第十三話 恩返し
本日二話目になります。少し長めです。
一話目がまだの方はそちらを先によろしくお願いします。
男は急に少女に近づいたかと思うとその腕を手に取り歩き出す。
「きゃっ!な、なに?」
「き!!貴様!姫様に何を!!その手を離せ!!」
アグスティナの剣幕に押されて怯えつつも、男は少女の腕を離さずに引っ張り、牢の奥に連れて行こうとする。
その先には他の牢にはない簡易のベッドのようなものがあった。
「えっ?えっ?ちょ、ちょっと待って!それは・・・その・・・えっ?わ、私・・・そういうのは・・・したことがなくて・・じゃなくて!えっと!」
何か勘違いしているのかそれとも天然なのだろうか、とんでもない発言をしているのに気が付いていない少女。
だがそのまんざらでもないかのような少女の表情にアグスティナの怒気が増していく。
「き!貴様!!姫様に何をするつもりだ!その薄汚い手をさっさと離さないと腕を斬り落とすぞ!」
とてつもない剣幕だが、逃げているという立場を理解しているのか、やや小声ではあるが剣を構え男に向ける。
だが所詮は牢の中、入口よりも中央寄りにいた男と少女の方が先にベッドへと辿り着く、そしてそのベッドに吸い込まれるように二人は・・・・・・・・とは行かず、男はベッドのさらに奥にわずかにある隙間へと少女を押しやった。
そしてその手を離して今度は怒れる女性アグスティナの方へと近づいていく。
「キャッ!えっ?なに?」
「なっ!?・・・今度は何だ?」
先ほどまであれだけ言っても離さなかった手をあっけなく離した男に困惑したアグスティナはそのまま同じように腕を掴まれる。
困惑するアグスティナも同じようにベッドの奥の隙間へと押し込まれる。
「こ、これは隠れさせているつもりか?確かに外からなら見えないがこんなもの・・・中に入られでもしたらすぐに見つかってしまうぞ」
「で、でもこうしてくれたということは何か考えがあっての事では?」
アグスティナを押しやった後、男は自分は隠れずに何故か牢の入り口付近まで近づいていく。
「・・・まさか、追手達に我々の居場所を教えるつもりでは?」
「そんな!?でもそれだったらこんな場所に隠れさせたりしないんじゃ?」
「・・・・隠れさせたと見せかけて我々の動きを封じさせたとしたら?」
「・・・・・・・・・・・」
「(どうする?もしそうならこのままこうしていても待っているのは絶望のみ・・・それならいっそのこと・・・・)」
男の行動の意味が分からず必死に考えを巡らせるが、そもそも大した時間もなかった上に少女から話しかけられて考えを止めた。
「あ!アグスティナ!あれ!!」
そう姫様から言われて思わず牢の入り口付近に向かった男を見てみると、何故か唯一の出入口の部分で倒れこんでいた。
ますます男の行動がわからず思わず気絶したのかと思い至る。
「??姫様、あの男の傷はそれほどまでに酷い状態だったのでしょうか?」
「い、いいえ、確かに傷跡は残っていたけど目に見えた出血は全て癒したはず」
「ではいったい何故・・・・」
その時多くの足音が室内に響き渡り、遂に牢の前に複数の兵士達がなだれ込んでくる。
そしてやってきた四人の兵士達が牢の前で怒鳴り出した。
「おい!何故ここに人がいる!?」
「俺が知るか!」
「そんなことよりとっとと侵入者を探すぞ!隊長の話じゃこの牢に逃げ込んでいるかもということだったが・・・何故牢に逃げるんだ?袋のネズミじゃないのか?」
「そんなこと知るか!隊長がひとまずここを調べろと言ったんだ!そう命令されたからには調べるしかないだろ!」
兵士たちがそこまで言うと中を調べようとするが、その前に倒れこんでいる男が邪魔で中に入ることが出来ないでいた。
「おい貴様!邪魔だ!とっとと扉の前からどけ!!」
ボクッ!ドカッ!!バキッ!!
兵士達がそう叫ぶと男に向かって鉄格子越しに蹴りつけて動かそうとする。
しかし男は一向に動こうとしなかった。
幸か不幸か他の牢と違い、この牢の鉄格子の扉だけは何故か内開きとなっているため扉の前に男がいては扉を開くことが出来ない。
当然兵士達は男の体に鉄の扉を食い込ませてでも扉を開こうとしているが、流石に大人一人が扉の前で倒れていては満足に開けることは出来ない。
しかもどうやら手で鉄格子を握りしめて痛みに耐えつつそこから動こうとしていなかったようだ。
あまりの状態に業を煮やした一人の兵士が腰に差してある剣を抜き放った。
「どけ!お前達!こいつ、串刺しにして無理やり動かしてやる!どうせ牢に入れられるような奴だ!死んだとて誰も困るようなことにはなるまい!」
そういうと周囲の兵士達は一旦蹴ったり扉を押したりするのを止めて離れ、無言でその光景を見ている。
・・・とそこに別の足音が聞こえてくる。
「ま!待ってくれ!そいつを殺すんじゃない!」
慌てた様子で突然現れた牢番達に兵士たちの視線がそちらに向く。
「なんだと?何故殺しちゃならないんだ!牢に入れられるような奴だ!どうせ大したことをしたやつじゃないんだろ!」
剣を構えた男は今にも振り下ろしそうな様子で牢番たちに怒鳴る。
「そいつをそこに入れたのはあのウルベなんだ!」
・・・が、その言葉が牢番から告げられた途端に周囲にいた兵士達は一斉に動きを止めた。
「う、ウルベって・・・あの狂人のか?」
「実験と称して生きた人間の腕に魔物の腕を繋ごうとしたりする・・・あの?」
「いや、俺は別の国の人間を捕えて人種の違いが身体的能力にどう差が出るかを調べるとか何とかで笑いながら人を火あぶりにして生きてる時間を調べたとか聞いたぞ!?」
「・・・奴の実験兵器がたった一日で一国を滅ぼしたとか聞いたぞ」
兵士たちは表情を青ざめながら己が聞いたことのある噂を口々に言いだした。
「そのウルベだ!その男にもし何かあれば俺達は勿論お前達だってきっとただじゃ済まない!実験台にされちまう!そうじゃないにしても奴の地位なら俺達をいくらでも処刑にだって出来るんだ!」
「「「「・・・・・・・・・・・」」」」
ウルベは実験と称して多くの人間を犠牲にしているため、帝国内での人間性は非常に残虐で恐れられているのだが、地位としては数多くの発明や実験体を次々に開発しているため、帝国内でのその地位たるや、六将軍と同等の地位を皇帝直々に認められている。
その気になれば彼ら末端の兵士など即座に処刑にすることも可能であった。
実際に処刑にしたことはないが、彼に逆らった一兵士が翌日には姿が見えず、数ヵ月後には生物兵器として存在しているなどといった噂が少なからずあったため、彼らはそれ以上何もいうことが出来なくなってしまった。
もしこの場に六将軍の内の誰かがいたならばいかにウルベといえど、口封じに将軍を実験体にすることなど出来なかった為、男の命は散らされ、彼女達も見つかってしまったかもしれないが、現実にはここにそういった地位の者がいなかった為、彼らもこれ以上男に対して何も出来なかった。
「と、とにかくこの男は俺達が数十分前にこの牢に入れたばかりなんだ。その時に牢の中も確認しているが誰もいなかった。この牢にはこの男だけだ」
「それとこの牢には誰もいなかったと言っておいてくれ!でないとあのウルベにも陛下にも睨まれてしまう!そうなったら俺達は・・・・・」
「・・・わかった。そういうことならここに侵入者たちは来なかったんだ。俺達の任務はこの牢の確認だったからな。隊長にはそう伝えておこう。」
一人の兵士がそういうとそれに賛成するように他の兵士たちも声を上げる。
「そ、そうだな!確かに俺達は確認した!中に入れとまでは言われてないしな!」
「じゃ・・じゃあさっさと行こうぜ!こいつ、死んでない・・・よな?」
「お・・・俺のせいじゃないぞ!先に蹴ったのはこいつで・・・」
「おい!お前だって蹴ったじゃないか!むしろお前の方が多く蹴ってただろ!」
「何言ってんだ!先に蹴ったのはお前だろ!ならお前の方が多いに決まってる!」
あまりにも男が無反応だったこと、男が狂人の関係者だったことを知って不安に思った兵士たちが罪の擦り付け合いをしだしたが一人の兵士がそれを止めた。
「よせ!とにかくここはもう見終わったんだ!早くここから移動しよう!」
「だな。さっさと隊長に報告しておこう!・・・俺は何もしてないからな!!!」
「「剣で切り殺そうとした癖に・・・・」」
「う・・うるせぇ!じゃ後はお前達に任せる!よしいくぞ!!!」
そういうと兵士達はまるでその場から逃げるかのようにあわただしく去っていくが、死んだのではないかと目の前で会話された牢番たちからすると堪ったものではなく顔を青褪めさせながら牢に近づいていく。
「や、やめてくれよ・・死んでたりなんてしたら俺達は・・・」
「お、おい!生きてるか!!生きてるよな!!?」
そういうと一人の牢番が男を鉄格子越しに揺さぶる。
「うっ・・・・くっ・・・・・」
と男のうめき声が聞こえて二人はほっとしたような顔を浮かべた。
「よかった、生きてるよ。首の皮一枚つながった。」
「よし!早いとこ戻ろうぜ!これ以上ここにいてまた何かあったら今度こそ俺達のせいにされちまう!」
そういうが早いか揺さぶっていた牢番はさっさと元来た道を引き返そうとしていた。
と、もう一人の牢番が思わずといった様子で立ち止まって男を見ていた。
「ん?(あれ?こいつ、顔にもっと怪我をしていて血とかも流れていたような?」
「何してんだ!早く行くぞ!これ以上その死神と一緒にいたくないだろ!」
「あ、あぁ、今行く。(気のせいか?まぁあの狂人の関係者だしな)」
何やら思案していたが、それも全ては狂人ウルベの関係者の一言で納得してしまい、牢の前を去っていった。
随分とご都合主義な展開ぽいですが・・・生暖かい目でご覧いただけますとうれしく思います。
いつもご覧いただきまして、ありがとうございます。
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