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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
八章

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狭間 2

 隆司は震えていた。

 危険、危険だ!

 本能が警鐘を鳴らす。

「直人てめぇ。何でいつもいつも俺の邪魔ばかりしやがるんだ! ぶっ殺してやる!」

 額の角が激しく瞬いた。

 隆司の肉体が黒い鬼気を放出するとメキメキと音を立てながら変化を始めた。かつて隆司であったそれは完全に紅き鬼となった。

「フウウ、いい気分だぜ…死になっ!」

 ダッと地面を蹴った紅鬼こうきは黒き剣を振り上げ、直人目掛けて両断する勢いで振り下ろされた。それに応えるようにゆっくりと直人は片手を上げると凄まじい眼力を放った。

 キーンッ

「!? …てんめぇ…」

 紅鬼こうきの振り下ろした剣は、直人の手の平に届く寸前で鬼気に阻まれその勢いを殺されていた。剣としょう狭間はざまでバチバチと蒼白い光が弾け飛ぶ。

「…無駄だ」

 直人は低く言った。

「何だと!」

「いくら”鬼”の本体に変化した所でお前は”私”には勝てない」

「…ナメるなああああああっ!!!」

 ゴアアアッ

 鬼気ききが溢れ出す。

 紅鬼こうきを中心に砂塵が生じ力任せに剣を押し切ろうとする。

「無駄だと言った筈だ。そんな棒切れでは私を斬る事など出来んよ」

「なっ!?」

 紅鬼こうきは手にしていた黒い剣がいつの間にか元の枯れ枝に戻っている事に唖然とした。

「自然界に漂う霊的物質…エーテルやアストラルを物体に集結させサイコプラズム化をはかり、それを型取る物質と融合。そして初期化しおのれ鬼気ききで、その方向性を定めて形状を変換、固定させ顕現けんげんするわざ。人がその姿を捨て鬼へと変化させる力と同じ原理…お前の言葉を借りるのなら「マテリアライズ(顕在化)」だったな。しかし、いくら形が変ろうとその本質は変らない…枝が剣に変ろうとも所詮、枝は木でしかあり得ない」

 直人が淡々と語る。

「があっ!!!」

 隆司の様子が変だ。

「物体を固定する鬼気ききを散らしてしまえば元に戻る。だが、思いつきで試させたとは言え…以外と良く出来た」

「な、んだ…と?」

「身体の自由が聞くまい…お前はよくやった。こちらの期待以上に鬼気ききを育て、予定通りに力を蓄えてくれた。お陰でこの身体からだが鬼気にてられる機会が増え、直人自身の憎悪を芽生えさせ増幅する事でじゅつから抜け、目覚める事が出来た…礼を言うぞ」

 直人は愉悦ゆえつの笑みを浮かべた。

「な、直人君…?」

 片角かたつのの鬼と化した直人にゆかりは恐る恐る声を掛けた。

「計算外だったのが闇風との接触だ…しかし、天に礼を言いたい程だ。まさに小夜子さよこの生き写しだ」

 直人の紅い眼がゆかりを捕らえた。

「な、何言ってるの…何で直人君が母様の名前を知ってるの?」

 ゆかりは重い肢体を必死に動かしながら露出した肌を片手で隠した。

「だが、今は回収せねばならない…貸し出し中の私の分体を、そして新たなる力を」

 直人は金縛りにあった様に、動きを封じられている隆司の周りをゆっくりと回り始めた。

「ぶ、分体…な、なん…の事…だ!」

 角を必死にまたたかせてはいるが鬼気ききが思い通りにコントロールできない紅鬼こうき

「つまり、お前は私の「使鬼しき」という事になる。正しくは私の鬼気ききを分け与えた兄弟。兄弟と言っても支配権は私にあるがな」

「し、使鬼しきだと…」

 隆司は今理解した。なぜ、無意識に覚醒した直人をこれ程までに恐れたのかを。そう、隆司は直人によって鬼気ききを植え付けられ、憎悪を膨張させ鬼精体きせいたいに導かれるままに鬼へと変じてきていたからだ。

「そうだ。だから、お前は私を殺す事はおろか反抗する事も出来ない人形という事だ。なぜなら、そのお前の力の源である”鬼気きき”が私の分体である限り先程吸収した悪想念も私の意志下によって統率されているからだ。故にお前…杉森隆司という人間の人格が残っているのも、私の意志によって残していると言う事なのだよ。お前と私は同じ鬼気ききによって繋がっている…つまり、私の指揮下にある鬼気ききにより造られし者…主従関係にあるという事だ。これは我が氷室ひむろ家に伝わる「式神しきがみ」を使役しえきする応用技だ。その身を縛る事など造作もない」

「ふ、ふざ…ける…なよっ…」

 切れ切れに隆司は怒りの形相を浮かべながら念を込め吐き捨てた。

「いい眼だ、その増幅された怒りもまた私の力となる」

 紅い眼を細くして微笑む。

「…直人君じゃない。あんた一体誰よ!」

 ゆかりがえた。

「そう、私は神崎直人ではない。彼の中に寄生し表に出る事の出来なかった「鬼」氷室晃治ひむろ こうじだ」

 さぞ可笑しそうに氷室はゆっくりとゆかりを見据えて言った。

氷室ひむろって…まさか!?」

「こんな芸当も出来る」

 瞬時にして直人の顔がモーフィングする様に”マテリアライズ”された。色白で鋭利な刃物のように凶悪な眼、紅く浮き立つ唇からは微かに伸びた牙、そこに立っているのは紛れもなくかつて、”氷室晃治ひむろ こうじ”と呼ばれた男の姿であった。

「…い、いやああああああ!!!」

 ゆかりの悲痛の叫び。

「くくく…あはははははははははっ」

 氷室は高らかに笑った。

「…返してよ…直人君を返して!」

「もはや神崎直人と言う者の意識など、とうに私が飲み込んでしまったよ。私は晃治、氷室晃治だ!」

 高揚したように言った。

「そんな…嘘よっ…そんな筈はないわ。氷室の鬼は私の父様と母様がその身と引き換えに倒したと聞いているわ! そんな事ある訳が…ある筈がないのよ…直人君を、直人君を返してよ!!!」

 ゆかりは今、目の前で起こっている事態を、そして十二年前に両親によって倒された筈の鬼が語っている言葉を受け入れる事が出来ずに項垂うなだれてしまった。ゆかりの頬を知らず涙が伝う。その涙は両親が無駄死にをした涙なのか、また直人が自分のかたきであった現実への涙のか、親のかたきの鬼が目の前にいる歓喜の涙なのか混乱しているゆかりには解る筈もなかった。ただ純粋に思いを寄せていた直人が鬼道きどうに落ちてしまった涙だったのかも知れない。だが、解っている事は悲しくて悲しくて涙が止めどもなく溢れ出しているのだとゆかりは思った。

「さて、おしゃべりが過ぎたようだ…お前には褒美をやろう」

 氷室はゆっくりと紅鬼こうきの前で足を止めた。

 グチュリッ

「ゴハッ!?」

 紅鬼こうきの口から鮮血が吹き出した。

 氷室の鋭い手刀が紅鬼こうきの心臓をひと突きに貫通させたのだ。

「お前の全ての力…その蓄えし力。もらい受けるぞ!」

 氷室の片角かたつのが激しく瞬くのに呼応するかのように紅鬼こうきの角もまた光りを放った。

「ガアアアアアアアアアアッ!!!」

 紅鬼こうきの角から蒼白い光が、まるで高い所から水が流れる様に氷室の額の左側に集まり出す。あまりの苦痛にもがこうとする紅鬼こうきだが身体は完全に氷室の支配下にあった。

 真赤な眼を更に紅く見開き虚空を見つめ、大きく裂けた口はだらしなく開きヨダレがしたたり落ちた。

「苦しいか? その苦しみもまた力となる。お前のたましいは私と共に永遠に生き続けるのだ。安心して私のやしになるがいい!」

「ゴハアアアッ!!!」

 断末魔。

 キラキラと鬼の力の源である一角が紅鬼こうきから失われ、その光の粒子は氷室の新たなる角としてかたどる。

 紅鬼こうきであったそれは人である隆司の姿へと戻り、その肉体が徐々に干からびていく。氷室の額にある片角かたつのと新たに出現した角が歓喜により一層輝きだした。

 干からびミイラと化した隆司の目から一雫ひとしずくの涙がこぼれ落ちる…いや、既に息絶え、その身からしたたり落ちた体液だったのかも知れない。

「…くくく」

 バッ

 氷室は串刺しにされ干からびる、その亡骸をまるで腕に絡みついたゴミを払い除けるように隆司を投げ捨てた。

「あはははははははははは!!!」

 双角そうかくの鬼となった氷室が狂い笑う。

「くくく…手に入れたぞ鬼の力を。鬼気を支配できる肉体を…ははははははっ!」

 氷室は狂喜しながらゆかりの方をゆっくりと振り返った。

 暗闇の中、朧気おぼろげに蒼く瞬く双角そうかく、そして鋭く光る紅い眼。

「ひ!?」

 人の姿をしているがそれは間違いなく鬼だ。

 今までとは違い、鬼気ききが溢れ出している訳でも無く辺りは静寂に包まれていた。まるで、嵐の前の静けさのようだ。この状態こそ完全に鬼気ききが氷室の支配下にある証拠であった。

「そんなに脅えないでおくれ。小夜子さよこ

 氷室はゆっくりとゆかりに近付いてくる。

「小夜子…?」

 ゆかりは母の名を口にした。

「そう、私は手にしたんだよ。鬼の力を…決して人の身では手に入れる事の出来ないと言われていた強大な力を…この身体からだは素晴らしい。これだけの鬼気ききを吸収してもなお、人の姿を保ち自我を維持できるとは…十二年もの間、鬼精体きせいたいとして根付いただけの事はある。私は鬼人きじん…そう鬼神おにがみとなった。人の心体しんたいを持ちながら鬼の力を持つ鬼神きしんだ! 私は誰にも負けない…京一にも勝てる。人を超越した存在になった。闇風が長きに渡り求め続けた究極の存在に私は成ったのだあああっ!!!」

 ドオオオンッ

 嵐が来た。

 その叫びに反応するように強大な鬼気が辺りに放出された。

 その力は風を呼び、雷光を操る。

「きゃあああああああ!?」

 突然、発生した嵐の中、ゆかりは「鬼」の力の強大さに恐怖した。また、それが人の心の闇から発生している事に脅えた。

「あははははははっ。どうだい小夜子さよこ? 凄いだろう。風もいかずちも私の思うままに操れるよ」

 空には氷室の放つ強大な鬼気ききが暗雲と化し渦巻き、突風を起こして空気中の霊気と干渉し稲妻いなずまを走らせた。

「…き…鬼神きしん

 知らずにゆかりの口から言葉が漏れる。

 ピシャアアアアアンッ

 いかずちが近くにある巨木を二つに割った。

 落雷により生じた炎が氷室をユラユラと紅く照らし出した。

 その姿は正しく鬼神きしん

 目の前の鬼は、ゆかりが今まで対峙してきた鬼とはまるで次元が違う。伝説や伝承に出てくる鬼神きしんわざそのものだった。

 ゆかりは恐ろしく、ただ震えている事しか出来ずにいた。

(誰か助けて!)

 鬼神きしんを前に心の中でそう叫び続けるすべしか、ゆかりは持ち合わせていなかった。


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