第三十二話 少女の過去1
私はいつも一人だった。
幼いながらも、周りの人はどこか自分と違うと漠然と感じていたのを良く覚えている。
いつも私のそばにいた人にその事を聞くと、少し物哀しげな表情をしながら、大きくなったらきっとわかるというだけで詳しくは教えてくれなかった。
最もあの頃の私が詳しく説明されたとしてもまともに理解出来なかっただろうけれど・・・。
ある日、私が生まれて十度目の月日が流れたらしい時に事件は起こった。
物心付いた時にはいつも私のそばにいた初老の男性、私にとっては親も当然と言えるほどの人が突如として私のそばから消えたのだ。
否、それは消えたではなく消されたのだ。
私と初老の男性は二人でいつも旅をしていた。
初老の男性は商人のようで、ある町でいくつもの品を仕入れると、それを馬車に運び入れて別の街に向かう。
街から街に常に移動しては商品を仕入れて売るのだ。
その日はとても暑い日だった。
街へ移動している途中の街道沿いにある小さな町、そこの宿屋で宿をとって、街の中を散策していたのだが、私はいつも頭にフードを被っていた。
どうしてだか分らなかったが初老の男性に、外に行く際は必ずフードを被って、決して外で脱いではいけないと聞かされていたのだ。
だがその頃の私はその本当の意味を理解していなかった。
あまりの暑さに思わず道の脇にずれてフードを取ったのだ。
その時はただただ暑かったので、少しその場で休憩をして、すぐにまたフードを被り、宿に戻ったのだが、どうやらその様子を見ていた者がいたみたいだった。
その日の深夜に突然、部屋の扉から大きな音が聞こえてきた。
扉が無理やりに開けられて、その先には大きな体格の男が数人、室内へと入ってきたのだ。
初老の男性もその様子に気が付き、声をかけるが、男達はただただ笑いながら言葉だけの
「悪いな」という、全くそんな風には思っていないような態度で言葉を紡ぎ、そして初老の男性とすれ違った。
すれ違うと初老の男性は急に倒れこんだ。
良く見るとお腹の辺りに鈍い光が輝いている。
料理などの時に見た事のあるナイフのようなものだと気が付いた。
そんな初老の男性はこちらを見てただ一言、「すまない、逃げろ」とそう告げていた。
その時、私の中で何かが目覚めた。
初老の男性を笑いながら見やり、こちらへと向かってくる男達に向かって何かをぶつけた。
そう、何かだ。
私の中から現れた何かは、だが確かな意思を持って男達へと向かっていった。
窓が開いている訳でもないのに、室内に急にとてつもない風が巻き起こる。
だがそれは男達の周りにだけ巻き起こっていた。
男たちは何が起きたのかわからない様子だったが、しばらくすると急に喉を押さえて掻き毟り、苦しみ出してそして倒れて動かなくなった。
男たちが倒れたことで私の中の何かも落ち着いた。
そしてすぐに初老の男性の元へと駆け寄る。
初老の男性は少し驚いた表情をしていたが、その後に私を見るとフッと優しい表情をしてそして語ってくれたのだ。
いつか私が聞いた、私が他の人たちとどこか違うその違いを。
私は・・・エルフなのだ。
初老の男性とは違う、勿論この男たちとも違う、この町に住む誰も私と同じ者はいないのだと。
十になった私にははっきりとその違いが表れていた。
その違いこそがエルフ独特の耳であった。
いつも初老の男性が私にフードを被せていたのは、その耳を隠すためだったのだとこの時初めて気が付いた。
そして何故私がエルフだという事を隠さないといけないのかも、この時に初めて知った。
エルフは元来とても少ない種族で、森の奥の更にその先の深い場所から出てくる事がほとんどないらしい。
だがエルフ自身は非常に美しい容姿をしている事とその類稀な魔力の才能から、この人間社会の裏の世界では非常に高値で売られているのだという。
初老の男性はその話を終えるとゆっくりとまぶたが閉じて行く。
何故、私が物心付いた時には彼と共にいたのか、それを聞きたくとも、もう彼にはそれを話すことすら出来ない。
その証拠に彼のそばにいる私の足もとにはおびただしい程の赤い液体が流れているから。
私はひたすらに初老の男性に声をかけ続ける。
彼を呼び続ける。
だが彼は最後にただ一言、声はもう殆ど聞こえなかったがこう告げたのだ。
「幸せだった。生きてくれ」と。
そう告げた彼の表情はとても穏やかであった。
だが私はどうすればいいのかがわからなかった。
しかし現実は残酷である。
すぐさま宿の外が騒がしくなってきた。
多くの人間がこの場所を目指してきている。
今私が見つかればいつも庇ってくれた人はもういないのだ。
つまりはエルフという事がバレる。
そうなればきっとさっきの男たちのような輩が山のようにやってくるだろう。
私は選択するしかなかった。彼の屍を越えて、この場を去る事を・・・。
最後にただ一言、彼の「生きてくれ」の言葉に従って。
あの日、あの時フードを取らなければ、言いつけを守ってさえいれば、この様な事にはならなかった。
まだ私は幼かったのだ。
私は生きる。この孤独の世界を。
彼が私に残した二つのもの、『生きろ』という言葉と、彼が名付けて呼んでくれたシロエと言う名と共に。
いつかこの地獄のような孤独の世界を抜け出す事が出来ると信じて、彼の言葉に従って『生き続ける』限り・・・・・・。
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