第五十話 幕間:美香死女エレクトラ
無邪気に笑うその少年がその場にいた皆には小さな死神にしか見えなかった。
そういうと室内にもかかわらずシルフの周りに明らかに異質の風が舞い始める。
それにいち早く気付き動いたものはごくわずか。
咄嗟にシュナイドが同じような風の呪文を唱えてシルフに向かって放ち、マリアンネが唖然としている者達を引っ張って、無理やり後方の脱出扉に押し込んで撤退を促しており、ジャーグスは即座に前衛に立って大剣を出して、皆を護るように立ちふさがった。
それを見ていたシルフが何とも楽しそうな笑顔で、まずは自分に対して向かってきていた風の魔法に対して、同じように風の魔法で迎撃をして、更にそのまま連続で風魔法を使い追撃を放つ。
この攻撃の早さにはシュナイドも追いつくことが出来ず、レジスタンス側に風の刃が襲いかかる。
周囲に置かれてある机や椅子を始めとした置物は、斬り裂かれたかのように真っ二つになったりバラバラになったりし、衝撃で砂埃が舞い上がる。
室内で風の魔法を使ったお陰か、しばらくは周囲が砂埃で何も見えないような状態であったが、ある程度時間が立ち、落ち着くとそこにはシュナイドとジャーグス、そして脱出扉の前で二人にも撤退を促すマリアンネがいるのみであった。
良く見るとジャーグスの左腕には少し大きめの裂傷の跡があり、血がある程度出ているがそれ以外には特に被害がないようである。
それを見たシルフは嬉々として声を上げた。
「うわ!すごいすごい!今のを食らってもそんなに元気なんだ!おじさん達すごいじゃん!もっと僕と遊んでよ!!」
その表情は相変わらず子供らしい顔で言葉も見た目相応のものであったが、実際の内容は殺しあいの続きをしようと言っているのである。
「へっ、悪くないな、もう少し遊んでやろうじゃねぇかクソガキめ」
ジャーグスの言葉に即座に噛み付いたのはマリアンネであった。
「ジャーグス!貴方何言っているの!早く撤退しないと追手がすぐに迫ってくるわよ!勝手なこと言わないの!」
「まぁそう言うな。これほどの相手と戦う機会なんてそうそうねぇよ。こいつと戦うのはなかなか楽しいそうだ。ここはしばらく俺が遊んでってやるぜ。」
そう言うジャーグスの表情は明るい。
だが長年付き添ってきたマリアンネと頭の回転の速いシュナイドはその言葉の裏に気付く。
彼はここで他の同士たちの逃げる時間を稼ぐのだと、そしておそらくは自身が無事に戻るつもりもないのだろうと。
だからこそマリアンネはそれを良しとしない。
「そんな勝手な事させること出来る訳ないでしょう!もしどうしてもというなら私も・・・」
「馬鹿言うな。お前がいても足手纏いだよ。さっさと行って他の奴らのケツを蹴りあげて、少しでも先に進ませてきな」
「そんな・・・・」
そんな言葉を言うジャーグスの表情は何かを決意した表情であり、だが決してそれを悟らせまいと笑顔で話しかける。
「・・・ジャーグス、決して無理するな。ここを出ればこの先の撤退の時間稼ぎは出来るようにしておく。お前の時間稼ぎは皆がここを出るまでの間だけだ、いいな?」
つまりは自棄にやって相手を無理にでも殺そうとしたりせず、時間稼ぎに徹してある程度したら逃げられるだけの体力を残せと言っているのだろう。
それに気付いたジャーグスは呆れたような表情で言う。
「・・・お前、リーダーなんだからもう少し冷徹になれよ。捨てなきゃならん駒は切り捨てる、その覚悟が足りてないんじゃないのか?」
そこまでの会話をしていると唐突に三人に声がかけられる。
「そうよねぇ、いらない駒は切り捨てる。大を取るためには小を切る。兵法の初歩じゃないかしら?」
今この場には三人とシルフ以外いないはずだったが、明らかに違う声が聞こえてきて三人は即座に顔を上げる。
するとそこには先程まではいなかった、何とも美しく色気のある、だがどこか禍々しい雰囲気を持った美女がシルフの隣に立っていた。
「え・・・エレクトラ!?何でここにいるの!?」
「貴方が勝手に抜け出していなくなるからでしょう?ほんとに手間がかかるんだから。見つけるのに苦労したわよ」
そういうエレクトラだがシルフが来てから大した時間は経っていない事を考えても、おそらくそれほど手間をかけた訳ではないのであろう。
だがその表情は少し疲れたような表情をしている。
「こいつらは捨ておいていいって言ったでしょう?勝手にこんな事しちゃって」
「だってこいつら別にいらないんでしょ?だったら僕が殺っちゃっても構わないじゃん?」
二人の会話は至極穏やかな雰囲気で語られているが、レジスタンスのメンバーは誰もが動けないでいた。
いきなりの事態になかなか理解が追いつかないからだと思っていたのだが、実際はそれだけではなかった。
その事にいち早く気が付いたのはシュナイドであった。
「!!(不味い!気付くのが遅れた!これは・・・香の匂い!?あの女!ここに来るのが遅れたのはわざとか!先に香を流し込んで、あのちびの魔法で香が広がるのを待ってから現れたのか!!くっ!体の動きが鈍い・・このままでは・・・)」
他の二人もしばらくしてから自身の体の変化に気がつく、が気が付いたところでどうしようもないような事態にすでになっていたのである。
レジスタンスのメンバーが異変を察知した事に気付いたエレクトラが会話を止めて三人に視線を向けて語りかけてくる。
「あら?もう気が付いたの?へぇ、レジスタンスなんてただの生き残りの寄せ集め連中だと思っていたけれど意外に鋭いわねぇ」
「まぁ気が付いたところでもう遅いんだけどね、あはは!」
そういう二人が少しずつ三人に向かって歩いてくる。
だが誰もが体が言う事を聞かず、今は何とか立っていられるという程度でしかない。
万事休すか、三人がそう思っていたその時であった。
近づいてきていた二人が突如三人に向かって鋭い殺気を送ってきた。
否、三人にではない。
三人の後ろ、脱出扉の先へと殺気を送っていたのだ。
その扉の先から一人の女性が出てきた。
「皆さん、他の人たちは脱出しましたので皆さんも急いでください。・・・ここは私が何とかするので」
そういう女性は緊張しているのか、少々顔は強張っていたがそれでも三人に向かって歩いてくる。
当然三人は脱出しようとしていた為、脱出扉のすぐそばにいたのでそこまですぐにやってきた。
そして女性は三人の肩に手を当てていく。
すると何やら白い煙のような物が三人の肩に乗ったかと思うとそれはすぐに消えた。
だがそれが消えたとたんに三人の体の自由が急に戻ったのである。
「え?な・・んで?」
「・・・どうなってやがんだ?」
「・・・・・(魔法か?いや、魔力の反応はなかった、それに何故この部屋でそんな風に動ける!?)」
三人が驚きに目を見開いていると女性から声がかけられる。
「とりあえず早くここを出て貰えますか。また動けなくなりますよ」
そう言われて三人は顔を見合わせて一つ頷きあうと、脱出扉に向かって移動する。
「ほんとにやれるんだな?任せてもいいんだな?」
そういうと女性はコクリと一つ頷くだけである。そしてシュナイドも一言だけ告げる。
「・・・後で詳しい話は聞かせてもらうぞ。」
「わかりました。また後で話せる事は話しましょう」
シュナイドと女性は視線を合わせて頷きあうと先に脱出する。
それを見ていたシルフが逃がすまいと魔法を放とうとしたのをエレクトラが止めて、とても警戒した様子で女性に向かって語りかけてきた。
「・・・貴女・・・一体何者かしら?」
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