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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
四章

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鬼影 5

「な、何が起こっているんだ…夢を見ているのか」

 平井は屋根へと飛翔した直人を見上げながら、フラフラと杉森邸の門前まで出てきてしまった。

 ゆかりは桃迅激とうじんげきを手にした直人を横目に確認すると二匹の鬼との戦いに専念した。鬼を誘い込むように茂みへとゆかりは迅速に移動する。

「はっ!」

 気合いと共にゆかりはクナイを二匹の鬼に放つ。

 しかし、大柄で茶色の鬼がそれを受け止め、後ろから黄色いもう一匹の鬼が飛び出し爪と牙がゆかりを襲う。

「ちっ」

 息の合った攻撃にゆかりは押され気味であった。

 この二匹の連係攻撃を封じる為に、杉森邸から道を挟んだ正面の茂みへと戦いの場を移してはみたが、ゆかりの思い通りにはならない。

 ゆかりは先日、戦いで負った怪我のため直人に桃迅激とうじんげきを渡していた。バックアップ専用に用意された小型の弓矢で戦うつもりであったが、予想外の展開に翻弄された。

 シャッ

 茶鬼ちゃきの豪腕が唸る。

 ゆかりは横へ低く跳び身体を反転させながら弓に矢をつがえた。

 右肩に痛みが走る。

「当たれ!」

 ヒュン

 空中で放たれた矢は真っ直ぐに茶鬼へと飛んでいく。が、それを素早い身のこなしでかわされた。

「くそっ」

 着地した瞬間、黄鬼おうきがゆかりの後ろから掴みかかる。しかし、ゆかりは電光石火の如く、黄鬼の頭上を後転伸身。飛び越え様、後頭部に膝蹴りを入れると踏み台にして更に後方へ跳び退き距離を取った。

 茶鬼がゆかり目掛けて突進してくる。

 素早く九字の印を結びゆかりは息を吐いた。

空裂波くうれつはっ」

 気合いの乗った声と共に衝撃波が茶鬼を襲う。直人に使った物の比ではない。

 茶鬼は「ガウッ!?」と呻き突進を止めた。

「はっ!」

 掛け声一つ。

 ゆかりは茶鬼にとどめを刺そうとした瞬間、真上に迫る鬼気を感じ、オーバーヘッドキックが炸裂した。

「ギヒャアアアアアアッ!!!」

 黄鬼おうきはゆかりの瞬時の攻撃をまともに喰らい、杉森邸まで約一〇メートル程を一気に転がり塀を砕きながら勢いよく激突した。

「ひええええええっ!?」

 平井は目の前に飛んできた黄鬼おうきを凝視して悲鳴を上げた。

「何!?」

 ゆかりはその場違いな悲鳴の主を見た。

「一般人…はっ!?」

 倒れていた筈の茶鬼が消えている。

「どこっ」

 ゆかりは鬼気を探る。

「お、鬼いいいいいいっ!!!」

 再び平井の悲鳴が上がる。

 ゆかりが見失った茶鬼は、地面にへたり込んだ平井の目の前にいた。

 獣の本能が弱い者に向かわせたのか。

「ちっ」

 ゆかりは舌打ちしながら、素早く矢をつがえ霊気を乗せ放つ。

 今、鬼の爪が平井に振り下ろされそうとする瞬間、トスッと言う微かな音と共に矢が茶鬼の右肩に深々と刺さった。

呪束じゅぞく!」

 薄暗い外灯の下を走りながらゆかりは叫んだ。

「ガハッ!?」

 茶鬼は呻き動きが止まる。

「逃げて!」

 叫びゆかりは走った。

「は…が…ひいいいっ」

 ゆかりの呼びかけに平井は動く事が出来なかった。腰が抜けているのだ。

「もう!」

 放った矢は十分に気を乗せきれなかった為、ゆかりは掛けた術が長くは持たない事を知っている。

「はあああっ!」

 ゴガアアアンッ

 微かに動き出した茶鬼ちゃきを目掛けてゆかりの跳び蹴りがヒットする。

「グオオオ!!!」

 茶鬼はそのまま家の塀に激突しながら崩れ落ちた。

「大丈夫!」

 振り向きゆかりは平井を見た。

「ぐ…は…ぶはっ!?」

 吐血。

「なっ!?」

 平井は黄鬼おうきに背中からえぐる形で鋭い爪が腹まで突き抜けていた。

「このおおお!!!」

 ゆかりは雄叫びを上げ黄鬼の頭を回し蹴り、破邪の短剣でその妖しく瞬く黄色い角を割るように額に突き刺した。

「ギャアアアアアアッ!!!」

 額から噴水さながらに血が噴き出し黄鬼おうきはもがき苦しんだ。

 ゴッ

「きゃあああ!?」

 動きの鈍くなった茶鬼が背後からその豪腕でゆかりを薙ぎ払った。

「くっ」

 吹き飛ばされたゆかりは、空中で一回転をしながら上手く着地した。

 茶鬼ちゃきは苦しむ黄鬼おうきを抱き上げるとヨロヨロと歩き出した。

「逃がすかっ」

 ゆかりは高く、空へ跳躍すると懐から五本のクナイを放つ。

相剋五行界そうこくごぎょうかい!」

 ガッ

 全てのクナイが茶鬼ちゃきを中心に地面に突き刺さった。

浄結じょうけつ!」

 着地するゆかりは縛りの印を結び叫んだ。

 五本のクナイが淡く光を発する。

 黄鬼おうきを抱えた茶鬼ちゃきは、その場に片膝を付くと身動きが取れなくなった。

 ゆかりは術の発動を知り印を解き、矢を弓につがえると茶鬼ちゃきを狙う。

降魔必中ごうまひっちゅう…」

 静かに一呼吸。

 先端の刃が白く瞬く。

烈風刃れっぷうじん!」

 ヒュンッ

 暗闇を裂き白い光が輝跡を残し真っ直ぐに茶鬼へ飛んでいく。

 パアーンッ

 弾ける音。

 茶鬼ちゃきの背中から胸、そして抱える黄鬼おうきの上半身まで矢は貫き結界内に肉片が飛び散る。

「ガアアア……」

 茶鬼は絶命の声を上げるとその場に崩れ落ちた。二体の鬼の身体が人へと変化する。それと同時に二つの鬼精体きせいたいが肉体から離れた。

浄化粉砕じょうかふんさい!」

 その言葉に反応するように胸の勾玉が激しく輝く。

木剋土もくこくど土剋水どこくすい水剋火すいこくか火剋金かこくきん金剋木きんこくもく!!!」

 ゆかりは流れる動作で印を組み変えながら唱えると、その言葉に合わせるようにクナイから光が走り桔梗印ききょういんを完成させた。五方から放たれた光が中央にいる二体の鬼精体を捕らえ光は急速に縮小を始める。

「はあああっ!!!」

 ゆかりの声に気合いがこもる。

 鬼精体きせいたいを捕らえた光は針の先程までに縮小すると運動を停止。

さん!」

 凛とした声が闇にこだまする。

 全身全霊を掛け、ゆかりは叫んだ。

 シャアーンッ

 鈴の音を響かせ、中心の小さな光は破裂し四散した。

 鬼精体きせいたい森羅万象しんらばんしょうことわりわざをもって粉砕。四散した魂には残留思念ざんりゅうしねんの様な人格はもう存在しない。後は自然霊が時間を掛けて浄化をする。そして、飛び散った”鬼気きき”はゆかりの胸で淡く輝く勾玉に吸収され全てが終わった。

 その時、キーンと耳鳴りがゆかりを襲った。

「張らていた結界が破れた…直人君? 術者を倒したの…それとも結界内で結界を張ったから?」

 結界が破れた事により充満していた鬼気は散り、微かに鈍っていたゆかり感覚が戻った。

 ゾクリッ

 悪寒がゆかりの全身を走った。

「何!? この禍々しい強大な鬼気は…杉森が鬼に変化したの? 直人君、今行くからね!」

 そう言うと、ゆかりは倦怠感けんたいかんを感じながら直人の下へと急いだ。

 裏庭へ回り込むと桃迅激とうじんげきで体を支えて片膝をつき、鬼気に覆われた直人の姿がゆかりの目に飛び込んできた。

 緊張が走る。

「直人君!?」

 直人を覆っていた鬼気が勾玉によって収束する。

「…深山、大丈夫か?」

 ゆかりの声に気がついた直人は言った。

「何言ってるの! 私は大丈夫よ。それより直人君、怪我したの大丈夫!」

 ゆかりは直人に駆け寄り身体を見回す。

「ああ…大丈夫だ、少し頭打って目眩がしてるだけで、大丈夫」

 直人は笑って見せた。

「本当に? ホント、私びっくりしちゃったよ」

 ペタンと地面にゆかりは座り込んだ。

 安心して力が抜けたようだ。

「杉森は、逃がしちまった…すまん」

 俯きながら直人は言った。

「…経験した事のない、恐ろしく大きな鬼気を感じたわ…手強い相手ね」

「ああ、だが俺はヤツを必ず…」

 直人から殺気が放たれる。

「…そうね」

 ゆかりは微かな違和感を直人から感じた。

 二人はその場を離れ、表の道に出た。

 そこは惨憺さんたんたる光景だった。

 所々崩れた落ちた塀。

 隆司の肉塊となった両親の屍、塀に叩きつけられ頭部が砕けた妹の遺体。おそらく屋敷内には発狂死した祖父。

 そして、直人の知らない老人。

「…う、う…あ」

 平井は呻いた、まだ息がある。

 しかし、鬼に受けた傷は致命傷である事は間違いない。

「しっかり!」

 直人は駆けより平井を抱き起こそうとした。が、ゴボッと音を立てながら大量の血が流れ出る。

「くそっ…」

 直人はこれに似た経験をつい四日前に体験していた。脳裏に両親の死が甦る。

「どうしたら良いんだ。この人助からない…どうしたら良いんだよ…ちきしょう!」

 悲痛の表情で自分の無力さを痛感する。

「…直人君」

 ゆかりはそんな直人から瞳をそらした。

「ちきしょう…」

「あ…あさ…くら」

 平井は微かな意識の中、朝倉の名を呼んだ。

「!? 何ですか!」

 直人は応え、平井の口元に耳を近づけた。

「…朝倉…お、お前…来るの…が…遅い…ぞ」

 息を切らしながら語る。

 平井は直人の事を朝倉と間違えていた。

「…すいません…」

 直人は目に涙を溜めて平井に謝った。

 ニッコリと平井は笑い、そこで事切れた。

 丁度その頃、下の道から車が上がってきた。

「何で道に迷ったんだ。せっかく買った弁当が冷えちまう。平井さんに怒られちゃうよ。あの人、食にはこだわりがあるみたいだから」

 朝倉は弁当屋がないので最初に出てきたコンビニでカツ重弁当を買い、急いで戻る途中、曲がるべき道がいくら走っても見つけられず、しばらくこの辺りを迷走していた。暖めてもらった弁当が冷めかかっている。

「平井さん寒いだろうに、お茶も冷めてら」

 朝倉はペットボトルのお茶を袋の上から触った。

「ん、何だ? 人がいる…平井さんか?」

 朝倉は確認するように目を細めた。

 前方の暗闇に車のライトで照らされた人影が二つ。

 近づくにつれ、それが誰なのか分かった。

「神崎…深山…平井さん!?」

 直人の手の中に血まみれの平井の姿を確認した朝倉は急ブレーキを掛け車から飛び出した。

「そこを動くなあああ!!!」

 えながら朝倉は全力疾走する。

「直人君…人が来た、行こう」

 ゆかりは走る朝倉を確認して直人を促す。

 その時、直人の頭の中に平井の声なき声が流れ込んできた。

「?え…深山。ちょっと待ってくれ…じいさんが…ああ、分かった伝えるよ」

 直人は平井を地に優しく置くと立ち上がった。

「どうしたの直人君?」

「じいさんから遺言を頼まれた」

「…伝えるの」

「ああ」

 直人はゆかりに答えた。

「逃げるのかっ。そこを動くなあ!」

 朝倉は立ち上がった直人に叫び走り寄った。

「朝倉さん…だな」

「捕まえたぞ神崎直人っ!」

 朝倉は直人の胸ぐらを掴んで叫んだ。

「じいさんからの遺言です…」

 直人は目を伏せて言った。

「何を言ってる神崎! 貴様には聞きたい事が山程…!?」

 朝倉は直人の後ろに仰向けに倒れている血だらけの平井を直視した。

「直人君」

 背中越しに直人を気遣うゆかりの声がした。

「ひ、平井…さん…平井さん!?」

 朝倉は直人をけ、生気の無い平井の身体を抱き起こして叫んだ。

「…この件にはもう関わるな」

 直人は背中を向けながら平井からの遺言を朝倉に伝えた。

「なに、何だと…貴様ら…平井さんに何をした! 何だよこれ! 平井さん!!!」

 朝倉は肩を振るわせながら、ゆかりと直人を睨みつけた。

 バアアアンッ

 瞬間、振り向いた朝倉の後方で爆発したかのように塀が砕け散った。

「何だ!?」

 砕けた塀の奥から流れ出す、弱々しいが間違いなく鬼気を直人とゆかりは感じ取った。

「ク、クルシイイイ…」

 地の底から響いてくる悲痛の声が辺りを漂う。

「こ、これは、一体…?」

 ヒタ、ヒタと素足で歩く音。浴衣のはだけた隆司の祖父が白目をむいて幽鬼の如く朝倉の前に姿を現した。

「タスケテクレエエエ…怨、怨、怨…クルシイイイ…アアアアアア!」

 雄叫びと共に老人の額に青白い光が瞬き、一本の角が生えた。

「何だよこれは!?」

 朝倉は目を剥いた。

「逃げろっ」

 直人の声は朝倉には届かない。

「タスケテクレエエエッ!」

 ガッと老人が朝倉の両肩を掴んだと同時に、メキメキと音をたてながら身体が鬼へと変貌を始めた。

「…ははは、こんなのまるで嘘の特撮じゃないか…」

 朝倉は目の前で起きようとしている現象が理解できずに、まるで他人事のように乾いた笑いを浮かべた。

「オオオオオオッ!!!」

 血涙を流し老人は哮えながら左上半身を残し、その身丈を倍はあろうかと言う程の赤い鬼へと変じた。

 白い眼球が血の色に染まる。

 シュッ

「離れなさいっ」

 ゆかりから放たれた鈍い光が朝倉の頭上を越え赤鬼しゃっきの左目に突き刺さった。

「ギャアアアッ」

 悲鳴を上げながら赤鬼は朝倉から離れった。

「逃げろ!」

 直人は再び叫ぶと駆けだしていた。

「イタイイイイイイッ」

 直人の気配に気づいた赤鬼が左目を押さえながら闇雲に腕を振るう。その瞬間、豪腕が朝倉の眼鏡をかすめてブロック塀を削り三本の爪痕を残した。

「…嘘だ」

 削られた塀を見つめ朝倉は呟いた。

 あり得ない。これは夢だ悪夢に違いない。必死にそう納得しようと試みるが目から入ってくる情報に朝倉の思考が全くついていけない。

「ガハアアアッ」

 ボクッという鈍い音を立て赤鬼しゃっきは後方へ吹き飛んだ。

「いつまで腰を抜かしてるんだよ!」

 直人は跳び蹴りを決めると朝倉の前に着地した。

呪束じゅそくっ」

 ゆかりの鋭い気合いが飛ぶ。

 直人はこの機を見逃さず桃迅激とうじんげきに意識を集中させた。だが、霊気が集まらない、それどころか目眩めまいを起こし膝が折れてしまった。隆司との戦闘で力を使った影響のようだ。

「直人君!?」

「グオオオオオオオッ」

 ゆかりの声と同時に赤鬼しゃっきが咆哮を上げると鬼気が膨張を始めた、肉体の全てが鬼へ変ろうと術を破る。

「いけない」

「深山!」

 直人の声に反応すると、ゆかりはキリキリと矢を弓につがえた。

降魔必中ごうまひっちゅう…」

「グギャアアアアアアアアアッ!!!」

 ゆかりが霊気を乗せた矢を放とうとした瞬間、赤鬼しゃっきは断末魔を上げ全身の穴という穴から血を吹き出しながらその場に倒れ込んだ。

「…何だ、何が起こったんだ」

「多分、鬼気に肉体が耐えられなかったんだと思う…」

 直人の問いにゆかりは肩をすくめた。

「そんな事があるのか?」

「解らない。この人の寿命かも知れないし」

 二人の会話を横に、朝倉がフラフラと血だまりの中心で絶命した赤鬼しゃっきに近づいていく。

 朝倉の足下には角を生やした怪物、鬼が壮絶な顔をして死んでいた。

「こんな、怪物が…鬼が存在するなんて、あるはずが…」

 朝倉はうわ言を呟いた。

 角が微かに瞬く。

「ダメ!?」

 気配に気づいたゆかりが叫んだ。

 朝倉の目の前で赤鬼しゃっきの身体が元の枯れ枝のような老人の姿に変化した。それと共に青白い光が宙に舞う。老人の身体から鬼精体きせいたいが離れ空中で新たな獲物を見つけた。

 朝倉には鬼精体きせいたいは見えていない。

「させるかよ!!!」

 直人は瞬時に跳躍をし、微かに光を放つ桃迅激とうじんげきを一文字に振い「滅鬼めっき」の力を発揮した。

 その瞬間、朝倉は直人に斬られて怒りの形相を浮かべた鬼精体きせいたいが消滅する様を微かに見た気がした。いや、気のせいだと朝倉の常識がそれをすぐに否定した。

「もう一度言う、この件から手を引いてくれ。これはじいさんからの遺言だ」

 着地した直人が静かに言った。

「あれは何だ!」

「鬼」

 ゆかりは冷たく言い放つ。

「”鬼”だと…バカな俺は刑事だ!」

 朝倉は足下の無惨な老人の死体に目を落とし、犯罪で最も重要な物的証拠を確認すると混乱した頭の中で唯一「殺人」だと認識できた。

「この殺人鬼が!!!」

 朝倉が叫ぶ。

 分かっている。しかし混乱した朝倉は、目の前の事実を肯定したくない為に必死に叫んだ。

「直人君」

「ああ…確かに伝えたからな」

 直人はゆかりに促された。

 ヒュッ

「なっ!?」

 飛翔。

 二人は朝倉の目の前から瞬時に7~8メートル程跳び、垣根の裏に止めてあるクラウザーに飛び乗った。

 ドルウンッ

 低い排気音。

 ライトオン。

 エンジンに火が入り砂塵さじんを巻き上げ加速する黒いクラウザー・ドマーニ。

 一気に発進したクラウザーは県道へ出る下り道を駆け抜けた。

「奴らは何だ…跳んだのか、今? どうなってるんだ…一体」

 走り去るクラウザーのテールランプが見送る朝倉の目に焼きつく。

「ま、待て神崎…逃げるのか! 俺の前からまた消えるのか神崎!!!」

 サイドカーのテールにえる。

 我に返った朝倉は、走り去るクラウザーに後ろ髪を引かれる思いで倒れている平井を抱き上げ弱々しく呼び掛けた。

「ひ、平…井さん…」

 平井の変わり果てた姿に朝倉は言葉を失った。

「何て事だ…平井さん息してくれよ、平井さん…神崎…何をした…くそ! 何が起こったんだよ…平井さん。鬼だと、バカな!!!」

 朝倉は呻いた。

 ピクリ、平井の左手が微かに動いた。

「平井さん!?」

 しかし、平井の身体からはもう体温はほとんど感じられない、血が流れすぎたのだろう。

 死後硬直の前兆だろうか。

「平井さん! 平井さん! 平井さん…ダメだ、平井さん戻って来いよお…平井さあああん!!!」

 夜の山に朝倉の悲痛の叫びがこだました。


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