狭間(はざま) 1
ゴアアアッ
木々を揺らす。
「何だ!?」
突風が朝倉達の頭上を駆け抜けた。
「今、女の悲鳴が聞こえたような…ねえ?」
辺りを見回し玲香は言った。
「いや、分からなかったが。女? 深山ゆかりか!」
「分からないけど、確かに悲鳴だったと思うわ…」
「急ごう、現場はまだ遠いのか」
朝倉は玲香を見た。
「…ええ、もう少しだと思うわ、でも目標の被験体がまだ移動しているから「ここだ」とは言えないわよ」
玲香はスマートフォンのモニターを覗きながらGPSの指す方角を眺めて言った。
「ああ、分かっている。追うぞ」
朝倉は玲香の手を引きながら道無き道を分け入り進んだ。そんな二人の様子を木の上から見つめる目があった。
「照合完了。男は朝倉哲也、浅黄警察の刑事。今回の件に深入りしている一般人。女は安西玲香、闇風諜報部の人間。浅倉を追っていたようだぜ、どうする兄貴?」
次郎の声が一郎の頭の中に響いた。
念話だ。
どうやら次郎は斥候として一郎や桜よりも先行しているようだ。
「解せんな。なぜ、一般の人間と諜報部の人間が行動を共にしている」
一郎は暗闇に独り佇み呟いた。
「刑事を殺るか兄貴?」
「次郎っ。貴方はすぐにそういう事を言う。簡単に”殺す”なんて言わないの」
桜が二人の念話に割り込んできた。
「だってよ姉貴。どうせ拘束してから処分しちまうんだろ諜報部の奴らは」
「そんな事は知らないわよ」
「男の処置については諜報部に任せるぞ」
「何でだよ」
「決まってるでしょうに、私達は退魔専用”特鬼戦”なのよ。それに諜報部の女がいるんだから、何か訳があるって事よ。兄さんは”餅は餅屋”でって言っているの。お馬鹿さんね」
桜は呆れた調子で次郎を諭した。
「バカとは何だよ! だいたい姉貴は…」
「いい加減にしろ次郎。作戦行動中だ…桜、鬼の位置は正確に掴めるか。この山全体に鬼気が広がり判別し難い、それに加えてこの霊気。さすがは龍脈の通る地だ」
「ええ…北北東に鬼気が…」
そこまで言うと桜の念話が途切れた。
「どうした桜?」
「いえ、大きな鬼気が…二つ…距離は現地点から約3200メートル付近」
桜の千里眼で探査した鬼気。一瞬、大きな鬼気が一つのように感じたが、ここがパワースポットだからぼやけて見えたのか、と桜は自分を納得させた。
「北北東、距離3200…」
次郎は桜から転送されてきた緯度経度を照合しながら呟く。
そして、その遥か上空にある早期警戒衛星のメインカメラがズームインを開始する。仮想敵国を想定して打ち上げられた情報収集を目的とした衛星の捉えた画像が、デジタル処理され次郎の脳内に視覚として送り込まれた。
「目標補足」
次郎はそのイメージを二人に送った。ゆかり、直人それに隆司が画像として二人の”視覚野”を通して網膜に投影された。
「…二匹に増えたか? まあいい。各自、ノーマルモードからバトルモードへ移行。スタンバイ」
周囲の索敵を終えた桜が一郎の下へ帰ってきた。
「バトルモードへのシステム移行を要請する」
一郎は桜に目で相槌を打つと闇風本部に許可を求めた。
直ぐ様”承認”と言う文字が三人の視界の隅に緑色で表示された。本部からの要請受理を表している。
「チェインジッオーン!」
次郎が叫んだ。
斥候を終えた次郎が、ザンッと空中から二人の前に登場した。
メキメキと音を立てながら三人の身を包んでいるバトルスーツが一回り近く膨れあがりシステムチェンジが終了した。三人の印象は元のサイズよりも一回り大きくなりガッシリとした筋肉質の体型に変化していた。
「次郎。その叫びは何とかならんのか?」
一郎はこめかみを押さえながら言った。
「そうよ。ちょっとそれ格好悪いわよ!」
続けて桜が抗議する。
「何でだよ? この方が何だか雰囲気でるじゃねーかよ」
次郎の説明では”チェンジ”と”スイッチオン”を合わせた造語らしい。
「格好悪いわよ絶対に。ねえ、兄さん」
二人は一郎を見た。
「…雰囲気や格好ではない。我らはまだ三人しかいないG級の戦闘員なのだ。隠密行動が基本の闇風が、自ら叫んで位置を教えているのはマヌケだと言っている。忘れるな、我らの力を他の家々に示すのだと言う事を…」
一郎の言葉に二人は押し黙った。
「解ったのなら気持ちを切り替えろ!」
一郎は高速で木々の間を跳び去っていく。
「格好良いと思うんだけどなぁ」
「絶対、変!」
それに続き二人もまた高速で長兄を追った。
人の域を人為的に超えた存在、霞三兄妹は強大な鬼を求め静寂に包まれる夜の森に消えていった。




