約束 5
フオオオンッ
夜の奥田間周遊道路にエギゾーストノースが谺する。奥田間町から梅澤市方面へ抜けるワインディングロードに闇を駆け抜けるヘッドライトが二つ。先行するのは隆司の駆るブルーメタリックのスーパーバイク1000cc。それを追走するブラックボディーのクラウザー・ドマーニ。
下りの深い左コーナー。
隆司はスーパーバイクをフルバンクさせて駆け抜ける。
ステップが路面を削り火花を散らす。
直人の目に赤いテールランプの残像が焼きついた。先程から周りの状況が手に取るように分かる。闇の中、本来なら視界が効かないのだが今は違う。直人は暗視できる事に驚いていた。この力、これが「闇風」の力。先の戦闘では、それを感じる心の余裕は無かった。
イケるっ! 直人は心の中で叫んだ。
「飛ばされるなよっ」
「えっ?」
「行くぞ!」
サイドに乗るゆかりに叫ぶと、直人は一気に三回シフトダウン。
ギュルッ
「きゃあああ!!!」
車体にトラクションが掛かり、リアタイヤがゆかりを積んでいる右にスライドする。
ステアリングカウンター。
アクセル、フルスロットル。
ギュルルルルルルッ
車体は真横を向きながらコーナーの出口へと滑走する。直人はサイドカーでドリフト走行をやってのけた。コーナー出口にさしかかりシフトアップ。タイヤがグリップを取り戻し車体の挙動が収まる。タコメーターの針がレットゾーンから一気に振り下った。
シフトアップ。
直人とゆかりを乗せたクラウザーは更に加速していく。昼間であればクリアーした路面に見事なブラックラインが刻まれている事が分かるだろう。辺りに漂うタイヤの焼けた匂いを春の冷たい夜風が消し去りクラウザーを見送る。
「ちょ、ちょっと何やってんのよ!」
血相を変えたゆかりの抗議の声がエンジン音によりかき消される。
「おっかねえ!」
脳内にアドレナリンが多量に分泌されている。直人はゆかりを見ずに自分の行為に脅えた。
先行する隆司は、後方のヘッドライトがあらぬ方向を照らしたのでミラーで確認した。その中には迫り来る黒いクラウザー・ドマーニ。
「ははは、直人もやるやる。サイドでドリフトかよ、面白くなって気やがったぜ。かかって来いよ直人!!!」
隆司は狂喜した奇声を上げた。
加速の風を受けてなびくゆかりのポニーテール。クラウザーのスピードメーターは150キロを指していた。コーナーを抜けた少し長めのストレートで二台のマシンは線上で重なる。
「このまま!」
ゆかりはサイドの座席から低く立ち上がり、全身に風を受けながら弓に矢をつがえ霊気を高める。
「降魔必中」
つがえた矢の先端が仄かに白く揺らめきだした。車体の走行振動で前方の隆司がなかなか定まらない。
瞬き一つ。
矢先が隆司の背中を捕らえた。
「烈風刃!」
ヒュンッ
光が線となって隆司の背後に迫る。が、スーパーバイクのテールランプが一瞬点いたかと思うと右へハングオン。
破魔の矢は見事に外れた。
「もうっ」
苛立たし気なゆかりの溜息。
「座れっ、右だ!」
直人の怒鳴り声。
隆司のマシンは単座の軽量モンスターだ、それに比べクラウザーは車体が大きく重量がある。ブレーキングポイントがまるで違う。
ウォンッ、ウォンッ、ウォンンンーッ
車体はすでにドリフト体制に入っていた。
「いやあああ!!!」
ゆかりは急いで座ろうとした。が、車体の挙動で体勢を崩し、横から襲ってくるGに耐えながらボディーにしがみ付いた。
あまりにもマシンポテンシャルが違う為、こうでもしなくては先行するスーパーバイクに対しアドバンテージを縮める術がないと直人は思った。しかし直人自身、ドリフトの知識はあっても実践するのは今日が始めての事で、身の縮む思いで奥歯を噛み締め耐えていた。人体ドーピングをして初めて可能なアクションだ。
「くそお!」
クラウザーが加速しているにも関わらず、隆司の軽量モンスターが離れていく現実に直人は毒づいた。だが、その甲斐あって隆司に追いつき始めた。いや、隆司がアクセルを緩めているのだ。いくらコーナーの進入速度を上げたところで立ち上がりはまるで勝負にならない。
みるみる迫る隆司の背中。
「!? 減速が早い!?」
隆司のスーパーバイクを右に二台のマシンが直線で並ぶ。
迫り来る高速左コーナー。
ウォウォウォンーッ
クラウザーとスーパーバイクが同時にシフトダウン。
「隆司いいい!!!」
「きゃああああああ!!!」
クラウザーのゆかりが乗るサイドで、隆司のスーパーバイクを吹き飛ばす勢いでドリフトを開始した。
「やってみろよ! 直人おおお!!!」
ギュルルルルッ
パワースライド。
その瞬間、隆司もカウンターを決めドリフト走行に入った。
「何!?」
すぐ手の届きそうな所に隆司がいた。
笑っている。
二台のマシンは美しい弧を描きながらコーナーを滑り抜ける。
ウオオオオーンッ
先に前へ出たのは隆司の駆るスーパーバイクだ。
「くそお! 立ち上がりでは分が悪すぎだ」
クラウザーを叱咤するように直人は叫んだ。
突然、隆司がフルブレーキング。
目の前に迫るスーパーバイクのテールランプ。
「くっ!?」
直人もそれに合わせフルブレーキング。
だが車重のあるクラウザーは止まらずに、みるみる隆司の駆る軽量モンスターに迫っていく。
隆司はその様をミラーで確認するとニヤリと笑みを浮かべ車体を左に寄せ直人のクラウザーをやり過ごした。すれ違い様、直人と隆司の目が衝突する。
後ろを取られた! 直人の額に冷たい汗がヒヤリと落ちた。
ブレーキ解除。
シフトダウン。
アクセル全開。
ブロオオオッ!
クラウザーは急加速を掛け隆司を引き離しにかかる。だが、それも虚しくスーパーバイクは直人のすぐ後ろから容赦無くヘッドライトを浴びせる。
「くそっ、加速が違いすぎる!」
ミラーを覗く直人が呻いた。
「遊ぶ気よっ」
ゆかりは振り向き様にクナイを連投する。だが隆司はそれを全て左腕で払い除けた。
「なら!」
シャッ
ゆかりが再び放ったクナイはスーパーバイクの前輪めがけて飛んでいく。
フォオオオンッ!!
けたたましい排気音が上がった。
パワーリフト。
隆司はフロントタイヤを高々と上げ、それを躱しリヤタイヤが踏まないようウイリー走行のままラインをずらした。
一気に加速するスーパーバイク1000ccの軽量モンスター。
隆司はゆかりのすぐ横に並んだ。
「おイタはダメだぜ~」
隆司は下品な笑いを浮かべた。
「く!? このっ!!!」
ゆかりは体操の鞍馬の要領で、サイドシートを軸に回転蹴りを放った。
アクセルオフ。
隆司は急激な減速を掛け、蹴りはクルリと宙を切るとゆかりは再び座席に戻った。
直人は後方に回ったヘッドライトをミラーで確認する。しかし、ライトが一気に迫り来ると隆司の駆るスーパーバイクは直人のすぐ隣に現れた。
「こいつ!?」
直人と隆司の視線が再びぶつかり合う。
「ぎゃははははっ。何ビビってんだよ、直人! ブレーキング勝負だあ!!!」
隆司は高笑いをする。
二台のマシインは平行しながらアールのきつい下りの右コーナーへと迫る。
インは直人。
アウトに隆司。
「くっ」
ウオンーッ
直人の駆るクラウザーが先に減速を掛けた。
レーサーレプリカと同じ速度でコーナーへ突っ込む訳にはいかない。重量のある車体、しかも二名乗車しているのであれば尚更だ。車体はドリフト体勢の準備に移る。
「バーカ」
半身前へ出た隆司は減速をした直人を嘲笑うと、クラウザーのフロントフェンダーに一発の蹴りをお見舞いした。隆司のこのタイミングの一撃は直人がマシンコントロールを失うのに充分すぎた。
ギュルッ
ギュルッ、ギュルッ
クラウザーは右へ左へと車体を振りながらコーナーへと突っ込んでいく。直人は必死にコントロールをしようと全神経を集中させた。
隆司はそんな直人を尻目にコーナーを見事にフルバンククリアー。
「な、直人君っ!?」
迫るガードレールにゆかりは目を釘付けにした。
ギュルルルッ
直人は一気にアクセルを開きステアリングカウンター、車体は何とか安定を取り戻してドリフトする。しかし、操作が一瞬遅れた為、このままではボディーの左側からクラッシュしてしまう。
「こんちくしょうっ!!!」
ガアンッ
閃光の一撃。
ガードレールが歪む。
直人は迫るガードレールに痛恨の蹴りを放った。
ギュルッ
「きゃああああああ!?」
クラウザーはその反動で車体の向きを変えたが、左サイドテールをガリガリとガードレールで削りった。
エンジンストール。
黒いサイドカーは、180度スピンをさせながら何とか止る事が出来た。危うく大事故になる所だった。だが、こんな芸当が出来たのはドーピングと、このバトルスーツのおかげだと改めて直人は日常の基準を頭から切り離す。
「大丈夫か?」
直人はゆかりの様子を伺った。
「何とかね、ネズミ花火思い出しちゃった」
ゆかりはサイドシートの中でひっくり返っていた。
「くそっ。あいつ調子に乗りやがって!」
隆司の去っていった方向を眺めながら直人は哮えた。
「とにかく追いましょう!」
ゆかりの声に促されエンジンスタート。
二人を乗せたサイドカーは再び発進した。しかし隆司の駆るスーパーバイクはどこにも見当たらない。結局、そのまま周遊道の出口付近にある「安らぎの森」パーキングまで夜のドライブのように直人はクラウザーを流した。
点滅する黄色い信号。
二人は同時に異変に気づいた。
破壊されているゲート。
一台も車の止まっていない、パーキングの真ん中に隆司のマシンがエンジンを掛けた状態で止まっている。そしてヘッドライトは登山道の入り口を照らし出していた。
まるで「来い」と言わんばかりに。
「…行くしかないな」
「ええ、何かあるんだろうけど、奴は今日ケリをつけると言っていたのよね?」
「ああ」
直人は答えると桃迅激を手にバイクを降りた。暗闇の中に浮かび上がったヘッドライトの道へと二人は踏み出して行った。




