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鬼刻の夜明け  作者: MASAO
一章
6/51

魔怪 5

 映画の帰り博子と夜の公園で話をした。

 ベンチに二人は座るが少し距離を開けている。どこか初々しく見える光景。

「私、小さい時お父さんが交通事故で死んじゃったんだ」

「え?」

 突然の博子の言葉に直人は戸惑い話題の選択に後悔した。

「ごめん…その変な事聞いて」

 親しくなればなる程、話せば話す程二人の距離は縮まる。

 そんな当たり前の事だが、今の直人にはそれほど異性との付き合いに経験がある訳でもなく、また「当たり前」のことに気が付く余裕など無い。

「ううん、いいの。今はもう大丈夫だよ…だって、側に神崎君が居てくれるから」

 恥ずかしそうに博子は直人を見た。

「そ、そうか…あのさ、その博子ちゃん。”神崎君”はもう変じゃないかな」

「そ、そうかな?」

「その、直人でいいぞ」

「何か…恥ずかしいよ」

 そう言うと博子は俯いてしまった。

「ははは…まだ、ちょっと早いかな…ははは」

 直人も気恥ずかしくなり俯いてしまった。

 博子が何かボソボソと言う。

「え、何。博子ちゃん」

「それじゃあ…私の事も「博子」でいいよ」

 顔を伏せたまま博子は言った。恐らく真っ赤になっているに違いない。

 だが、直人はそんな博子がかわいくとても愛しいと感じた。

 あの頃。

 博子を助けられるのはきっと俺だけなんだ。いや違う、俺がやらなきゃ誰がやるんだ。

 俺が博子を正気に戻す。

「うおおおおおおっ」

 獣のような咆哮を上げ直人は、ゆかりを掴む鬼女の腕へと目の覚める一撃が炸裂した。

「なあに? 直人おおおお」

 しかし、鬼女は大して効いてない風に直人を見た。

 ゴッ

 鈍い音が直人の腹部に響き空中に蹴り飛ばされた。

「ぐはっ!?」

 地面に叩き付けられ直人は呻く。

 嘔吐し這いずり木刀を手の中で確認した。

 ゆっくりと木刀を杖にしながら直人は立ちあがった。

「そんなに遊んでもらいたいの。もう、直人って子供なんだからぁ。良いわ、この女にももう飽きたから、そろそろ殺してあ・げ・る」

 鬼女は言うと、意識が朦朧もうろうとしているゆかりを放り出した。

「ぐっ…ダメ、逃げて神崎君。早く…」

 ゆかりは、必死に呻くが直人には届かない。

「はあ、はあ、はあっ」

 木刀を正眼に構えた。

 直人の呼吸が荒い。肉体的ダメージがあるだけではない、押し潰されそうな恐怖に駆られているためだ。

 思い出せ。蒼白い影を感じろ、速い攻撃に備えるんだ。博子を止める為に…心の中で呟く。

 直人は冷静になるように努めた、もちろん勝機など無いに等しい事は分かっている。「博子をこちらに引きつけている間に深山みやまが逃げられれば」と木刀を構え「やはり自分で決着をつけなくてはならない」と捨て身の決心をする。何かを得るには代償が伴うのだ。

「やあねぇ直人、そんなに怖い顔しないでよ。ビリビリ感じちゃうわぁ」

 その言葉がまだ終わらない内に蒼白い影が顔面に迫る。「間に合わない!?」そう感じた瞬間、直人は派手に回転しながら飛んでいた。

「いやあああっ」

 ゆかりの悲鳴が遠くで聞こえた。

 脳震盪のうしんとう寸前の直人は意識に喝を入れ立ちあがった。反応がわずかに遅れたせいでインパクトの瞬間、衝撃の芯が少し外れた為か、鬼女が遊ぶ為に手を抜いたのかは解からないが何とか直人は立ち上がれた。

「あれぇ、まだやるんだ。直人も意地っ張りねぇ。行くわよっ、死んじゃええええ」

「くっ!」

 その瞬間、蒼白い影が直人の腹部を狙う。

「があああ!!!」

 直人は瞬時に木刀で防御した。が、その勢いは殺せるはずも無く後方へ派手に吹き飛ばされた。飛ばされながら博子が初めて「直人」と名前を呼んだ時に見せた紅潮した顔が脳裏をよぎる。

「ごふっ」

 背中から地面に叩きつけられ直人は咳き込む。だが確かに今の攻撃は防ぐ形がとれた。

「今!? 確かに…」

 ゆかりは直人の動きに驚愕した。

「今のは惜しかったわねえ、駄々をこねないで直人。でも、これでお終い」

 鬼女の赤い瞳がほくそ笑む。

「まだだ…俺はこんなもんじゃねえぞ、博子おおお!!!」

 雄叫びを上げながら直人は立ち上がった。

 直人は「次はヤバイ」と感じながら先ほどの防いだ感触を思い出し、全神経を蒼い影に集中させ木刀を構えた。

「あれは!?」

 直人の手にある木刀から立ち昇る「破邪はじゃの気」。そして直人から感じる強い霊気にゆかりは目を見張る。

「そう。言いたい事はそれだけ直人…さよなら。これからあなたは私の心の中で生き続けるのよ…永遠に!!!」

 言うより速く鬼女から影が直人の首めがけて一直線に伸びると鋭い閃光の如き貫手ぬきてが迫る。刹那、直人は上体を低くすると同時にその貫手を振り払い、そのまま鬼女の胴体を斜めに一刀するかのように木刀を振り下ろした。

「ギャアアアアアア!?」

 鬼女は斬激の瞬間、後ろに飛び退きかろうじてその直撃を回避した。

 蒼白い肢体に乳房から腹部にかけ、斜めに滴る血の筋。直人が放った霊気による刃の傷痕。

「痛いいいい! なアおオとオオオ!!!」

 鬼女は今まで以上に「鬼」に相応しい形相を浮かべながら絶叫した。

「ダメか…いや、まだだ!」

 苦汁を飲んだ直人は鬼女を見据える。

「もおおお、許さないいいいいいっ」

 鬼女が叫ぶと直人に突進して来る。

「うおおおおおおっ」

 直人も咆哮を上げ駆け出した。

 鬼女の額の角が今まで以上に妖しく瞬くと、全身から影が出現し直人に迫ろうとする。

 シュッ

 月光を浴びた短剣が鬼女の背に突き刺さった。

呪束じゅそく!」

 ゆかりの鋭い声が夜を切り裂いた。

「ガアアア…アっ!?」

 眼に見えない力で鬼女の動きが突如止まり、絶対的な隙が生じる。

「博子おおおおおお!!!」

 フラッシュバック。

 “大好きだよ。直人”

 博子のはにかんだ笑顔が視界を遮る、直人の瞳から一雫の涙が頬を伝った。

「ギャアアアアアアアアアアアアっ!!!」

 渾身の願いを込め木刀を振り放った。

 直撃を受けた鬼女は、その場にひれ伏し倒れ果てた。

 その時、直人は博子の身体から離れ断末魔を上げる鬼の形相をした蒼白い炎が消滅する様を確かに見た。

「博子…」

 精も魂も尽きたかのように、全裸で倒れる博子の傍らに直人は片膝をついた。鬼女は、直人の知る博子へと変じていた。

 直人は、博子に制服の上着を優しくかけるとよろめきながら立ち上がった。そこへ肩を押さえたゆかりが歩み寄ってきた。

「神崎君…あなた、一体」

 ゆかりの姿を確認した直人は、意識を失いそのままゆかりにもたれかかった。

「ちょっ!? 神崎…君。神崎君…神崎君っ!」

 ゆかりの声が闇夜に響き、神崎直人の長い一日が終わりを告げた。

 どこかでサイレンの音が鳴り響いていた。


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