第四十五話 おば・・シスターマザー
オンドリャー事件から十数分後、今、俺の目の前には結構な量の飯が置かれている。
あの叫びの後にとりあえず魔物とかそういうのじゃないと説明を終えた後に、詳しい話は後で話すと言って食堂までやってきたんだが。
「あんた三日も寝てたんだってね?良く生きてたねぇ、ほら三日分は作ってやったんだからしっかり食べな!それからもうちょっとマッチョにならないと女にモテないよ!はっはっはっはっは!!」
・・・どう見ても給食のおばちゃんが豪快に飯を大量に置いて行ったんだが。
「シスターマザー・・・いくら何でもこの量は作りすぎなのでは?」
おばちゃんシスターかよ!!!見た目も恰好もどう見ても給食のおばちゃんだろ!!
「なーに言ってんだい!食べ盛りの子が三日も食えてないんだ!それにここに来るまでも大したもの食べれてないんだろ?だったらせっかくなんだ!まともな物を食べさせてあげるのが女神イーヴァリス様の慈悲ってもんだろ?ええ?」
「た・・・確かにそうかもしれませんが・・・それにしても限度が・・・」
「気にするこたぁないよ!それじゃあたしは他の子たちの食事を準備するからね。ゆっくりお食べ。ただし!・・・・・残したら許さないよ?」
それだけいうとこちらの返事を聞く事もなくノシノシと歩いて行った。
何なんだあのおばちゃん・・・ギルバートのおっさんもたじたじだったけど。
というかここ・・・修道院だよ・・な?食事こんなにも出して大丈夫な訳?
「申し訳ありませんジュナス殿。マザーも気を使っての事とは思うのですが・・・。」
ギルバートがいかにも申し訳ないという表情で頭を下げてくる。
いや、こっちは別にいいんだが、腹も減ってるし、ただこの量を居候のような身分でしかない俺に出してもいいものなのだろうか。
「いえ、こちらとしてはありがたい事なのですが、それよりもこれだけの量を出して頂いて、その・・食材などは大丈夫なのですか?」
遠回しに修道院って貧乏なんじゃないの?金とか食材あんの?と聞いてみる。
「あぁ、それに関してはご心配には及びませんよ。私はこう見えても以前はそれなりの地位にいましたので、国からの援助もありますし、当時の所謂、蓄えもありますので」
おおすげぇな。というか修道院=貧乏って図が当たり前だと思っていたんだが、この世界の修道院って実はかなり余裕ある系?と思ってその辺りの事も聞いたんだが、流石にそれはなくて極々一部だけらしい。
まぁなんだっけ?あの聖女神教だっけか?この司祭さんそこでかつて結構な地位にいたから今でも援助があるとか何とか。
その代わりここで育った子たちの一部、自分で希望した者は聖女神教の信者として旅立っていくんだとか。
なるほど、うまくやっている訳だ。
とりあえず食っていいみたいなんで飯をがっつりと食ってから話しに入ろう。
ふぅ、とりあえず人心地ついた訳なんだが。
まず腹がいっぱいでこれはやべぇ。
ギリギリ・・・いやむしろちょっとオーバーだ・・・残そうかと思ったんだが、席を立とうとすると、いつの間にか別の部屋の扉の隙間からさっきのおばちゃんもといマザーがこっち見ててなんか変な寒気が走って残せなかったんだけど。
とりあえず食事が終わったのを見計らってか司祭ことギルバートが話しかけてきた。
「ジュナスさん、そろそろ落ち着かれましたか?」
「ええ、ごちそうさまです。色々とお気遣いいただきましてありがとうございます。お陰さまでかなり落ち着きました。」
完全に警戒を解くつもりはないけど、少なくとも寝る場所も借りて飯まで食わせて貰ってはある程度気を許すのは仕方ないと思うんだ。
ただでさえこの世界に来てから碌な目にあっていなかったから余計に。
「それはよかった。では・・・貴方の事についてお話しいただけますか?」
そういうとギルバートはこれまでの柔和な笑みを止めて、真剣な表情でこちらの見ている。
まぁそろそろ来るだろうとは思っていた。
むしろ俺の現状を思ってか、ここまで待ってくれていたんだろう。
流石に話さざるを得ない訳だが、俺とてここまで何も考えていない訳ではない。
これだけ時間をくれたんだから色々とまとめてはある。
が、それでも相手の出方やこの場所、国、世界の現状なんかで予測は大きく変わる可能性はあるから完全に準備が出来たとは思っていないが、それでもそれなりに用意はしてある。
まずは顔についての事も含めて話すか。
「わかりました。まず、先程驚かせたことについてとこれから話す事に当たってその前に一つ、ご理解いただきたい事があります」
俺がそういうと今いるこの空間が緊張に包まれる。
大人たちは勿論の事、一部の子供もこちらに注目している。
「俺は・・・一部と、ある期間以上前の記憶がありません。それを踏まえた上でこれから話す事を聞いて頂ければと思います」
俺がそう話すと、場が少し騒がしくなる。
記憶がないといった瞬間は司祭のギルバートも少し表情を硬くしていた。
「俺が先程、外で驚いたのは自身の顔を見たからです。俺の顔が少なくとも自分の知っている顔と違っていた為に驚いてしまった、というのが事の顛末です」
俺がそういうとまた更に場がざわつき始める。
ざわつきが大きくなったためか、ギルバートが皆をたしなめる。
「顔が記憶と違う・・ですか。なるほど、ですがそれは以前の顔を覚えているという事。つまりは記憶がない、という発言とは矛盾していますがその辺りは何故なのでしょうか?」
「確かに。ですが記憶がないというのは全ての事に対してではないんです。いえ、自分ではそう思っているだけで実際は思い出している・・・のかもしれません。その辺りは俺自身曖昧なのですが・・・」
あぶねぇ、いきなり地雷踏んでしまうところだった。この辺りの詰めが甘いな。
「なるほど・・・一部の記憶がない、あるいは何かの拍子に思い出している・・・ということですか、ふむ・・・しかし顔が違うというのは別の記憶があるということでしょうか?いやその辺りすらもわからないということですか」
そういうとギルバートは一様は納得したような発言はしたが、実際は完全に信じたって感じじゃなさそうだな。
嘘がばれてるかも知れんが、流石に俺が別の世界から来た、なんて言っても信じてもらえるかどうかわからない上に、何より、それをいうと結果がどうなるのかの予測ができなさ過ぎる。
俺自身もギルバートを始めとしたここの人たちに対して完全に信頼している訳でもないし、その辺りはうまく流して納得してもらうしかないな。
「まぁそういうわけでして。それでですね、俺が記憶にある部分からお話をしようかと思うのですが、その前にまずは地図をお見せいただけないでしょうか?」
「地図・・・ですか、確かにあるにはありますが、何故それを?」
まぁ当然の疑問だわな。だがここで地図を見せて貰うのには大きな理由がある。
「記憶のない俺には自分の過去と現在の状況、それらはあくまでも俺の予測でしか語れないからです。俺は今、どこの国にいるのか、これまでどこにいたのか、それらを確認してからお話をしておきたいのです。何より俺自身の為に」
俺がそういうが実際には少し違う。いや、今言ったことは間違いなく本当の事だが、狙いはまた別にある。
まずはこの世界の事を知ることだ。
俺のいたあの糞みたいな場所は一体どこなのか、今どこにいるのか、そしてフィーリッツ王国の場所はどこなのか。これを確認することが一番の目的だ。
そこさえ確認しておけば最悪この後どうなろうとそちらに向かえるからな。
ん?ネームレスはこの世界の事を知らないのかって?ネームレスは寝坊しすぎて今の世界の国の事とか何も知らない浦島太郎状態ですよ。
「・・・なるほど、解りました。少々お待ち下さい。」
こちらの狙いを知っていてか知らずか、どちらともつかない様な表情をして地図を取りに行くギルバート。
やっぱりこのおっさんは油断ならねぇな・・・。
もしかしたらこっちの狙いも筒抜けかも知れん。
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