覚醒 5
薄れゆく意識の中、微かに聞こえるゆかりの悲鳴。
…寒い。
心臓の鼓動を感じる度に体温が一度下がるようだ。
くっ、力が…抜けていく…。
こんな所で女の子一人守れずに死ぬのか?
俺の周りで沢山、人が死んだ。
何でこんな事になった。
何で隆司が鬼なんだ。
父さん、母さんはなぜ殺された。
どうして俺は博子を傷つけた。
所詮、何一つ確かな物を持っていない俺が何かを守り、誰かを助けるなんて事が出来る訳なかったんだ。
何も持たないから必死に自分を誤魔化してきた、そこに何も無いんだから求める物を得るなんてあり得ないんだ。
お笑いぐさだよ。
結局、何もかもが欺瞞だ。
…非力だ。
俺は何てちっぽけな存在なんだ。
なぜ、この世に生まれてきた…。
こんな死に方をする為か?
違う!
いやだ、このまま終わりなんて絶対に。
…死ねない。
俺はまだ、何もしていない。
何も生きた証を刻んでいない。
ああ…くそ、身体の感覚がもう無い。
深山の声も聞こえない。
まるで夢に見る、闇の中に溶け込むようだ。
これが、死ぬという事なのか…。
終わりたくない。
生きて…生きて自分の存在を知りたい。
どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
まだ、これからじゃないか。
大学に落ちたのが何だって言うんだ。
生きていれば可能性はゼロじゃないんだ。
そうだよ…世界には可能性が満ち溢れているのに俺は気づかなった。
勝手に自分の中で折り合いつけて逃げてた。
馬鹿だよ…こんな事になってから解るなんて…畜生、死にたくない。
これからなのに…。
…畜生。
頭の中が麻痺していく。
何も考える事が出来ない。
寒い…とても寒い。
俺はどうしたんだ…よく解らない。
寒い…。
ああ。
眠い。
死にそうに眠い…。
…死ぬ?
そうだ死ぬんだ。
何で?
…鬼だ。
鬼?
…隆司だ。
そうだ。
だが、もう手遅れだ。
…くそお。
悔しい…。
死にたくない。
生きたい。
奴が…鬼が憎い。
俺の命を奪おうとする鬼が…隆司が憎い。
…力が欲しい。
何者にも屈しない絶対にして強大無比な力。
あの鬼を殺す力が欲しい…。
奴を殺す力が…欲しい…死にたくない…生きたい…。
…俺にもっと力があれば…。
憎い…隆司が憎い…殺してやる。
力が…欲しい。
ああ、寒い…。
何も…感じない。
これで…終わり…か。
…い、や…だ。
死にたく…ないっ!
こんな…所で死ねるか!
死ぬなら…奴を。
…道づれに…。
殺してやる…。
ぶっ殺してやる!
…俺は…生きたい…生きたいんだ。
生きる…力が…欲しい。
直人の心は闇の底へと堕ちていく。
「あるよ」
突然の声が意識を現実へと呼び戻した。
ゆっくりと瞼を開く。
漆黒の闇。
いつか見た夢のようだ。
直人の瞳には何も映らない。
視力が低下しているのだ。
どこまでが自分の身体なのか、すでに感覚すら失っている直人にはまるで本当に夢の中にいるように思えた。
「力が欲しいんでしょう?」
再び声がする。
(ああ…欲しい…)
声を出そうとするが声を出せない。
もはや口すら動かせない。
「じゃあ、僕の手を取って」
目の前に直人を覗き込むようにしゃがんでいる少年が現れた。
何度か見た顔。
「さあ」
力を欲する直人だが身体が動かない。
「ぐはっ!」
まさしく死力を尽くして腕を動かす。
ゴボッ
傷口から溢れ出す血液。
腕が鉛のように重い。
「さあ、早く」
少年は直人を促す。
そして、ようやく直人は差し出された少年の手に辿り着く事が出来た。
(…力を…)
直人は欲した。
生きたい。
願い求め…そして隆司を憎んでいた。
「ようこそ。お前の望む力を与えてやろう」
いつの間にか少年は、色白で切れ長の目をした線の細い青年へと変っていた。
「我が同胞となり受け取るがいい!」
青年は凶悪な笑みを浮かべ直人の手を握り返した。
ドクンッ
大きく心臓が拍動した。
凄まじい鼓動で身体と意識がブレる。
そして世界が歪んだ。
ゴオオオオオオウッ
黒き闇の突風。
「な、何だっ!?」
隆司はゆかりのスーツを剥ぐのをやめ、直人が倒れてた場所を見た。黒いバトルスーツの隙間から覗くゆかりの白い肌が艶めかしい。
「な、何…これ…?」
ゆかりも隆司同様に、突如出現し膨れ上がる強大な鬼気に視線を送った。
覚醒。
「な、何をした? 直人っ!!」
隆司は狼狽した。
「…直…人…君?」
全身から黒く強大な鬼気を放出させながら、瀕死の重傷だった筈の直人が幽鬼の如く立っていた。
パリーンッ
真っ黒に染まった勾玉が直人の懐で弾け飛ぶ。許容範囲を超えた鬼気が勾玉を砕いたのだ。まるで黒い炎を纏った様にゆかりの目でさえ確認できる程の強大な鬼気。
ドオオオオオオンッ
炸裂。
鬼気が弾け地面を広範囲に捲る。
「うおおおおおおっ!?」
「きゃああああああ!!!」
木々を薙ぎ倒す衝撃波がゆかりと隆司を襲った。
そして静寂。
爆心地の中心にそれは立っていた。
妖気揺らめく黒き砂塵を従え、紅き眼をゆっくりと開いた。その額の右側には蒼く瞬く禍々しい一本の角。
”鬼”。
「…嘘よ…こんなっ!?」
震えるゆかり。
ギンッ
紅く鋭い眼光が隆司を捕らえた。
片角の紅き眼の直人がゆっくりと踏み出す。
「…い、いやあああああああああ!!!」
ゆかりの悲鳴が山々に谺した。




