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第四十話  司祭と結界


中へご招待させて頂ければと存じます。如何でしょうか?


その言葉をかけられたジュナスだが身動きが出来なかった。

ネームレスからも幾度となく、警戒の信号が送られてきている。


「(この司祭・・・ただの司祭じゃない・・・)」


ジュナスはそう結論付ける。そう感じた理由は笑みを浮かべて人のよさそうな表情でこちらに手を差し伸べている。


おそらく握手しようという事なのだろう。

だが、その差し伸べてある手は、『結界』の境界線のギリギリ『中』なのだ。


結界・・・その存在をジュナスが事前に知っていたのは、あのハゲの発言と二人の少女にここに来るまでに話して聞いていたからだ。


ジュナス自身が最も疑問に思ったのは、彼女達に修道院の場所を聞いた際である。

そんな山奥で何故今も安全に暮らせているのか。


それを直接聞いてみたところ、建物と外に繋がる森の手前に結界が張ってあるのだとか。

何でも聖女神教の建物には女神イーヴァリスの加護があるとか何とか。


その加護の結界のお陰で普段から安全に暮らしているとか。

それはともかく、今現在、司祭は結界の中から手を差し伸べているということは、つまりジュナス自身が手を結界の中に差し入れなければならない。


もしジュナスが悪しき者として判定されれば結界を超える事は叶わず、それどころかおそらくこの司祭に攻撃されることすらあり得る。


よくよく考えてみればこんな辺鄙な、魔物すらたまに出るような山奥に建物を建てているのだ。

全てを自給自足で補えるはずがない。


と言う事はちゃんと町などに買い物に行っているか、あるいは行商が来るのか、どちらにしろ外に出る機会は相応にあるのだろう。


外に出るという事は外に出ても問題がないだけの戦闘力を持っているという事ではないだろうか。


完全に想定外だった、あのクソな実験所っぽいところを抜けた後、ネームレスに出会ってからは楽勝展開でやれているような気分になっていたのが仇になったかもしれない。


今でもネームレスから結界がある事、そしてこの司祭が只者ではないであろう事を告げる反応がある。

これはあまり長居するのは得策ではないだろう。


何とか穏便にここを離れるという選択肢がよさそうだ、というかもはやそれしか思い浮かばない、くそっ!


「お心遣い感謝いたします。ですが私は少々急ぎの旅でして、ですのでご厚意はありがたいのですが今回は遠慮させていただこうかと思います」


くっ!この程度の断り文句しか思い浮かばない!だから俺にとっさの判断は無理なんだって!!


「そうでしたか、ですが見たところかなりお疲れのご様子、それに少々失礼かと思うのですが、服装もかなり擦り切れているようです。この修道院も決して裕福とは言えませんが、今の服装よりは良いものをご用意できるかと思います」


クソっ!やっぱりあの程度の断り文句じゃ諦めちゃくれないか、それにこの司祭・・・一度たりとも目を離そうとしやがらない!どうする・・・どうする!?


「確かに多少の疲労はありますが、どうしても早く行かねばならないところがございます。ですのでお気持ちだけ頂いておこうかと思います」


駄目だ、早く目的地に着きたい、この一点張りで押すくらいしか思いつかない!


「お気持ちは分かりましたが・・・どちらに向かわれるかはわかりかねますが、ここからですと、どこに向かおうとも相応の時間がかかります。それに森の中には魔物も賊も出ることがあります。せめて一晩でもここでお休みになるのが良いかと思われますよ」


クソっ!正論だよ!ド正論過ぎて反論の言葉が出てこねぇよ!


「ですが・・・」


「それに彼女たちを助けて下さったのです。本気でお急ぎでしたら、場合によっては見ず知らずの子供など見捨てる、それが当たり前の土地で貴方はそうはされませんでした。お急ぎなのでしょうが、貴方のような方だからこそ、是非安全に旅してもらいたいのです」


「・・・・・・・」


あ~、もう駄目だわ、これ以上どう反論したら論破できるのか思い浮かばないわ。

どうする、どうしよ、これ?結界弾かれたら死ぬんじゃね?


ネームレスがこれだけ警戒出すって今までなかったし、本気でこの司祭さん危険人物か。

いや、戦闘力が高いってだけなんだろうけど、敵に回したら危険ってことか。


でもこれ以上の反論はできない・・というか思いつかない・・・手を入れる・・か?


正直どうなるのかわからない博打って基本嫌いなんだけど・・勝つ戦いしかしたくないってのに。

最後にもうちょっとだけ足掻いてみるか。


「失礼ですがフィーリッツ王国という国はご存知ですか?」


こうなったら一気に直球、うまく質問をして場所を聞き、結界に弾かれたら即その場所まで逃げる、その為にはまずフィーリッツ王国に向かう方向を聞いておかないとな。


「フィーリッツ王国ですか?ええ、存じておりますよ。旅の目的地はそちらですか?」


よし!まず第一段階はクリアだ、後はうまく場所を示唆するような質問をしつつ・・・


「フィーリッツ王国でしたらここからおよそ十日前後はかかりますし、何より彼の国は治安が良い国です。その背格好では残念ながら入国どころか、彼の国の治める土地にすら入れずに関所で止められてしまいますよ。私でしたら紹介状を書くことも出来るでしょう」


・・・・・終わった・・・・・先手取られまくりだわ。この人頭の回転速い。

俺の咄嗟の質問にもここまでの答えを示すって・・・事前準備なしじゃ勝てる訳がない。


仕方ない・・・こうなったら・・・マジで賭けるしかないか。

諦めの表情で、ジュナスは司祭の元へと歩き出して、結界の方へと手を伸ばすのであった。


近づく。

ゆっくりと、だが一歩ずつ。


元々それほどの距離は開いていない。

もう数歩も歩けば結界までたどり着いてしまうだろう。


結界に触れればどうなるかはもはやわからない。

ネームレスに即座に切り替われるように準備はしているが、この司祭もずっとこちらを見ている。


表情は笑顔で見ているが、目は笑ってはいない。

あの二人の少女も真剣な表情でこちらを見ている、その後ろではおそらくこの修道院に住んでいるのであろう女性達もこちらを見ている。


緊張で手が汗ばむ、大抵の漫画なんかでは、こういう時の時間の経つスピードはゆっくりになるみたいな表現で書かれている事が多いが・・・実際はどうやら違うみたいだ。


むしろ早く感じる、どうやら・・・タイムアップみたいだな。

目の前までたどり着いた。


弾かれた際の予定ははっきり言ってほとんど立てていない、というか不確定要素過ぎて立てることがあまり出来ない。

時間がなさ過ぎた。


精々、逃げて他のフィーリッツ王国の事を知っているであろう者を探して捕まえる、くらいしか今は思い当たらない。


だがそれもここから生きて逃げ延びれるか否か・・・それにかかっている訳だが・・・

緊張が伝わったのか、背中からいやな汗が流れていく。

明らかに冷や汗って奴だ。


司祭は目の前まで来たのになかなか手を差し出さない俺を見ても、催促するような素振りは見せない。


だが決して逃がさないという意思はありありとわかる。

試さないという選択肢はもうない。


今までも何度も死にかけた目にあってきたけど、今回ほどゆっくり自覚して死を身近に感じるのは初めてかもしれない。


時間稼ぎもこの辺りが限界だろう。


俺は大きく息を吸い込んでは吐き出し・・・と深呼吸を数度繰り返し、意を決して遂に手を結界の中に入れるべく伸ばした・・・・・


バチッッ!!!!


っと静電気に触れてしまったかのような感覚を手に感じる。

その瞬間にまるで手の周囲に電気が走ったかのような、青いような白いような放電の現象が起きた。


・・・・・終わったかも知れない。


どう見ても先程の少女二人が通った時には起こりえなかった現象だ。

つまりこれは弾かれた、と言う事なのだろう。


果たして俺は今から死ぬのか、それとも逃げ切れるのか、そんな事を考えてしまったせいか手を戻す事を忘れてしまっていた。


視線を手から目の前の司祭に向けると、司祭の目は驚きに見開かれている。

その様子に敵として認識されたのかと思って慌ててしまい、少し前のめりになってしまった。


もう駄目だ、前のめりになったせいで逃げることすら叶わない、願わくば話し合いで何とか逃がしてくれないだろうかと思っていた俺の手にありえない感触が伝わってきた。


それは温かさであった。

それは俺の手を力強く握りしめるように。


何の感触だと思い慌てて視線を手に向けると。自分の手が何故か司祭の手を握り締めている。

確かに俺は結界に弾かれた・・・はずだったのだが、だが今、俺の手は結界を通り抜けて司祭の手に触れ、握手している。


自分でもよくわからず司祭の方に視線を向けると、司祭も困惑の表情をしながら俺の顔と手を交互に見ていた。


お互いに言葉を発する事が出来ない。

俺は思わず恐る恐る、もう片方の逆の手も結界の方へ向ける。


逆の手はネームレスへ、いつでも変われるようにと剣に触れていた手だ。

その手を離すことにネームレスから非難の声が聞こえたが、だが試さない訳には行くまい。


逆の手を結界に触れようとして・・・・・・・・すり抜けた。

今度はさっきのような放電現象が起きない。


もしかして初めての人は誰でもこんな現象が起こるのか?

と思考して司祭の方にもう一度目を向けると司祭の表情はやはり驚きと困惑に彩られていた。


どうやらそういうわけでもないようだ。

何だかよくわからないが一様、結界を超える事は出来るようだ。


そう思って司祭に声をかける。


「・・・・・では、お言葉に甘えて少しだけお世話になろうかと思います。よろしくお願い致します」


空気を読まずにそう一声かけると、司祭はハッと思い出したかのように表情を引き締めて。


「こちらこそ、試すような事をしてしまい申し訳ありません。ようこそ、どうぞ中へお進みください」


そう声を掛けてくれた司祭の表情は先ほどとは違い、心からの笑顔に変わっていた。


いつもご覧いただきまして、ありがとうございます。


楽しんでいただけましたら、感想や誤字訂正、ブックマークや評価などして頂けますと大変うれしく思います。これからもどうぞよろしくお願い致します。


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