決意 3
「ちきしょう!」
朝倉は家で酔い潰れていた。
「ふざけんなよ…警察が事件解明をしなかったら誰がするんだよ!」
言うと飲み干した空缶を部屋の隅に投げつけた。ビールの空缶がそこら中に転がっている。かなりの時間、飲み続けているようだ。
「自宅謹慎だぁ…俺は高校生じゃないんだぞおおおっ」
朝倉はベットにバタリと倒れ込んだ。
「…平井さん…くそ。俺は一人でもやりますよぉぉぉ…」
まるで寝言のように呻くと朝倉はいびきをかき始めた。
ピリリリリリッ
スマートフォンがけたたましく鳴った。
どれ程の間寝ていたのか、朝倉はモソモソと目を覚ました。
ピリリリリリッ
朝倉は部屋の時計に目をやった。
「…二時か」
二、三時間寝ていた事を知ると呼び出しを続ける電話を手に取った。
「もしもし…」
寝惚けた声で出た朝倉だったが、相手が分かると一気に目が覚めた。
「そうか、分かった。三時だな…ああ、そうだ。すまんな」
朝倉は電話を切った。
「さてと…シャワーでも浴びて目を覚ますか」
そう言うとシャワールームへと入っていった。
程なくして朝倉は出てくると黒のコートを羽織り出かける用意を始めた。
駐車場まで来ると朝倉は、愛車のテールに∞(アンフィニイ)マークのついた白いロータリーエンジンを積んだスポーツカーに乗り込んだ。
ブロォーンッ
心地良いロータリーエンジンのエギゾーストノースが辺りに響き渡る。
「二時四十分か」
リトラクタブルライトが開きライトオン。
五分程、アイドリングをした朝倉は車を発進させた。さすがに春先の真夜中なので、もう少しアイドリングをさせてやりたいところだが近所迷惑だ。朝倉はそんな事を考えながら暖気運転を早々に切り上げアクセルを踏み込んだ。
シフトアップ。
朝倉を乗せたスポーツカーは夜の街を快調に滑り出した。
俺のやろうとしている事は正しいのか? 本当はこの事件の真相なんてどうでも良くなっているのかも知れない。ただ平井さんの仇が討ちたいだけなんじゃないのか。「道を外すなよ」署長の言葉が脳裏をかすめる…もう遅い。いや、まだ間に合う…まだ後戻り出来る位置にいる。朝倉は窓の外を流れる街灯を眺めながら自問自答を繰り返した。車は10分程で目的地に着いた。人目につかない大間川河川敷土手、高速道路の橋梁下の寂しい道路で朝倉は人を待った。
午前三時。
50メートルほど離れた正面で車のライトが二回点滅した。それに応え、朝倉がハザードを三回、焚いた。すると車は無灯のままスポーツカーに近づいて来る。そして軽自動車から下りてきた男は朝倉のいる窓をノックした。
スポーツカーの窓が静かに下がる。
「毎度、旦那」
声を掛けて来た男は五十歳前後の茶色い紙袋を持った男だった。
「入ってくれ」
朝倉は助手席に入るよう男に促した。
「寒いねぇ」
男は言いながらスポーツカーの中に入った。
「例の物は?」
朝倉は前を見ながら言った。
「へへへ、任せてくださいよ。上物が手に入りました。あんまり急だったんで、良い物があるか不安でしたけど…オートマチックですぜ。旦那」
男は言うと紙袋から黒く光る鉄の塊を取り出した。
「ガバメントじゃないか!? そんな物よく手に入ったな」
朝倉は外から入る街灯の微かな光でそれを確認した。
「へへへ、だから上物と言ったでしょう」
「まったく、あんたのルートは一体どうなってんだ。国内にこんな物があるなんて…いくら米軍基地が近くにあると言っても、日本の治安はどうなってるんだよ」
朝倉は手にしながら、黒いガバメントをまじまじと見た。
「米軍でお払い箱になってかなり経ちますんで、そこそこ出てくるんですよ、こういった物は…しょっ引かないでくださいよ。これでも結構危ない橋渡ってんですぜ、一度は足洗った身ですからね」
男は冗談交じりに言った。
「すまんな…で、弾は」
「カートリッジにフルで七発入ってます」
男の言葉が終わらない内に朝倉はカードリッジを抜き弾を確認する。
「撃てるんだろうな?」
「そりゃもう…」
「試射はしてないよな」
朝倉はカードリッジを戻すとスライドを一気に引き装填した。
とりあえず動作に問題はなさそうだ。
「旦那、ここは日本ですぜ。そんな事出来ませんて」
男は困ったように言った。
「…いくらだ」
「へへへ毎度」
男は下劣な笑いを浮かべながら指を三本立てた。
「三万か」
「旦那、冗談が過ぎますぜ。三十ですよ」
「また、ずいぶんと吹っ加けるな」
朝倉は言うと懐から札束を取り出し男に渡した。
「いやいや、銃本体よりも弾の方が手に入らないもんで…これでもかなり、まけてんですぜ。あら? あの、だんな…十枚しかないんですが」
男は金を数え終えてから言った。
「試射してないんだろ? ちゃんと撃てるかどうかも分からん物に出せないね。そんなモンに命を預けるんだ」
「そんなぁ、殺生な…」
「それにコレ、お払い箱の代物なんだろ。それで十分だ。」
「だんな頼みますよ」
男が泣きついてきた。
「撃てたら後の分は払ってやるよ」
「じゃあ今、確認してくださいよ」
「あんたもさっき言ったろ。ここは日本だ、そうそう撃てるもんじゃないってな」
「…分かりましたよ。必ずですよ」
渋々と男は引き下がった。
「ああ」
男は「約束ですよ」などと言いながら車から降りた。
「旦那、平井の旦那の事は残念でしたね」
運転席側の窓を叩いて男は言った。
朝倉は窓を開けた。
「…知ってたのか? さすがは情報屋だな」
「俺も平井の旦那には色々と世話になりましたから…旦那の仇討ちでもするんですかい?」
男が柄にもなく真顔で言った。
「俺はヤクザじゃない…刑事だ。護身用に必要なだけだ」
「でもそんな物、持ってる刑事はいませんぜ」
男はガバメントを指して言った。
「ああ、そうだな…」
「一体、何を相手にするんです?」
男は更に神妙な面持ちで言った。
「…”鬼”」
朝倉は静かに答えた。
「え?」
ブロォーンッ
男が聞き返した瞬間スポーツカーは急発進をした。
「今、鬼って言ったよな?」
男は走り去った白いスポーツカーの丸いテールランプを眺めながら呟いた。その背後から忍び寄る、黒いコートの二人組がいる事に情報屋はまだ気がついていない。
「ちょっと、あなた」
背後から不意に掛けられた女の声に、情報屋の男は身を固めながらゆっくりと振り返った。




