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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
五章

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決意 1

「馬鹿者っ!!!」

 静かな署長室に怒声が響き渡った。

 朝倉は、ただ黙るしかない。

「なぜ、私の指示に従わなかった。なぜ、平井が死ななくてはならない。昨日、一体何があった…朝倉!」

 署長は朝倉を見た。

御鈴みすず警察での平井さんの検死結果は?」

「杉森邸で起こった不運な事故だ。熊か何かの肉食動物による被害で事件性は無いそうだが? 何が起こったんだ」

「…言ったところで信じてもらえないと思います。山奥とは言え、緋桜ひざくら市内で熊による惨殺事件ですか」

 力の無い笑いを浮かべて朝倉は言った。

「熊による災害は、以前から緋桜ひざくら市内とは言え、御鈴山みすずさん周辺で何度か起きている」

「起こりうる事…ですか」

「そうだ。私は、また部下を失ったのか…」

 署長の悲痛の叫びだった。

「”また”? 何か知っているんですか!」

 自分の足下を見つめていた朝倉が顔を上げて叫んだ。

「もう、十二年も前の話だ…」

 署長は窓の外を眺めながら静かに語った。

「…十二年前?」

「そうだ。私はまだ、ここの署長として就任したばかりだった。世間では、今と同じように通り魔事件がいたる所で多発していた」

「通り魔…まさか」

「その通りだ、今回の事件と同じように上からの圧力が掛かったのだよ」

「どこのどいつですか! 今回といい十二年前といい!」

「全くだ。「日本の警察はどうなっているんだ?」当時の私もそう思ったよ。だが、私は本庁からの出向の身だった為に組織の一員である。と、強引に自分を納得させた…解かるだろ。朝倉」

「どういう意味ですか?」

「私はキャリア組だったのだよ。出向期間が終われば本庁の中でいいポストが待っていた。だが今となってはどうでもいい事だかな」

 署長は遠い目をして言った。

「話されている意図が解かりませんが」

 朝倉が署長を見据えて言った。

「すまんな、少し話がそれてしまったよ。つまり、十二年前の圧力に異を唱えた者が二人いた。就任したばかりの私には二人を止められなかった。そして命令を無視して捜査を続行し、一人が奥田間おくだま山中で死んだ」

「…殉職ですか?」

「いや、事故死という扱いになったよ」

「なぜですか!」

 朝倉の質問を無視して署長は続けた。

「当時、梅澤うめさわ署の検視の結果は熊によるものと断定された。死んだ刑事は年も若く…そう、お前に似ていたのかも知れない。そしてもう一人はベテラン刑事だった。その一件以来、あのギラギラとした切れ味を失い、ただ日々起きる事件を追うだけになった」

「それは、まさか」

「彼はこの十二年の間、ずっと後悔をしていたのかも知れない。何故あの時、別々に行動したのか。何故、あいつは死ななければ…ならなかったのか。そして今回の事件への圧力。十二年前の平井が目を覚ました」

「そんな事があったなんて」

 朝倉は平井の最期の思い出し体が震えた。

朝倉哲也あさくら てつや。これ以上、この件には関わるな」

 署長は鋭く睨んだ。

「平井さんが死んだんですよ…いや、殺されたんですよ!」

 脳裏に直人の言葉が甦り朝倉は噛みついた。

「だからこそ! だからこそ言っているのだ。私はもう部下を失いたくない。私にとって、平井さんは良き先輩であり、良き友でもあった。朝倉、お前は処遇が決まるまで自宅謹慎を命ずる」 

「くっ、署長! 仲間が死んだんですよ!」

 朝倉の不満が言葉となって吐き出された。

「朝倉っ!」

 署長が激しく制す。

「くそ! どうせノンキャリアの俺は、左遷か懲戒免職になるんでしょう!」

 ダンっと手錠と警察手帳を署長のデスクに叩きつけた。

「まだ、処分が決まった訳ではない。これはお前が持っていろ」

「何故です! 正しい事が出来ないのであれば、こんな手帳は俺には不要です!」

「馬鹿者! 今言った通りお前の処分は未定だが、それまでお前は警察官である事を忘れるなっ」

「くっ」

 朝倉は署長を睨み返した。

「解かったらそれを早くしまえ。私の机には、お前の手帳が入るほどの余裕は無い。警察官である誇りを忘れるな。だが、その誇りや意地だけで命を落とすような事はするな!」

「それは署長命令ですか」

「いや、命令ではない…私の願いだ」

「失礼します」

 朝倉はそれらを手にすると署長に一別をくれて出口へと向かった。

闇風やみかぜ

 署長のその言葉で足を止め振り返った。

「…やみ、かぜ?」

「昔、捜査一課にいた頃、一度だけ聞いた事がある。それが組織なのか、特殊部隊なのか…また何かの暗号なのかは解からない。私の知っている事はこれだけだ。おそらく何か関係があるだろう」

「根拠は」

「勘だよ。私の経験と知識から導き出される」

 署長は自分のこめかみを人差指で小突きながら言った。

 朝倉はニヤリと返すと扉に手を掛けた。

「朝倉。平井さんの通夜は明日だそうだ」

 朝倉の背中越しに署長が言った。

「そうですか…俺は、この件が片づくまでは平井さんの墓前には立てません」

かたくなになるな」

「俺は刑事です」

「道を外すなよ…朝倉」

「失礼します」

 朝倉は署長に敬礼すると扉に手を掛け、その場から去った。退出の際、署長の言葉が朝倉の胸に深く突き刺さった。 

「平井さん、朝倉にあなたの無念を背負わせた私も同罪ですね…」

 署長は朝倉の出て行った扉を眺めながら、平井に話しかける様にそっと呟いた。


 


 暗い部屋の中、ゆかりは直人のかたわらで様子を伺っていた。

 直人は初めて服用したドーピング薬の反動で高熱を発し、昨夜から眠り続けていた。

「やっぱり、肉体的負担が大きかったのね」

 ゆかりは、ぬるくなったタオルを水に浸してから絞ると再び直人の額に乗せた。

 直人の顔がわずかにほころぶ。

「当然か。私達はゆっくりと時間を掛けて、訓練と平行しながら自分に合った調合を受けて、体を慣らしてきたものね。ごめんね直人君」

 ゆかりはそう言うと、闇風やみかぜへ定時連絡する為に直人の寝ているベットから離れた。

「また様子を見に来るね」

 優しく言うとゆかりは部屋から出て行った。




 黒い世界。

 直人は夢を見ていた。

 漆黒しっこくの世界に浮かび、どこまでが自分の体なのかも解からない空間で、何度も何度も繰り返し直人は闇に飲み込まれていた。

 気がつくと夜の森の中を浮遊している。

 蒼い光。

 自分が自分でない感覚。

ぱくを…」

 口から知らず言葉が漏れた。

「我が宿り木となる肉の器……」

 意識が夜の森を駆け抜ける。

 何かが見えた。

「あれだ」

 肉の残骸に囲まれた子供が倒れている。

 更に意識が加速していく。

「我が依代よりしろ

 少年の顔を覗き込んだ。

「見つけた…」

 それは囁いた。

 !? 俺っ!

「はっ!?」

 直人はそこで目覚めた。有明電球の薄暗い天井、すぐ横にはゆかりが椅子に座りながら眠っている。

「今の…夢は何だ…」

 直人は再び天井を眺めながら呟いた。

 体中が熱く、そしてきしむ。再び来る眠気、直人は体を動かそうと左手を微かに動かした。と、同時にゆかりの体が僅か揺れた。そこで、ゆかりが直人の手を握っている事に気がついた。

「深山…迷惑を掛けてすまない」

 直人は静かに言うと再び深い眠りへと落ちていった。


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