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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
八章

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狭間 5

 御前試合から六年。

 年に数回ある闇風本部へ出頭する日が来た。

 晃治こうじは今までS級特殊鬼動戦闘員として数多あまたの妖魔を倒してきた。

 時には京一きょういちや小夜子と協力して世に蔓延はびこ魑魅魍魎ちみもうりょうを封殺した。

 だが基本的に晃治は単独ミッションが多く、京一と小夜子さよこはペアを組んで任務に就いていた。次期頭首の座にある京一に小夜子をつける…これはもしかしたら「深山」の差し金かも知れない。現頭首の亡き妻もまた「深山」の出であるという。頭首の伴侶となる「家」は強い発言権を得る…だからこそ余計に晃治は面白くなかった、そんな「家」の思惑に小夜子が利用されている事に。しかし、晃治はこの一年に数回ある出頭日が楽しみだった。京一がどれだけ強くなったのか、また自分の成長を伝える事が…だが心待ちにしている本当の理由は小夜子との再会だ。

 小夜子は会うたびに女性らしく、そして美しく成長していた。晃治の心は幼き日に感じていた小夜子への思いが変化していた事につい最近気がついた。それだけに今日という日が待ち遠しくて堪らなかったのだ。

 晃治は地下に存在する、本部の最下層にある鈴宮の長にして闇風の頭首がいる一室を目指し紅い絨毯の敷かれた長い廊下を歩いていた。

 向かいから三人の男女が歩いてきた。

 鈴宮のかすみ三兄妹だ。

 頭首の間の前で晃治は頭を下げた。

氷室晃治ひむろ こうじ

 長男の一郎が口を開いた。

「はい?」

「この度は次期頭首認定おめでとう」

「は…何の事でしょうか?」

 晃治は怪訝な顔をして言った。

「そうか、まだ知らぬか。穂村京一ほむら きょういちが次期頭首を辞退したのだ…前代未聞だ」

「な!? バカな。それは本当かっ!!!」

 晃治は一郎の襟首を掴んだ。

「本当だぜ、それと深山の娘をはらましたって話しもある。けけけ、やるよなアイツもよ~」

 次郎が冷やかした。

「イヤらしいわね」

 桜は京一の行為を言ったのか、次郎の笑い方を言ったのか分からないニュアンスで言った。

「何だと!」

 晃治は桜を睨みつけた。

「手を離してはくれまいか」

 言うより先に晃治の手を一郎は払い除けた。

「馬鹿な…そんな事があってたまるか!」

 晃治は独り言のように叫ぶときびすを返し、来た道を走り去っていった。

「兄貴よ…何だありゃ?」

 次郎は走り去る晃治を眺めながら言った。

「…きっと複雑な心境なのよ…ね。兄さん」

 桜はうれいた瞳を一郎に向けた。

「ふん。ここ最近、力を付けて来たからな。それに今回「氷室」側に転がり込んだ頭首の話、図に乗っているのであろう。まあいい、容認はされたが仮認定みたいなもので、まだ最終的な決定ではない。今こそ我らが好機、闇風を束ねるのは「鈴宮」の財力とかすみだ。極秘裏に進めているGプロジェクトが軌道に乗れば、奴らS級の特鬼戦とっきせんもただの戦闘員に過ぎなくなる。後はこれを機に老いぼれを言いくるめられば、”力”は我らの物となろう」

「…兄貴、何だか悪党っぽいぜ」

「”ぽい”じゃないわよ次郎。それに、この鈍さが兄さんの地なのよ…ね」

 二人は一郎を見た。

「う、うるさいぞ…さあ、わざわざここまで来たのだ、爺様の顔でも拝むとするか」

 一郎はそんな二人の言葉に背中で答えた。

 



 数日後、晃治に氷室の実家から帰ってくるようにと連絡が入った。

 内容は予想がついていた。

 突然降って湧いた「氷室」次期頭首の話がよほど嬉しいと見え、里全体がまるでお祭り騒ぎになっていた。

 晃治は幻滅した。

 父は酒に酔いつぶれ、祖父はまるでうわ言のように喜びの言葉を吐き、涙を流していた。

 この人達は…。

 晃治は心の奥底でくすぶっていた蒼い怒りの炎がメラメラと燃え出すのを感じた。

 バカ騒ぎをする者達から逃げ出すと晃治は人気の無い場所を探し小高い丘の上、この里で一番大きな桜の木の下へ辿り着いた。そう、ここは母が他界した時にいた場所…小夜子が居てくれた場所だった。

 京一。

 晃治の中で京一への深い嫉妬と怒りが湧いて来る。

 なぜだ京一!

 なぜ貴様は…頭首の座を捨て、小夜子を私から奪った。小夜子は私を母上の死という現実から救い出してくれた女だ…それを、はらませただと!

 ふと、幼き日の京一の言葉が脳裏をよぎる。

 “誰にも期待されていない”

 まさかそんな事の為に、私はアイツに踊らされたのか?

 屈辱だった。

 これ程までにコケにされた記憶はない。

 これが穂村の里の者達に対する復讐だというのか? それどころか小夜子をはらませただと…許せない。

 絶対に許せない行為だ。

 本来なら祝福すべきなのだろうが、私も小夜子を愛していたのだぞ。貴様なら私のこの思いを私よりも早くに気づいていた筈だ、なのに何故だっ京一!

 まるで私がバカみたいではないか。

 嫉妬に狂った晃治の論理は正常ではない。

 いや…バカは「氷室」の者達だ。

 実力で勝ち取った座では無いにもかかわらず、お祭り気分だ…いや、そんな事より滑稽こっけいなのは祖父と父上だ。二人にはプライドという物がないのか? ただ頭首の座がそんなに「氷室」に欲しかったのか? 私がこれ程の屈辱を受けているというのに奴らは酒に溺れ、我を忘れる程嬉しいというのか?

 許せない…奴らが心底憎い。

 私はこのような形で欲しかった訳ではない、しんに勝ちたかったのだ…京一に。

 なのに…。

 幼き頃よりひたすら「頭首の座」を勝ち取れと呪いを繰り返し、母上が死んだ時も頭首の事しか頭になかった奴らが憎い。

 全てが嫌になる。

 何もかもを破壊したい…。

 “強くおなりなさい”

 母上の言葉。

 強ければこんな事にはならなかった…私に強大な力があれば、これ程までに憎悪に駆り立てられる事も無かったのだ。

 だが、私は知ってしまった。

 友への怒り。

 愛した女性を奪われる悲しさ…虚しさ、そして自分への狂おしい程の怒り。

 不甲斐ない肉親への憎しみ。

 そして愚かな自分への悲しみ。

 力が欲しい…全てを無にする程の力が…私を裏切る者達を消し去る、強き力が…。

 晃治の頭の中は怒りと嫉妬、傷つけられたプライドの為にグルグルと迷想する。

「兄様」

 女の声。

「…美和みわ

 晃治が振り返るとそこに五つ離れた妹の美和があでやかな着物姿で立っていた。妹と言っても正しくは母方の従妹いとこである。

 美和みわは今年、十六歳になったばかりのまだ幼さの残る少女だ。だが、しばらく見ない間に美しく成長していた。微かに母の面影があった。

「兄様…今日は祝いの日です。主役が席にいなくては訪れた客人に失礼ですよ」

 遠慮がちに美和が言った。

「祝いの日…だと?」

 晃治の目がギラリと光った。

「…はい」

「お前も本当にそう思っているのか」

 声に怒気が籠もる。

「兄様、そんなに一人で思い詰めないでください。美和は兄様の力になりたいんです!」

 言うと美和は晃治の胸に飛び込んできた。

美和みわ?」

 そんな行動に晃治は戸惑った。

「美和は…美和は兄様の事が…ずっと」

 晃治の視界がグラリと音を立て歪み始める。

「くくく…そう言う事か。あの馬鹿共の考えそうな事だな」

 不気味な笑いを晃治は浮かべていた。

「兄…様?」

 美和は潤んだ瞳を晃治に向けた。

 ゾクリ

 背筋に悪寒が走り、美和みわはハッとした。

「そんなに頭首の座が欲しいか…そんなに権力を独り占めしたいのか?」

「兄様! 違う、私はっ」

「汚らわしい…離れろ!」

「きゃっ!?」

 美和は晃治に突き飛ばされた。

「はははははは…私がお前と結ばれれば、の「家」から口出しされずに闇風の権力を「氷室」が独り占め出来るからな。抜け目のない事だ…ジジイ共に何を吹き込まれたか知らないが無駄だ! 私には…」

 フラフラと歩き出す晃治の言動は尋常ではなかった。

「兄様! 美和みわはこんな結果にならなくたって兄様の事がっ」

 そんな晃治に駆け寄り触れようとした。

 瞬間。

「触るな!!!」

 闇風として経験を積んでいた晃治からは凄まじい殺気が放たれた。

「ひっ!?」

 あまりの怒気に美和は身を強張らせた。

「…失せろ。私の前から消えろ…」

 静かに鋭く言う。

「あああ…兄様。美和は…うううっ」

 美和は晃治の言葉に従いその場を泣きながら走り去っていった。

 今、晃治の心は現実に潰され真っ暗だった。

 憎しみ。

 怒り。

 嫉妬。

 絶望。

 そして悲しみ。

 そんな感情が再びグルグルと渦巻き晃治を飲み込んでいく。全てに幻滅し、全てがどうでもよくなっていた。

 声が聞こえる。

「誰だ!?」

 晃治は我に帰り、たずさえた退魔刀を手に辺りの気配を探った。

 闇風としての経験がそうさせた。

 再び晃治を呼ぶ声。

 しかし、この付近には誰もいない。

「死にきれぬ亡者が迷い出たか」

 ひとちる。

(来るがよい。力を欲する者よ)

 しかし今度はハッキリと聞こえた。

 だが、気になるのは晃治が感じた事のない気配だという事だった。

「何だこの気配、一体…この本能に訴える恐怖は何だ…気になるな。丁度、虫の居所も悪い事だ…乗ってやる」

 そう言うと晃治は声の導くままにいざなわれて行く。里よりしばらく歩くが声の主へは辿り着けない。

「…結界か」

 晃治は結界に惑わされ、どうやら同じ場所を彷徨うろついていた事に気がついた。

 声は間違いなく結界内から呼んでいる。

 結界を破るか? いや、大事になると面倒だな…しかし、この結界は闇風で使われている通常の物とは気質が違う…となると、「氷室流結界式」か…随分な念の入りようだな。それ程までにして封じる物とは一体。

 晃治の中で興味が膨らむ。

「ならば、宗家そうけ秘伝の結界式に入る事はおろか、破る事すら他の者では叶わぬ…か」

 そう独り呟くと晃治は退魔刀を抜き去りつかに霊符を巻きつけ握った。そして素早く印を結ぶとやいばを上段に構えた。

氷室流結界式潜口路斬ひむろりゅうけっかいしきせんこうろざんっ」

 叫ぶと同時に振り下ろされた刃は空間に亀裂を作る。宗家の嫡子ちゃくし、晃治だからこそ行える宗家のみに伝わる氷室流秘術。一時的に結界内に出入り口を作る技だ。ある程度の時間がたてば結界は自然にその機能を回復する。

 やはり、先程までよりも声がハッキリと晃治を呼んだ。少し緊張した面持ちで歩を進めていく。そして、辿り着いた場所は「氷室」の里から外れた山奥の小さな洞穴だった。

「ここか」

(さあ、我が前に来るがよい)

 晃治は無言のまま洞穴へと入っていく。

 中は入り口とは違い以外にも広く何もない空間だった。

 晃治を呼ぶ声は更にその奥から聞こえた。

 程なくして小さなほこらがその姿を現した。

「これは…」

(さあ、我を現世に解放せよ)

 言われるままに晃治はほこらを開いた。

 中には然程さほど大きくない楕円の石があり、「氷室」が鬼封じに使うと言う鬼封術きふうじゅつの霊符が張られていた。

「まさか、この気配こそが「鬼気きき」…そして、この中に封印されているものが”鬼”…か」

 聞いた事があった。

 父上から里のどこかに鬼が封印されていると…。

 他にも日本のあらゆる所に鬼は封印され、またその餌となる悪想念を封じた石が全国の龍脈りゅうみゃくが通る山々にあると言う。晃治は父の言葉を思い出し、今、目の前にある石こそが「鬼石おにし」であると確信した。

(どうした。力が欲しいのであろう…われがその望みを叶えて見せよう。さあ、われを解き放て。その身に力を宿すがいい)

 声が促す。

「ダメだな」

(…力をいらぬと言うのか?)

「私は貴様の宿敵「氷室」の闇風だ」

 晃治は鬼石おにしを睨みつけ言った。

(…闇風…氷室だとっ)

「そうだ」

(おのれえ、われたばかったか!)

 鬼気きき鬼石おにしより徐々に溢れ出す。

 封印の効力が薄くなっているのか…それとも。晃治はよく鬼石おにしを見た。

 小さな亀裂が走っている。

 !? これか…この為に鬼気ききれ、意識が結界の外へあふれ出していたのか。

 シュバッ

「がっ!?」

 晃治の顔を瞬時にして、亀裂より現れた黒き腕が掴んだ。

 鬼の腕。

 鬼気がかたどった腕。

われが出る事叶わぬなら、貴様の肉体を手にし、このいままわしきからから出るのみ)

「それが貴様の望みか…「鬼の言葉を聞いてはならぬ」とはよく言ったものだ」

 掴まれた巨大な指の隙間で晃治の目が細く笑った。

(死ぬがいい氷室よ。貴様を千の肉片とし無限の苦しみを与えてやろう)

 徐々に鬼の腕が晃治を鬼石おにしへと引き込む。

「面白い…やってみるがいい。私も”鬼”とは戦ってみたかった」

(望みが叶う。喰ろうてやるわ)

「その前にくらってやるよ。名も無き鬼よ!」

 晃治の身体はその瞬間、鬼石おにしの亀裂に吸い込まれていった。

 その後、氷室晃治ひむろ こうじの姿を見た者はいない。

 里の者達の必死な捜索、闇風の探索をもってしても晃治を発見する事は出来なかった。人々は現代の「神隠し」だと噂した。

 それから七年の歳月が流れ里では晃治の神隠しが忘れ去られようとしていた。


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