慟哭 5
小夜子を犯した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
完全なる黒鬼と化した晃治が恍惚の咆哮を上げ続ける。本能に身を任せた行動が晃治を黒き獣へと導いたのだろうか。
剣の如き双角が激しく輝く。
ゾクッ
一瞬。晃治は恐怖を感じ我に返った。
何だ…鬼神の我が恐怖だと…どういう事だ?
黒鬼は自問する。
ゾクリ
まただ。
黒鬼は得体の知れない危険を本能で感じ取った。
どこに危険があるというのだ…危険などありはしない…ここには我と糸の切れた女だけ…何を脅えているのだ。
だが警鐘は鳴り止まない。
黒鬼は眼下にいるゆかりに視線を向けた。
驚愕。
「なっ!?」
鋭い眼差し。
溢れ出す力。
「羅刹っ!!!」
ゆかりの口から発せられる男の声。
近くに転がっていた桃迅激が黒鬼を目掛け一直線に飛んでくる。
パアアアンッ
桃の木より造られし刀身が砕け散り、姿を現す白銀の一閃。
黒鬼は咄嗟にその一撃を躱し後方へと飛び退いた。
呼ばれし刃はゆかりの手に静かに収りゆっくりと立ち上がった。
黒鬼は知っている。
鬼神に恐怖を与える力…その力を秘めし一振りの太刀。
邪鬼滅殺。
あらゆる魔を斬り。
あらゆる鬼を滅する破邪の力。
その剣撃は空を裂き海を割る。
その斬撃は大地を揺るがし炎を生み出す。
故に金剛羅刹は使い手を選ぶ。
心悪しき者を選べば「邪」となり人の世を喰らい。
正しき者を選べば「聖」となり世を守る聖魔の剣。正邪曲直、諸刃の心剣なり。
その名を…
「ば、馬鹿な!? 金剛羅刹だと!!!」
黒鬼は目の前に立つ、一糸纏わぬ少女が手にする太刀を凝視して叫んだ。
「闇より生まれし 彷徨える魂
我が鎮魂の音に耳を傾け
その荒ぶる鬼を浄化せよ
森羅万象の理に基づき 在るべき姿へ
隠形なる者を滅殺する」
霊言実動。
再び発せられた男の声。
体内の霊気が上昇する。
「男の声…何者だ、貴様っ!」
「裂空斬」
ゴウッと風を巻き上げ放たれる斬激。
「ハアッ!」
黒鬼はその斬激を鬼気で壁を創り防いだ。
ゆかりの姿がない。
「上か!?」
黒鬼は頭上を跳ぶゆかりに目を奪われた。
満月の銀光に照らされ、浮かび上がる白く美しい伸身宙返り。
その姿はまるで天女の如く。
手にはキラリと輝く金剛剣羅刹。
「斬魔撃光っ」
空中で身を翻し繰り出される光の刃。
「ぐう!?」
黒鬼はその斬激を避ける為に横へ飛んだ。
ドオオオンッ
放たれたる白銀の閃光は地面を抉り砂塵が宙を舞う。
この攻撃パターン…。
京一!
黒鬼は次に来るであろう打撃技に備え背後を振り返った。
しかし。
「裂空破斬っ」
「があああっ!?」
更に裏をかいた真空十字の斬激が黒鬼の背後を襲った。
「はあっ!」
覇気を乗せた叫び。
堪らず膝を突いた黒鬼は、延髄に空中回し蹴りが炸裂し吹き飛ばされた。
「ぐ…き、貴様…京一ではないな…誰だっ…まさか!?」
「お前には理解できまい……友を……自分を信じる事が出来ず、ただ己の怒りに任せ、その心を穢したお前には!」
ゆかりの口を通して語られる。
「馬鹿な!? あり得ない…在るはずがない。神崎直人だと! 何故、我に喰われていないっ。何故そこにいる! 何故、貴様にそんな真似が出来る……何故だあああ!!!」
狂ったように突進を開始する黒鬼。
「…お前は、もう一人の俺だ…」
哀愁に満ちた眼差しを向けた。
「行くぞ、ゆかり!」
(ええ!)
直人が叫び、それにゆかりは応えた。
「空裂斬!」
黒鬼は手にした太刀を振るい、衝撃斬が直人を狙う。
その際生じた突風が、放たれた鬼気に乗せられ竜巻が発生した。
「く!?」
直人の視界を奪った。
「我が荒ぶる絶対にして強大なる黒き闇の力
今、その命を鬼気とし森羅万象の理のもと
前方なる敵を粉砕せよ
黒き風はそれを砕き
瞬く閃光はその者を焼きつくせ」
黒鬼の詠唱。
「どこからだ!」
竜巻の轟音と視界不良…しかし、それだけではない。鬼気を捉える事が出来ず直人は警戒する。
(木霊術…来る!)
ゆかりの声が直人に響いた。
「閃光空牙あああ!!!」
ピシャアアアアアアンッ
頭上より発生した稲妻の斬激が降り注いだ。
(桔梗界壁)
ゆかりの叫びと共に額の上に五芒星の光が走り形を成す。
ドオオオンッ
落雷衝撃。
「うおおおおおお!!!!!!」
電光石火の斬激は頭上に現れた五芒壁により四方へ走り抜ける。が、終わる事はない。
直人は斬術の重圧に堪らず片膝を突いた。
雷電が髪を結っていたゆかりのリボンを切り裂く。サラサラと美しい黒髪が下ろされた。
(くっ、このままじゃ…直人!)
「我が心に宿りし焔よ
降魔の炎と化し
烈火の如く立ち昇れ
彼の敵を討ち滅ぼす刃となり
その灼熱の力を示せ」
直人の中で力が昇華する、霊気が紅蓮の炎を具現化し羅刹へと伝わり始めた。
「…この詠唱…馬鹿な!?」
黒鬼の驚きの声。
「炎旋風烈火あああっ!!!」
直人の雄叫びと共に羅刹より立ち昇る霊気が炎が如く燃え上がり、一気に振り放った一撃は雷光を斬り裂き黒鬼へと向かう。
ブウオオオオオオンッ
灼熱の炎斬は黒鬼を取り囲むと爆散をした。
(…ほむら…)
ゆかりの声。
爆煙が収まり黒鬼は姿を現す。
「き、貴様が何故…穂村の…京一の必殺剣を知っている…何故だ!!!」
炎にその身を焼かれはしたが、辛うじて斬激を躱した黒鬼は叫んだ。
月光に照らされ、暗闇に幽鬼の如く浮かび上がる美しい肢体。
風に吹かれ、揺れる癖のない長い黒髪。
少女は手にした羅刹を黒鬼に向けた。
「もはや語る事は…無い」
直人は静かに言った。
(直人…)
ゆかりの小さな声。
(怖いか…?)
(ううん、そんな事無い…でも)
弱々しくゆかりは聞く。
(…力を…意志を継いだ)
優しく直人の意識が語った。
(え…?)
(龍脈から力を引き出せるか?)
(…知っているけどやった事無いよ…)
(大丈夫…俺が一緒だ、お前にならきっと出来る、ゆかりになら…)
ゆかりは融合した事により直人の言わんとする事が意識に流れ込んできた。
(…解った。やってみる)
意を決しゆかりは意識を集中させ始めた。
「答えろ貴様!」
シュッ
「呪束!」
直人は髪の毛を引き抜き霊気により高質化した暗器を放った。
霊力よりも気功術に近い。
「ぐっ!?」
黒鬼は瞬時に動きを封じられた。
(古より 地に伏す悠遠なる力よ
我が呼びかけに応え
その大いなる力を我に与えよ
穢れ無き空なる力
我に応えよ…)
ゆかりの意識が素早く印を結ぶ。
身体を中心とし、五芒星が地面に浮き上がった。真夜中だというのに辺りが薄ぼんやりと光を発する。その光景は降り注ぐ白い雪の様だ。
何だ…空中にある霊気が発光を始めている。
黒鬼はその異変に気づいた。
(龍より溢れし強大なる力よ
我を器とし汝を迎え求むる…)
黒鬼の意識がゆかりの詠唱を傍受した。
龍脈接合術…霊力を吸収しているだと!? 何か大技を出すつもりか!
黒鬼は縛られた身体を解放しようと鬼気を増幅させた。
(深山流奥義接龍線!!!)
ゆかりの詠唱が完成し言霊により術が発動した。
ゴオオオオオオン
地面に浮き上がった五芒星は激しく輝き、大地より龍の鼓動が駆け上がる。
ゆかりの美しい裸体が白く輝いた。
シュカッ
瞬間、直人は再び作り出した暗器を左右後方に打ち込む。
ザッと自分の前方に羅刹を突き刺し、素早く印を結んだ。
「古来より方位を司りし四聖獣よ…」
身体から溢れ出す強力な滅鬼の力。
黒鬼は目を見張る。
十字結界式…この詠唱。まさか、あれを放つというのか!? 人の身でありながら!!!
鬼気増大。
黒鬼もまた大気に溢れ出した、無色なる力をその身に集め鬼気へと変換させた。
尚も詠唱は続く。
「我が肉を地とし玄武。
我が気脈を風とし白虎…」
直人の詠唱により、ゆかりの肉体の頭頂チャクラがゆっくりと開き出す。
パシイイインッ
「させるか! 氷炎裂空破斬!!!」
黒鬼が呪縛を弾き飛ばし放った抜刀術、氷室流真空十字剣。
キーンッ
「馬鹿な!?」
しかし、その斬激は目標の手前で弾かれ四散した。
術の発動を同時に三つも行うなど出来る筈がない!
黒鬼はその場に感じる気配に感づき両の目を見開いた。
長く揺れる黒い髪。
悲しみの憂いに満ちた瞳。
そこに浮かび上がる一人の巫女。
「…さ、小夜子?」
小夜子がゆかりの前に腕を広げ立っていた。
(もうやめて…)
小夜子の声が黒鬼に流れ込む。
「何で、何で僕の邪魔をするんだい…私の物にならぬと言うのなら…いっそこの手で、この手で殺してあげるよおおおおっ!!!」
黒鬼は叫ぶと同時に、手にした太刀を地面に突き刺し瞬時に印を完成させた。
地面に浮かび上がる四神十字結界式。
「古来より方位を司りし四聖獣よ
我が肉を地とし玄武。
我が気脈を風とし白虎……」
黒鬼は直人と同様の詠唱に入いった。
「我が意志を火とし朱雀。
我が血流を水とし青龍。
五体に宿り生まれし四神よ
我が命に従いその力を示せ
汝 右手、南方を司りし獣 祖は朱雀
汝 左手、北方を司りし獣 祖は玄武
汝 後方に位置せし東方を司りし獣
祖は青龍……」
ゆかりの白い肌に赤い血が所々線を引く。
四方より呼び込まれる聖獣四神の力。
その力は大地の力と滅鬼の力により更に増幅されていく。
巨大な力はプラズマとなり霊気の刃がゆかりを襲った。
(…ち、力が大きすぎる)
肉体は許容範囲を超え始め悲鳴を上げた。
集めた霊気は直人の開くチャクラを通して、滅鬼の力へと変えられ地面に打ち込まれた暗器に流れ込む。
輝く五芒星の中に展開する十字結界式もまた激しく瞬いた。
「汝 左手、南方を司りし獣 祖は朱雀
汝 右手、北方を司りし獣 祖は玄武
汝 後方に位置せし東方を司りし獣
祖は白虎……」
黒鬼の双角が激しく輝き鬼気が拡大する。
「我が前方に位置せし西方を司りし獣
祖は白虎
その白く猛々しい力を我に……」
大地より光の柱が天へと駆け抜けた。
直人の言葉と共に四方に刻む十字に閃光が走ると羅刹へと集まり激しい光を放ち出した。
「我が前方に位置せし東方を司りし獣
祖は青龍
その蒼き禍々(まがまが)しい力を我に……」
また黒鬼の結界式からも光が天へと立ち昇る。
黒鬼の太刀が額の双角と、十字結界より送り込まれる強大な鬼気を受け黒く、漆黒の閃光を放つ。
辺りは直人とゆかりの発する白き光と黒鬼の呼び込む黒き稲光がぶつかり合う。
「闇風秘剣術……四聖獣鎧破!」
直人と黒鬼は同時に術を完成させ互いに大地より抜刀。
羅刹と直人に邪鬼滅殺の力が駆け抜け溢れ出す。
黒鬼とその手の太刀に強大無比な鬼気が迸る。
「吼えろ白虎、切り裂け白風牙ああああああ!!!」
上段に羅刹を構え繰り出される豪の一閃。
「呻れ青龍、破砕せよ烈流破ああああああ!!!」
下段に構え、放たれたる鬼神の業。
駆け抜ける二つの力。
閃光が具現化する。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオンッ
龍虎対決。
純白に輝く聖獣白虎と青く……いや青と言うにはあまりにも黒い、群青なる閃光青龍は互いにぶつかり合った。
嵐。
絡み合い天へ駆け昇る二匹の獣。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
(はああああああああああああああ!!!)
直人とゆかりのシンクロした咆哮。
「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
憤怒に満ちた黒鬼の雄叫び。
天空で激突する龍虎。
長引けば人間である二人に不利な戦い。
黒鬼の紅い眼が愉悦の笑みを漏らす。しかし、白と黒の戦いは果てる事なく繰り返された。
おかしい…何故、力の流出が持続できる…何故、肉体が耐えられるのだ。
気配。
黒鬼は、羅刹より滅鬼の力を放ち続けるゆかりの背後に意識を向けた。
決意に満ちた精悍な顔。
「貴様っ!?」
黒鬼が哮えた。
(四聖獣鎧破…羅刹に選ばれし、”滅鬼”の力を持つ者にしか放てぬ伝説の秘剣術…操るは”鬼気”に非ず…)
声が意識に流れ込む。
「またしても……京一いいいいいい!!!」
更に鬼気が増幅され黒鬼の肉体が一回り膨らんだ。
(晃治…)
京一はゆかりを支えるように立っていた。
「黙れええええええええええええっ!!!」
黒鬼が叫び、力の増した青龍が白虎を徐々に取り込み始めた。
パーンッ
マズルフラッシュ。
この人知を超えた戦いに、凡そ似つかわしくない乾いた音が辺りに鳴り響いた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!?」
放たれた弾丸は、黒鬼の額で輝く巨大な角を削った。
「はずれた……か?」
茂みの開けた場所で玲香に銃身を支えられる様に二発目を狙う朝倉が呟いた。
「…そうでもないみたいよ」
続けて玲香は言った。
だが、鬼の力の源は角、黒鬼は膝を突いた。
放たれた青龍烈流破のプレッシャーが一瞬、弱まった。
「氷室おおおおおおおおおおおおお!!!」
その一瞬の隙を見逃さず直人の滅鬼が爆発した。
白虎の爪が黒き龍を切り裂き、破邪の牙がその身を砕く。
「おのれええええええええええええ!!!」
……私は
決して……間違ってはいない……
巨大なる伝説の白き斬光が晃治を一瞬にして飲み込んでいった。




