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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
九章

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慟哭 3

 吹き飛ばされた浅倉と玲香を晃治こうじは横目で見やる。

脆弱ぜいじゃくにして卑小ひしょう…人とはなんと愚かな存在か…そうだ。魔が人の心が生み出す存在なら、この世から人間を全て消し去ればいいんだ…はははははは、そうだ。今の私になら、「鬼神きしん」ならばそれも可能だ。闇風が千年も続けてきたイタチごっこを終わらせればいいんだ。簡単じゃないか、そうだろ小夜子さよこ!」

 晃治は紅い瞳をキラキラと輝かせ、ゆかりを見た。

「ひいっ!!!」

「…どうして僕をそんな目で見るんだい、小夜子? どうして私をこばむのだ」

 ゆっくりと晃治は踏み出した。

「いや…こ、来ないでよ!」

小夜さよちゃん」

「いやああああああ!!!」

 戦慄せんりつの恐怖がゆかりを取り巻く。

「ぐはあっ!?」

 晃治は突然頭を抱え、その場に膝を突いた。

「ひっ!?」

 ゆかりには何が起きたのか分からない。だが、この場から逃げ出すチャンスだと確信した。

 身体からだの反応も今は取り戻し動く事が出来た。

「な、何故だっ…ダメなのか。鬼気ききが溢れ出す…な、ぜ、自分の鬼気を制御出来ないっ…何故だあああ!!!」

 額の角が強く輝き点滅する。

 今だ!

 ゆかりはようやく反応する様になった体を必死に起こすと、引きりながら駆け出した。しかし、まるで歩くよりもその足取りは遅い。

「そうか…そうだ小夜子…私の子を…私の新しい肉の器。胎児に…依代よりしろとなる肉体に宿れば…あるいは」

 正気を失いつつある晃治はゆかりを見た。

 必死に晃治から逃げる後ろ姿。

「はあ、はあ、はあ…」

 殺される…逃げなきゃ…鬼に喰われる…ここから離れなきゃ。誰かっ…誰か、助けて!

 ゆかりの頭の中をそんな思いが占めていく。

「小夜子おおおおおお!!!」

 晃治の雄叫びが大気を震わす。

「ひっ!?」

 鬼気が全身にまとわり付く。

 ゆかりがその動きを止めた。いや、止めたのではなくその場から一歩も動けなくなったのだ。まるでへびにらまれたかえるの様に。

「こちらを向け」

 晃治の冷たい声が静かに語る。

 呪言じゅごん

 ゆっくりとゆかりは後ろを振り向いた。

(何でよ!?)

 ゆかりは心の中で叫んだ。

 カッと見開く晃治の紅い眼。

(いや!)

 ゆかりの瞳の中に、晃治の眼が吸い込まれる様に入ってくる。

 鬼眼きがん

「こちらへ来い」

 晃治の言葉に従いユルユルとゆかりは意志とは関係なく歩を進めた。

(いやっ、助けてっ、行きたくない!!!)

 ゆかりは心の中で叫んだ。

「さあ」

 晃治は目の前まで来たゆかりの肩に手を乗せた。

 シャーンッ

 一瞬にして、切り裂かれていたバトルスーツが目に見えない粒子に変り弾け飛んだ。

 暗闇の中に浮かび上がる白く美しい肢体。

(い、いや…)

「私を受け止めてくれ小夜子…」

 晃治は全裸となったゆかりを優しくおおった。

(いやああああああっ!!!)

 晃治はゆかりを犯した。

 紅く光る大きな眼にはゆかりの母、小夜子の姿が映っていた。

 晃治は完全なる双角そうかく黒鬼こくきへとその姿が変貌していく。

 見開かれ、焦点の定まらぬ人形と化したゆかりの瞳から涙が溢れ出た。

 誰か……私を……助けて……。

 頭の中に形をなす言葉はこれだけとなった。そして、ゆかりは暗く冷たい闇の底へと、その意識をゆっくりとゆっくりと沈めていく事しかできなかった。

 

 ……タスケテ……

         ……ワタシヲ……

                     ……ダレカ……

      ……ダレカ

               ……タスケ

                             ……ワタシ……

 弱々しく木霊こだまする声。

 ゆかりの心が砕けた瞬間だった。




「…隆司」

 直人は虚無きょむの空間を更に落下し続けた。

 だが、何もない空間の為、落下しているのかも定かではない。

「何でだよ!」

 そんなつぶやきの瞬間、直人は気がついた。

「…上昇…している?」

 いつの間にか直人の身体からだは上昇していた。

 どんどんと速度が増していく。

「どう…なってんだよ」

 意識で形成された直人の身体からだがあまりの速度に歪んだ。

「う、うわああああああ!!!」

 目の前がフラッシュアウトした。

 カナカナカナカナッ

 ひぐらしの鳴き声。

 咽返むせかえる様な草の匂い。

 ジメジメとまとわり付く夏の夕暮れ。

「なお君」

 少女の声がした。

「由美ねーちゃん!?」

 直人の意識はハッとした。

 そこには従姉の由美がいた。

 直人の知る当時の姿…中学生の少女。

「健太も雪ちゃんもシン君もみんな、なお君の事を待ってるよ」

 由美は直人の手を取ると引っ張っていく。

 健太、雪、真一。

 由美の近所の友達。

 直人は今まで忘れていた幼馴染達を思い出す。だが、何か恐ろしい事があった。

 一体何が…?

 直人の脳裏に影が落ちる。

「ダメだ…由美ねーちゃん」

 直人は由美の手を払い除けた。

「…なお君?」

 不思議そうな顔をする由美が直人の顔を見上げた。

「由美ねーちゃん…俺は行ってはいけない様な気がする」

「どうして?」

「”どうして”って言われても、よく分からないけど…それに何で由美ねーちゃんは、あの時のままなんだ?」

「そんな事どうでもいいよ…みんな待ってるよ」

 再び由美は直人の手を取った。

 ゾクリ

 悪寒が走った。

「だめだっ!」

 由美を振り払った。

「…みんな、なお君が来ないから心配しているんだよおおおおおお!!!」

 パアアアンッ

 言葉が終わると同時に由美の顔が弾け飛んだ。

 紅い花。

 フラッシュバック。

「うわあああああああああ!!!」

 直人は咄嗟とっさに後ろに飛び退いた。

 見事に弾け咲いた花は、赤い獣の目に変り黒い塊となって直人の姿を捉えた。

 鬼気。

「ははは…そうか。そうだったんだ…俺はあの時から…鬼に」

 直人は鬼精体きせいたいを前に全てを思い出し崩れ落ちた。

「何で…何で俺は今まで忘れていたんだ…みんな死んだじゃないかよ…何で思い出せなかったんだ…何で」

 鬼精体きせいたいの赤い眼がほくそ笑む。

 俺は十二年前に…既に…鬼と遭遇していた。

 何だ、今回の出来事はみんな俺のせいじゃないか…博子は鬼となり、両親は死に隆司やその家族までもが巻き込まれ死んだ。

 直人は自責の念に囚われ自らをさげすんだ。

「みんな…みんな俺に寄生していた鬼のせいじゃないか! 俺のせいじゃないかああああああっ!!!」

 次の瞬間、鬼精体きせいたいが直人を覆い尽くそうとした。

裂空波れつくうは

 シュバアッ

 一陣の風が衝撃となって鬼精体きせいたいを吹き飛ばした。

 直人はその一撃を放った男を見た。

 記憶に無い顔。

「…放っといてくれよ…」

 茫然自失ぼうぜんじしつの直人は男に言った。

「甘ったれるな少年」

 男は静かに厳しい眼差しを向けた。

「あんたに何が解る? 俺の中にいたんだ…俺が育ててしまった鬼が大勢の命を奪い、俺から日常を奪ったんだぞ…俺が原因だったんだぞ! 俺は…俺の在るべき意味を知りたかった。確かな物を掴もうと…今度こそ諦めない、そう決めたのに、この様だ。でも、確かな物って何だ? 自分を信じる事の出来ない奴が誰かを救うなんて出来る訳がないんだ! 現に隆司を救えなかった…それどころか俺は自ら心を黒く染め、その身を闇に堕としてしまった。お笑いだよ…このまま鬼精体きせいたいに喰われた方が…俺は」

 パアンッ

 男は直人のほおを叩いた。

「すまないと思っている…だが、お前は知ってしまったのだろう。ならば何をすべきか、自分に何が出来るかよく考えろ。お前にしかできない事がある筈だ…お前には力がある。その力の意味を考えろ」

 男は悲しい眼差しを向けた。

「…力? 俺にはそんな力はない…あの力は鬼の力」

邪鬼滅殺じゃきめっさつ

邪鬼滅殺じゃきめっさつ…?」

 直人は男の言葉を復唱した。

 脳裏に「鬼を殺す力」と言ったゆかりの顔が浮かぶ。

「そうだ、お前は鬼を殺す力を持っている…羅刹らせつと同じ力だ」

 直人は男の言葉により氷室の記憶を思い出した。

「…金剛羅刹こんごうらせつ…」

「そうだ…本来ならば、その力に目覚める筈だった晃治は鬼道きどうに堕ちた。その晃治と出会いお前は力に目覚めた…これは偶然か? いや、偶然ではないだろう…世界は偶然と偶然が重なり合いその姿を成している、”必然”によって表されているのだ」

「必然?」

「そうだ…私には無かった可能性だ」

「だけど俺には…俺には、その力を上手く使う自信がない…それに、どうして俺なんだよ!」

「その力の意味は自分で見つけろ…世界には常についとなる物が存在している…それが自然の摂理せつりだ。人は何かをする為に、この世に生を受けている…宿命を背負って生きている。自分が何者なのか? また何をする為に生まれてきたのか…その答えを知る為に人は生き続けている。そして、それはおのれにしか知る事が出来ない”道”…このまま鬼にまれ、その存在を無にすか。それとも現実と向き合いあらがう事により運命うんめいを切り開くか…それを決めるのはお前だ」

「何を言っているんだよ…意味がよく」

 

 ……ダレカ……

 

 声が聞こえた。

 男にも聞こえたのだろうか視線を落とした。


         ……タスケテ

                      ……ワタシヲ……


 かすかに、それでいて途切れそうな小さな小さな声が聞こえた。


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