無くなり、そしてリカの姿もなかった。
室内に残ったのはヴァーモットが連れてきた兵士達の首と体の離れた死体と、その血が広がっていただけある。
それを確認したエレクトラは目を瞑って一つ息を吐き、一言発する。
「戻るわ」
「えっ?どこに?さっきの奴ら追いかけないの?」
そう問いかけるシルフ、どうやらまだ遊び足りないのかもしれないが、シルフとてだいぶ消耗している。
「シルフ、貴方も随分と消耗したでしょう?これ以上は危険よ。それに・・・どうしても会いに行かないといけない奴が出来てしまったのよ」
そういうエレクトラの視線は帝国の本国の方向を向いている。
「ん~、そうだね、確かに僕もちょっと休まないと体を維持するのが大変かも!!でも誰に会いに行くの?」
そう問いかけるシルフにエレクトラは複雑な表情のまま答えを言う。
「・・・・・ウルベの所よ(そう・・・あの男・・・何故か私達にここに来させようとしなかった、ここの奴らを移動させようとしたという事は接触を拒んだ?私達と?それとも別の・・・誰か・・・)」
そう考えたところで一つの疑問が浮かんだ。
視線を今は気絶しているヴァーモットの元へ。
そのヴァーモットを無理やり起こすと問いかける。
「ねぇ、ヴァーモット?貴方、いつも自慢して連れているあの男はどうしてここにはいないの?会議の時ですら連れて来ていたのに?」
「ぶっ、ぶほっ!!な、なんだ急に?あの男?あぁ『タイタン』の事か、なんだお前あんな男がいいのか?あんな男よりもワシのモノの方がよほど立派・・・」
そこまで話して急に言葉が止まる。
シルフが笑顔でヴァーモットの首元に風の刃を当てたからだ。
にこにこしながら首に当てている風の刃を少しだけ動かす、するとヴァーモットの首筋から一筋の血が流れる。
それだけでヴァーモットは顔を引き攣らせてぶひぶひと鳴いている。
「下らない事を言っていないで、早く教えてくれるかしらぁ?どうしていないのかしら?」
「あ!あの男はウルベから買い上げたワシのコレクションだが、たまにウルベの方で調整をせんとまだ使えんのだ!!今日ここに来る時にどうしてもいるとウルベに言ったがタイタンの調整が必要だと言われたので仕方なく兵士共を連れてきたのだ!」
「そう・・・・ウルベが・・・・」
それだけをいうと満足したのか、シルフを連れて歩いて行くエレクトラ。
そして後には大金を使って集めた兵士達の死体と、僅かに残った兵と腰の抜けたヴァーモットが残るだけであった。
先程騒ぎになったグリンダムの街から旧ランドグルーム王国最果ての町へ向かう間にある森の中、一人の女性が歩いていた。
グリンダムの街でシルフとエレクトラと一戦を交えたリカである。
普通は街道を使うはずなのだが、どうやらリカは最短距離になる森の中を選んだようだ。
約束通り待ち合わせ場所である最果ての町ジュドへと向かっているのであろう。
その眼差しは暗く、影を持っているようである。
そして何か喋っている。
だが周囲にはリカ以外誰もいないように見える。
ふとリカの肩を見ると、二つの何かが座っているように見えた。
それは小さな、まるで妖精のような大きさのヌイグルミであった。
それが自身の肩から直接繋がっていたのである。
「ユキちゃん、カラシ、助けてくれてありがとう、大丈夫だよ、二人のお陰で私何とか生き残れたよ。大丈夫、私は諦めないから・・・。あの人の元に帰るまで、何度でも・・・何度でも・・・何度でも・・・私は諦めない。だから・・二人も私に力を貸してね」
そう呟きつつ、深い森の中に消えて行った。
ようやく第二章終わりになります。次回からまたジュナスの話になりますが、更新のペースが落ちるかもしれません。なるべく頑張りたいと思います。
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