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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
九章

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慟哭 6

 刹那せつななる永遠。

 直人は漆黒しっこくの世界に立っていた。

 かすかな泣き声。

 直人はゆっくりと足を進める。

「…えぐっ、えぐっ…えぐっ」

 少年はひざを抱え、ただ泣きじゃぐっていた。

「何がそんなに悲しいんだい?」

 直人は少年の前に膝を落とし尋ねた。

「えぐ…母上が死んじゃった…それなのに京一きょういち小夜さよちゃんが僕をいじめるんだ…な、何でなの…ひぐっ」

「それはきっと違うよ」

「ど、どうしてっ…えぐっ」

「京一も小夜ちゃんも、ただ君と仲良くしたいだけなんだよ…君の事を本当に心配しているんだよ」

「…そん…な、事…無い…ひぐっ」

「どうしてだい?」

「小夜ちゃんは本当は京一の事が好きなんだ…京一は僕の事が嫌いなんだ…」

「それは違うよ。二人は君の事が大好きなんだよ…君の力になりたいと思っているんだよ……確かに悲しい事や辛い事が沢山ある。でも人には運命を切り開く力があるんだ…その背負った宿命と向き合わなきゃいけないんだよ…解るね」

「…うん…知ってるよ…母上と同じ事言うんだね…でも、僕は……」

 そこまで言うと少年は言葉を切った。

「大丈夫だよ。それさえ知っていれば君はまた、お友達に会う事が出来るよ」

 直人は優しく少年を抱き寄せた。

「じゃあ、じゃあ。母上にも、母上にも会えるかな?」

 直人の腕の中で少年は無邪気な笑顔で言った。

「ああ…きっと、会えるさ…自分を信じる力があれば…きっと」

 少年を抱く直人の両手が優しく瞬き始めた。

「…ああ、暖かいなあ……何だか僕、眠くなっちゃった」

 少年の身体からだが光に包まれると、その輪郭が次第にぼやけていく。

「…おやすみ…」

 シャーン

 鈴の音が辺りに響き渡ると少年は、直人の腕の中で光の粒子となり消えてった。そして黒き静寂の中、直人は静かに立ち上がった。

「出てこいよ……お前の気配はさっきから気づいている。そこにいるんだろ?」

 後ろを振り返ると直人は闇に語りかけた。

 モゾリッ

 黒い空間が歪んだ。

 パチ、パチ、パチ

 乾いた拍手。

「大したもんだ」

 双角そうかく

 紅い眼。

 現れた男は直人におどけけて言った。

「…隠そうと押さえても隠しきれない強大な、その鬼気きき

 直人は男を睨みつけた。

「だが、お前がこれから成そうとする事は…お前自身の死を意味する。何故なら俺は…お前だからな」

 額の双角そうかくが瞬き男の姿が明らかになる。

 神崎直人…直人が対峙している男は自分自身だった。

「知っている。だからこそ自分が招いたわざわいは、この手で決着をつけるんだ。”名も無き鬼”よ」

「勇ましい事だ…随分ずいぶんと力を手に入れたようだな…忘れるな、その力は俺と出会ったからこそ手に入れたという事をな」

 鬼精体きせいたいは淡々と語る。

「お前は氷室晃治の意識に一時は呑まれもしたが力の源が悪意の為、徐々に表面化していた。だが、氷室が浄化された今となっては俺に寄生するしか存在する術がない」

「解ってるな、さすがは俺、それでな…」

 茶化ちゃかす鬼。

「行くぞ!」

 直人は前屈に構え全身から邪鬼滅殺じゃきめっさつの白き光を放った。

「やれやれ。俺を倒せば、お前の肉体はちる…解っているのか直人? 今、肉体を形成しているのは鬼気ききだ…つまり俺だ…どうだ、お前もまだ死にたくはないだろう? 俺と融合すればお前は悠久の時を生きる事が出来る…悪い話じゃないと思うがな」

 鬼は直人を誘惑した。

 ダッ

「はあっ!」

 直人は問答無用に駆け込むと滅鬼めっきに輝く正拳を繰り出した。

「ちっ。融通ゆうずうかない奴だ」

 鬼はその拳をヒラリと体をずらしかわす。

「俺はこの力の意味を知った!」

 闇に白き残光が糸を引く。次いで攻撃をかわした鬼を目掛け、鋭い回し蹴りが放たれる。と、同時に鬼もまた同じハイキックで応えた。

 バシイイイインッ

 上体を反らし互いの蹴りがクロスする。

「はんっ。それじゃあ、この俺の存在は何だ…力を育てたのはお前自身でもあるんだぜ! 俺を生むのは人間のけがれた悪想念あくそうねんなんだよ!」

「そうだ…人の心は弱い…だけど、そんな中でも心は誠実にありたいと願い、必死に闇に堕ちまいと足掻あがいているんだっ」

「綺麗事だなっ」

 パアアアンッ

 弾ける二人は距離を取った。

「そうかも知れない…だが俺は、俺が俺である為に…貴様をつ!」

 直人は跳んだ。

「けっ、青二才あおにさいが!」

 鬼もまた直人目掛け飛翔する。

 ガシイッ

「ぐっ」

 宙で直人の拳をかわし、鬼の放った蹴りが直撃する。

 直人はそのまま落下した。

「いくら力を使えると言っても、お前はひ弱な人間でしかない」

「黙れえええ!!!」

 叫びながら直人は立ち上がった。

「鬼を拒む事は…出来ない!」

 鬼は直人にゆっくりと歩み寄る。

「うおおおおおおっ!」

 雄叫び一つ。

 直人は駆けだした。

 ゴウウウッ

 鬼は角を瞬かせ火炎を吐いた。

 紅蓮ぐれんの炎が直人を包み込んだ。

 だが、身体からだより発せられる滅鬼めっきの白い光がそれを散らせる。

「やっかいな力だ…」

 鬼はその光景を目にして愚痴る。

「消えろおおおおおお!!!」

 こぶしが激しく光り輝き、直人はそれを鬼に叩き込んだ。

「馬鹿がっ」

 しかし、鬼はそれよりも速く体勢を低くして、直人の腹に掌ていを打ち込んだ。

「ぐはあ!?」

 鬼を飛び越す形で直人は吹き飛んだ。

「解ったか? お前は俺には勝てない…人間であるお前ではな。せっかく手にしたその「滅鬼めっき」の力とやらも、それでは宝の持ち腐れだな…直人」

「だが、貴様にだけは屈する訳にはいかない…負ける訳にはいかないんだあああ!」

 直人を取り巻く滅鬼めっきの炎が一段と燃え上がり白く輝いた。

「…無駄な事を」

 鬼はその輝きをうとましそうに睨みつけた。

 ザッと疾風はやてごとく直人は駆け出した。

 繰り出される拳は閃光。

 放たれる蹴りは空を切り裂く。

「ははははは、無駄だ、無駄。お前が俺に屈する事を拒むならみ込むだけだ!」

 鬼は直人の繰り出す高速の連撃を容易たやすかわしていく。

「やられるかよ!!!」

「喰らってやるさ!」

 鬼気が溢れ出し鬼の身体からだから漆黒の炎が舞い上がった。

「俺は誰でもないっ…俺は神崎直人だあああああああああ!!!!!!」

 直人のこぶしかすかに鬼をかすめる。

 徐々に攻撃速度が増していく。

 ……速くなっていくだと…あり得ない…奴はただの人間、俺は鬼神きしんだ…なのに、何故だ!? たがが、人間如きにわれが後れを取るなど…ある筈が無い!!!

 鬼はわずかな焦りを感じ始めた。

小癪こしゃくな奴め!」

 鬼は直人の正拳をクルリとかわすと、そのまま黒く揺らめく裏拳を放った。

「舐めるなああああああ!!!」

 直人はその拳を頬に受けながら鬼のあごを蹴り上げた。

 吹き飛ぶ二人の直人。

「く!? 何故だ。何故こうも戦える!」

 鬼はゆっくりと立ち上がりながら呻いた。

「解るまい…かつて人であった事を捨てた貴様ら鬼精体きせいたいには…これが人の持つ可能性。自分を信じる力だと言うことを!!!」

小賢こざかしい!」

「人間はその血を絶やさぬよう生命連鎖を繰り返し、より優れた肉体を求め進化を続けてきた…」

 直人は目にも止まらぬ速さで駆け出した。

「だが、その結果が「鬼」を生んだ。心を持った事により人の心は悪に染まり「魔」を呼び込んだ。その手で世界をも滅ぼせる力を手にしてしまった…この矛盾は何だ!」

 鬼は迎撃態勢を取り、直人を迎え撃つ。

 ガアッ!

「ぐお……」

「がは……」

 二人の直人は、お互いの頬を拳で打ち抜いた。

 互いが吹き飛ぶ。

 そして、吹き飛んだ二人はゆっくりと立ち上がった。

「…そうだ…人の心はもろうつろいやすい…だけど、世界をおびやかす驚異から守るのもまた人なんだ…そんな心の狭間はざまもがき苦しみ人は前を目指し生きていく。正しくありたいと…そして、魂もまた魔を宿さない…鬼を生み出さない心を求め輪廻転生りんねてんしょうを繰り返し、進化した存在を目指す…それが人という種の宿命、前を見て生きていく心を持った生命体の運命さだめなんだああああああっ!!!」

 直人はえると同時に発せられる滅鬼めっきがまるで灼熱しゃくねつの太陽のごとく輝き出した。

「けっ! 説法せっぽうは坊主にしなっ!!!」

 鬼もまたえると双角そうかくから閃光を放ち激しく鬼気を増幅させた。

「この世には必ずついとなる物が存在する…心を喰らう鬼が人の天敵なら…俺は貴様ら鬼精体きせいたいを消滅させる存在…”鬼を殺す”宿命を持って生まれた真の闇風…それが俺の存在意義だあ!!!」

 ダッと直人は駆けだし白く灼熱に輝く拳を握り締めた。

「いちいち、まどろっこしいんだよ! 鬼を生み出したのは貴様ら人間のけがれた心だろうがっ!!!」

 鬼もまた拳に鬼気を集め駆け出した。

「だからこそ譲れないんだよおおおおおおおおおっ!!!」

「喰われちまいなああああああああ!!!」

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオンッ

 白く輝く滅鬼めっきの力と漆黒しっこくに燃え上がる悪しき鬼気ききを乗せた、二つのこぶしが正面からぶつかり合う。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 白と黒の閃光のこぶしは激しく互いを押し合う形で膠着こうちゃく状態におちいってしまった。

 飛び交うプラズマ。

 意識を吹き飛ばさんとする重圧な力の…存在の衝突。

「俺は負けないいいいいいいいいいっ!!!」

 霊言実動れいげんじつどう

 信じるからこそ生まれる力。

 想いを握り締めた拳が更に輝き、その白き閃光は直人自身からも発し包み込んだ。

 閃光の拳が竜巻のように光が回転する。

 黒い鬼気が滅鬼めっきの光に還元され始めた。

 ピシッ

「ば、馬鹿なああああああ!?」

 鬼の黒き拳に亀裂が走った。

「消え去れ悪鬼あっきいいいいいい!!!」

 直人の輝く拳が鬼の拳を砕き、白き光の粒子が右腕を消滅させた。

「!? があああああああああっ!!!!」

邪鬼滅殺じゃきめっさつ!」

 拳の勢いを殺さず、閃光の一撃を打ち込む。

「おのれ人間がああああああ!!!」

 ズブリッ!

 直人の閃光滅殺拳せんこうめっさつけんがそのまま鬼の身体を貫いた。

「人は…必ず貴様ら鬼を…克服する」

 鮮血に染まる鬼の爪。

「…これで…勝った…と思うなよ…人が存在する限り…心に魔を宿す限り…鬼は生まれ続け…る…これも、またしん…なり…ぐはっ!?」

 鬼が血を吐き出した。

「ぐっ! それでも人は進む事を…止めない…」

 ゴボッ

 直人もまた吐血する。

 鬼の放った手刀が胸を鋭く貫いていた。

悠久ゆうきゅうの彼方まで繰り返すがいいいいいいいいい!!!」

破邪はじゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 カアアアアアアアアアアアアアアアッ

 邪鬼滅殺じゃきめっさつ

 閃光が乱舞する。

 渾身の叫びと共に直人の全身から灼熱の光を発し、黒い鬼気と鬼精体きせいたいそのものが光の粒子となり消滅していく。その瞬間、どこまでも響き渡る鬼の笑い声を直人は確かに聞いた。

 訪れる静寂。

「…だから…こそ…人間は…進む事を止めな…いんだ…おのれみにくさを…知って…い…るから……ごはっ!?」

 ”無駄な事かもしれない”としても生命いのちは…魂は進化し続ける。

 争いの無い世界を求めて…。

 直人は再び吐血するとガクリと膝を突いた。

 胸に空いた傷からは鮮血が溢れ出す。

 …意識体でも血が流れるのか。

 直人はその光景を眺め苦笑しながら、ゴロリと大の字に転がると天を仰いだ。

「はあ…はあ、はあ、はあっ!?」

 意識が遠のき力が抜けていく。

 闇に覆われていた世界が徐々に白み始めた。

「…まるで…夜明けだ……な」

 直人は明るく照らし出す暖かい光に抱かれながらつぶやいた。

 …父さん…母さん、やったよ……少しはこんな俺を認めてくれよな…隆司……

 朝日のごとまばゆいばかりの光が優しく直人を包んでいく。

 ……ああ……もっと、色んな話がしたかった……ごめんよ……今度、生まれ変わる事が出来たら……俺は……

 ……ゆ、か……り……ありが……とう……

 君に……出会えて……よかっ……た……

 直人はまぶしく暖かい白光の中、優しい笑みを浮かべ閃光に飲み込まれていった。




 白風牙びゃくふうがの放つ白き光の中、鬼気ききが吹き飛ばされ黒鬼こくきと化していた身体からだが人の姿を取り戻す。刹那せつな、ゆかりの目に飛び込む直人の穏やかな笑顔。

 時間が止まった。

 音を無くした世界でゆかりは知った。

 この手で……直人を……殺した。

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオンッ

 駆け抜ける閃光の白虎。

 ちり一つ残さぬ伝説の秘剣術。

 羅刹らせつより放たれた滅殺めっさつの力は全てを消滅させていく。

「…………直人おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」

 “……あなたを殺してあげる……”

 色褪いろあせていく世界。

 自分の言った言葉の恐ろしさを今実感した。

 大気を震わす程の悲痛な叫び。

 深い悲しみが全てを支配する。

 愛しい者を失ったかなしさが獣の如き悲鳴でかせる。

 ゆかりの慟哭どうこくする声が山々にいつまでもこだました。

 東の空が白み始める。

 優しい朝日が世界を照らし出す。

 暖かい日差しを受け遅咲きだった桜の蕾が一斉に開花を始めた。

 山々を彩る桜のあわい花びら。

 優しい春の息吹。

 ああ、世界はなんて美しいんだ……

 かつて神崎直人と呼ばれた魂の声がかすかにあかつきの空に響いた。




 シャアッ

 浅黄あさぎ救急病院。

 一般病棟の一室でカーテンが開かれた。

 病室に朝日が注ぎ込まれる。

「……ん、うん……?」

 博子の母は自分の顔に当たる、早すぎる朝にゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 朝光あさかげが一人の少女を照らし出す。

「……ひっ、博子!?」

 母は飛び起き叫んだ。

「……今、とっても優しい声で「そろそろ起きろよ」って男の人が言ったの」

 博子は昇る太陽を見つめ静かに言った。

「ああ……博子、博子っ」

 母はそんな博子を抱きしめ号泣した。

「誰だったんだろう? あの声……知っているのに思い出せない……」

 博子の頬を涙が伝う。

「……朝日がとっても綺麗なのに……どうしてこんなに悲しいのかしら……ねえ、お母さん?」

 博子はあかつきの空へ遠い眼差しを向け、止まる事のない涙の意味も解らず、ただ震えていた。

 ……直人……

 心のどこかで、そんな言葉を失われた誰かが言った。


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