慟哭 2
「この辺りか」
鬱蒼と茂った道無き道を掻き分け朝倉が言った。
「ええ、この辺りで反応が消えてたはずよ…」
朝倉に手を引かれた玲香がGPSを覗きながら言った。
二人の顔や手は枝で引っ掻かれた傷で一杯だ。
突然、朝倉の視界が広がった。
「…ここのようね」
「ああ、どうやらそのようだな」
目の前に激しい戦闘の痕跡らしき光景が広がっていた。
「戦闘領域が移動したようだな、人っ子一人いない…しかし、山の天気は本当に変りやすいんだな」
「そうね…さっきまで強風やら雷で追うのは困難かと思ったけど」
安西は言いながら辺りの様子を伺った。
暗視ゴーグルが無くともだいぶ目が闇に慣れてきているのだ。
「この様子じゃあ、相当激しい落雷があったんだな」
付近に燻る焦げた木々を眺めて言った。
「…これも鬼の仕業なのかしら?」
玲香は不安げに朝倉を見た。
「まさか、鬼ってのは気象まで思いのままに操れるって言うのか…冗談はよしてくれ」
言いながら朝倉の脳裏に風神と雷神のイメージが浮かび頭を振った。
グシャリ
「きゃあっ!?」
玲香の突然な悲鳴に朝倉はギョッとして振り向いた。
「ど、どうした!」
「何か柔らかくて水っぽいものを踏んじゃった…」
朝倉は玲香の足下を凝視する。
水溜まり…何だ。足…人の下半身!?
血の海。
目に飛び込んできた情報を理解するのに朝倉は数秒を要した。
「うおえええええっ!!!」
嘔吐。
いかに朝倉が刑事だと言ってもこれ程の凄惨な殺人現場には出くわした事がなかった。
胴体から真っ二つに引き裂かれている物体。
「…これって」
そんな朝倉を横目に玲香は検証を始めていた。朝倉はその場から少し離れた岩場にヨロヨロと辿り着くと背をついた。
ヌルリ
岩肌が不自然に潤っている。
朝倉は呼吸を整え、手に伝わる生ぬるい感触を確かめた。
粉々に砕けた頭部…下半身の持ち主の上半身がそこにあった。
「うわああああああ!!!」
再び上がる朝倉の悲鳴。
「うるさいわね! 男の子でしょう…この残骸を見て」
玲香は血に染まったメタルパーツの数々を朝倉に突き出した。
「な、何だよその機械の塊は…」
「気づかない…この遺体は私達が追っていた被験体よ」
玲香は僅かに目を伏せて言った。
当然かも知れない。
無口で無愛想な男であったが先程まで行動を共にしていた部下なのだ。
「この死体が黒服の男? 確かに…言われてみれば…そうかも知れない…」
朝倉は口に手を当て、気分が悪いのを堪えつつ特徴を探す。と言っても体格や着ていた服の残骸ぐらいなもので後は体中焦げている。
腕が人のものではない。
何だ?
朝倉はしゃがみ込み白く輝く腕を見た。
「サイバリンクシステム。噂で聞いた事があったけど、本当にこんな事が可能だなんて…」
「何の事だ?」
「平たく言えばサイボーグよ」
玲香は手にしたパーツをボトリと地面に落とした。
恐らく足の部品だろう。
「バカな! そんな絵空事が本当にある筈…」
そこまで言うと朝倉は言葉を呑み込んだ。
玲香から借り受けた暗視ゴーグル。
公表されている軍事技術は氷山の一角…玲香の言葉が脳裏に響く。
可能なのか? そんな事が…もし義肢装具の発展型として開発された兵器としての義手や義足、いや義体があったとしたら…あり得る。最も高度なメカトロニクスで肉体との融合が可能であるならきっと…。
すでに砕かれていた常識が、さらに木っ端微塵に吹き飛んだ。「鬼」とそれを倒す「闇風」の存在が朝倉を子供じみたSF思考へ誘う。
「あっ!?」
玲香が息を呑む声を上げた。
「…今度は何だ…変形合体か?」
朝倉の疲労した身体と麻痺した思考が皮肉を言わせた。
「何言ってんのよ君! 何かあそこで動いたように見えたの!」
玲香は半分憤りながら指をさした。
「どの辺りだ?」
「ゴーグルしてるんだから、よく見てちょうだいよ!」
朝倉は玲香の指す方向を確認する。
だいぶ先だが、僅かに白く浮き上がる物体があった。
浅倉は目をよく凝らした。
微かに何かが動く…人…いや女性だ?
「深山ゆかり!」
朝倉は叫ぶより速く駆けだしていた。
「ちょっ、置いてかないでよう!」
玲香も朝倉の後を追った。
山の中だというのに、かなり見通しが良い。
開けているだけでは無く、何か大規模な爆発でもあった様に目の前を遮る物が少ない事に浅倉は気が付いた。
その証拠に、辺り一帯から何かの燃料が燃焼した様な臭いが充満している。
だが、今は深山ゆかりが最優先だ。
「しっかりしろ!!!」
滑り込むように辿り着いた朝倉は息を呑んだ。レイプ現場を思わせる半裸に近いゆかりの姿。瞬時に朝倉は外傷がないか視線を走らせた。
ガッ
「ぐは!?」
その時、朝倉の後頭部に鈍い衝撃が走った。
「こらっ、うら若き乙女の裸を観察するな!」
玲香が二撃目の手刀を構え「めっ」という顔をして言った。
「バカ言ってんじゃない! 俺は彼女が無事かどうか確認する為に…」
ゲシッ
手刀が途中で鉄槌に変った。
「こう言う場合は、まず最初に羽織っているコートを掛けてあげるのよ…お馬鹿さんね」
玲香は着ていたコートをゆかりにフワリと掛けた。
玲香の意見も最もだと朝倉は殴られた頭を摩りながら唸った。
「しっかりしろ! 意識はあるか。名前を言ってみろ。君の年齢は!」
朝倉は意識確認の手順で再びゆかりに声を掛けた。
「脈拍が乱れているわ」
玲香はゆかりの首元に手を当てバイタルの確認をした。
「ん…う、は!?」
ゆかりは小さな声を上げ目覚めた。
「大丈夫か?」
「心配しないで、私は闇風諜報部の安西玲香…そして彼は刑事の朝倉哲也よ」
二人はゆかりに優しく接する。
「た、助けて! 助けて…お願い。助けてちょうだい…もう嫌だ…もう嫌なの!!!」
子供の様に泣きじゃくりながら取り乱す。
「大丈夫…もう大丈夫よ」
玲香はまるで我が子を慈しむかの様にゆかりを優しく、そしてきつく抱きしめた。
「深山ゆかりだな…神崎直人はどうした? 鬼はどこへ行った?」
朝倉が現状を把握する為に問いかけた。
「!? い、いやああああああああっ!!!」
ゆかりはその言葉に反応するようにけたたましい悲鳴を上げた。
「君!」
玲香は朝倉を睨み叱咤した。しかし、ゆかりの視線は二人ではなく、その後方を見ていた。
ガサリ
背後より人の気配があった。
「私の小夜子に…何をしている?」
その声に朝倉と玲香が振り返った。
ゆかりの悲鳴の意味する所を二人は今知ったのだ。
メラメラと燃える切れ長の紅い眼。
スラリと伸び、妖しく瞬く剣の如き二本の角。白い肌に浮かび上がる血のような紅い唇から伸びた牙。黒く変色し、伸びた鋭い爪を持つ左腕。ちぎれたズボンから伸びる黒い筋肉が隆起した左足。間違いなく人ではない。
それは鬼だった。
今、二人の前に人外なる者が姿を現した。
「ひっ!?」
脅える玲香。
「化物があああ!!!」
パンッパンッパンッパンッ
闇に銃声が谺した。
朝倉は腰に押し込んでいたガバメントを滑るように自然な動作で引き抜くと、照星を照門に合わせ素早く発砲していた。
一瞬の静寂。
硝煙の匂いが辺りに漂う。
弾丸は黒い鬼気に阻まれ宙で制止していた。
鬼気が物理的干渉を起こし蒼白いプラズマがスパークする。
「人とは何と脆弱な生き物なのか…そんな玩具が無くては私と戦う事すら出来ぬとは」
晃治は鬼と化した左手でそれを受け止めていた。
「バ、バカな!?」
朝倉の驚愕の叫び。
理解不能の存在が目の前にいる。
「目障りだ…失せろ!」
晃治の突き出した腕がユラリと振られた。
ボオオオオオオッ
突風。
「きゃあああああああああっ!!!」
「うおおおおおおおおお!!!」
しかし、風と言うにはあまりにも重い、まるで鉛の塊に全身を叩きつけられたような衝撃で二人は吹き飛ばされた。




