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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
五章

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決意 5

 翌日、朝倉は梅澤うめさわ警察署の資料室の中にいた。まだ昼前だと言うのに、やけに薄暗く感じる部屋で膨大な量のファイルに囲まれながら、十二年前の事件を探していた。

「まいったなあ」

 朝倉は呟いた。

 警察の資料室がどういった所かは刑事である朝倉も知っていたが、田舎の署という事でどこか甘く見ていた事を反省する。

「事件性のない物だからすぐに見つかると思ってたんだが…」

 朝倉は眼鏡を外すとハンカチを取り出し拭きはじめた。

 ここは事件の専門屋、朝倉の所属する組織だ。事件性の低い項目の記録はせいぜい報告書の一枚か二枚の概容を示した物で、もしくはそれすら無いかも知れない。改めてこの国の犯罪の多さに驚かされていた。もちろん調べている物はみんな刑事課のファイルだが、今回調べているような担当の課が、別の課に移った事件を探すのは一苦労かもしれない。次第によっては警察よりも詳しい報告が残っているのは市役所の方かも知れないからだ。しかし、ここ梅澤うめさわ市は数年前に澤井さわい町と梅川うめかわ市が合併をした為に、現在の「梅澤うめさわ市」と名前が変更している。その為、市役所で十二年前の熊による災害、事故などと言う記録はどこかに紛れ込んでいる可能性が高い。何よりも謹慎中の刑事である朝倉が出入りしやすいのはどちらかと言えば警察の方である。なぜなら、近所に住む身内だからだ。かと言って地域課の事後報告だけでは意味がない、担当課が変る前の捜査の詳細が知りたいのである。やはり、根気強く探すしかないかと朝倉は引っ張り出した十二年前の分厚い数冊のファイルに目を落としてから溜息をついた。

「捜査は順調に進んでいますか?」

 その時、朝倉の後ろから男が声を掛けてきた。

「ええ、まあ」

 朝倉は曖昧な返事を返し眼鏡をかけた。

 中年で背の低い、小太りな制服を着た男が手に日本茶持って立っていた。

「そうですか、まあ、お茶でも飲んで一息入れてください」

「すみません。いただきます」

 朝倉は差し出されたお茶を受け取るとそれを口に運んだ。

「街の方とは違って大事件があまり無いでしょう、田舎ですからね。今朝も奥田間おくだまの周遊道路のゲートが壊されてたなんて通報ぐらいなもんで…何かお役に立つような記録はありましたか?」

 この男は朝倉を資料室まで案内してくれた巡査長だ。

「まだ、これと言った成果は…」

 眼鏡をかけ直しながら朝倉はにごした。

「そうですか、それでどんな事を調べているんですか?」

 巡査長は興味津々に尋ねてきた。

「…実は十二年前の例の事故について」

 朝倉は巡査長の問いに一瞬、躊躇ちゅうちょしたが協力を頼む事にした。

「? 例の事故…? ああ、あの件は私も記憶していますよ。最初は殺人と判断されて刑事課が動いたんですよ、何しろ他の署とは言え、身内が死んだんですからね。本庁の捜査一課まで押し寄せて大変でしたよ。ですが、翌日には熊による事故と判断され捜査は打ち切られ、担当が地域課に移ったんじゃなかったかな…」

 巡査長はゆっくりと思い出しながら自信なさげに話した。

「それですっ。間違いない!」

 朝倉の目が一気に甦った。

「そうですか。そう言えば浅倉さんも浅黄あさぎ署でしたね。あの事故で何か気になる事でも?」

「あ…いえ、ちょっと署内で聞いて、そんな事があったのかと気になりまして…」

浅倉は少し迂闊うかつな自分に後悔した。

「そうでしたか…それでしたら、死亡者リストの方で探した方がきっと詳しい死因や解剖の結果が記載されていると思いますが、何せ事件性がないと判断された時点で、集めた調査報告や鑑識内容は簡略して死亡者リストの方で保管していますからね。後は役所の生活環境課あたりに記録がある筈ですよ、熊に対する傾向と対策ってヤツでしょうが。何せ偶発的に起こった自然災害みたいなものですからね」

 巡査長は朝倉に協力できた事を嬉しそうに言った。

「そのファイルはどこにあるんですか!」

「あー、確かこの辺りに…あったこれですね、十二年前の物は」

 そう言いながら巡査長はホコリだらけの棚から古ぼけたファイルを一冊取り出した。目的の項目はすぐに見つかった。しかし、それに対しての報告は添え書き程度で写真や詳細などは一切載っていなかった。かろうじて、事故の起きた場所が分かったくらいであるが、今はこれだけでもありがたいと朝倉は思った。

「確かその時と同時期に、緋桜ひざくら市の裏御鈴うらみすず町でも熊による被害があって、少年少女が何人か巻き込まれたんですよ」

 巡査長は思い出しながら言う。

「そんなに、この辺りでは熊なんて物が頻繁ひんぱんに出るんですか?」

「いやあ、まれですね。遭遇した人はよっぽど運が悪かったんでしょう。裏御鈴うらみすずの事故では確か一人の少年が唯一の生存者でしたよ」

「その少年の名前と所在はっ」

 朝倉が巡査長の言葉に食いついた。

「さすがに十二年前の管轄外かんかつがいですし、ただ熊による事故が前後したと言うだけで、私もかろうじて覚えていただけですからねえ」

「そうですか」

「ええ、もしその件も調べたいのであれば緋桜ひざくら警察で…あ、管轄かんかつ御鈴みすず駅近くの御鈴みすず警察署かな? ま、そちらで調べる事は出来るんじゃないですかね」

「そうですね。ありがとうございました」

「いえいえ、お役に立ちましたかな?」

「ええ、おかげさまで」

 朝倉は得た情報を手帳に記入すると足早に梅澤うめさわ警察署を後にした。途中街道沿いに現れた町役場で事件現場の詳しい場所を聞くと、その足で十二年前の現場へと浅倉は白いスポーツカーを急がせた。

 もしかしたら俺は、十二年前に死んだ刑事のように深みにはまり命を落とすかも知れない。だが、納得が出来ない。そんな思いが朝倉にアクセルを踏み込こませる。平井の復讐という大儀をかかげた刑事としての責務よりも、謎に対する探求心が勝っている事に朝倉はまだ気が付いていない。もはや後戻りできない所まで踏み込んでしまっていた。


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