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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
四章

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鬼影 4

 杉森宅から100メートル程離れた暗い茂みの中に一台の車が止まっていた。

 辺りには五分咲きの山桜が黒い空間に、上弦の月の光を受けほんのりと浮かび上がる朧夜おぼろよ

「しかし、デカイ家ですねえ」

 朝倉が双眼鏡を覗きながら言った。

「田舎の土地持ちなんだろう」

 平井は応えた。

 隆司の家は、日本家屋を代表するような造りの二階建ての大きな家だ。立派な門構えに敷地を囲む長い塀、その左には垣根に囲まれた空き地。おそらく来客用の駐車場と言った所だろうか。正面の道路に面した方からでは、母屋の裏にどれ程の内庭があるのか計り知れない。この辺りに古くからいる豪族ごうぞくの末裔を彷彿させる。また杉森邸の近くには民家が無く、下の県道沿いを500メートル程先に行くと一件あるだけで、周りは畑と雑木林に囲まれていた。おそらく、この辺り一帯の山は杉森家の所有財産なのだろう。家までの道路も私有地の可能性が高い。だが、ポツリと外灯が一本。どこか田舎の寂しさをかもし出していた。

「来ますかね?」

「来なきゃ、困る」

「そうですよねぇ」

 朝倉と平井の二人は白いセダンの中で呟いた。

「杉森隆司。なかなか帰ってきませんね」

「出遅れたか…」

「神崎達と会っているって事ですか?」

 平井の言葉に朝倉が反応する。

「そんな分けねえだろうな…だが奴らと接触してもらわなけりゃ、俺達も困る。賭け事はこれだから好きじゃねぇ」

 言い終わると平井の腹が鳴った。

「ですが、これしかないのも事実です。残念ですが」

 ため息混じりに朝倉が言った。

「今、何時だ」

 平井は言いながら、ダッシュボードの上に置いたスマートフォンの時計に目をやった。

「八時です」

「そのようだ。しかし、こんな山の中なのに受信アンテナが四本も立ってるぞ。時代の発展てのは大したもんだ」

 平井はスマートフォンのモニターを眺めて言った。

「そうですね」

「おい朝倉、腹が減ったな。どこかで飯買ってきてくれ」

「どこかって、コンビニだってこの辺にはありませんよ」

「車使って何か買ってこい…なるべくならコンビニ弁当じゃない方が良いんだがな」

「分かりました。どこかに弁当屋でもあったら美味そうなのを買ってきますけど、無かったらコンビニですからね」

「ああ、良いよ。じゃあ、ちょっくら行ってこい。俺は少し寒いが花見でもしてるさ」

 平井は幻想的な夜桜に目を移す。

 朝倉が「はい」と答えると平井は肌寒い朧夜おぼろよの外灯もない茂みへ降りた。

「やっぱり夜はまだ寒いなぁ」

 平井は後部座席からグリーンのコートを取り出した。

「それじゃ、ちょっと行ってきます。何か動きがあったら連絡くださいね」

 朝倉はそう言うと、杉森家の前の道を通り白いセダンは消えていった。

 しばらくすると隆司がバイクで家に帰ってきた。それから家の外で何やら作業を始めた。

「何だ? こんな時間に野良のら仕事か」

 平井はいぶかしんだ。

 隆司の野良仕事はその後、平井から見えなくなる程の距離にまで及んだが、しばらくして作業が完了したらしく家に帰ってきた。

 キーンッ

 その時、平井の両耳を耳鳴りが襲った。

「…年のせいか…嫌だねぇ、全くよぉ」

 平井は呟いた。



「全く、平井さんもわがままなんだから」

 朝倉は一人車内で毒づいていた。

「しかし、ほんと何にもない所だな。この分じゃ弁当屋どころかコンビニだって相当戻らないと出てこないぞ」

 車は県道をひたすら走る。

 対向車線を黒いサイドカーがすれ違った。

 朝倉が去って、程なくして一つのライトが道を駆け上がって来た。

「何だ、客か? それとも神崎か…」

 平井はそのサイドカーを息を殺して見つめた。



 クラウザーは二車線の県道を直人の宣言通り安全運転で走り目的地に着いた。途中、運転に四苦八苦しながら走り、ようやく直人は車体に慣れる事が出来た。センスが良いのだろう。サイドカーは隆司の家の脇にある垣根の中に入り停止と同時にライトが消えた。

「変ね? さっきから耳鳴りがやまない」

 ゆかりはジェットヘルメットを脱ぐと、髪をポニーテールに束ねながら直人に言った。

「俺も何か耳鳴りがしている」

「気配が凄く変…私、この感じをよく知っている」

 ゆかりは武器の入ったバックをトランクから降ろした。

「何なんだ一体?」

「結界なんかを張るとこんな感じ、妙に静かで心が落ち着かないって言うか、周辺に違和感があるみたいな…それに、微かな鬼気も感じる」

「結界? 何で隆司の家で」

「分からない。まさか! でも、そんな事が…」

「どうした深山?」

「もしかしたら、私達は何者かが作り出した結界内…異界にいるのかも知れない。でも、何で鬼に加担する術者がいるの? 手強いかも、直人君」

「隆司を操っているヤツがいるって事か?」

「何とも言えない…けど、もしかしたらそうかも知れない。気をつけて」

「とにかく隆司に会おう」

「そうね」

 二人は隆司の家の駐車場から右方向にある玄関前へと移動した。



「大当たりだ朝倉」

 そんな二人の姿を双眼鏡で確認した平井は電話を取り出し朝倉と連絡を取ろうとするが、電波状況を知らせるアンテナマークが一つも表示されていない事を知り毒づいた。

「くそっ。さっきまでアンテナが立ってたくせに何だってんだ、こんちきしょうめ! これ壊れてんじゃないのか!」

 平井は言いながら、もっと二人がよく見える場所へと移動を開始した。



 ピンポーン

 直人が呼び鈴を押す。

 すぐに隆司はジーパンに黒いトレーナーというラフな格好で外へ出てきた。

「直人…何でお前がいるんだ?」

 隆司は怪訝そうに直人とゆかりを見た。

「隆司、お前に聞きたい事がある」

「ゆかりちゃんだけで良かったのにな…何? バトル系でおそろいかよ」

 二人の出で立ちを眺めて、最後にゆかりを視姦するように隆司はニヤけた。

「…杉森君、鬼気が漏れてるよ」

 ゆかりの言葉に直人はハッとして隆司をよく見た。

 血のような紅い影。

 隆司の身体から立ち上る「鬼気」を直人は今ハッキリと見た。

「た、隆司…お前!」

 直人は声を絞り出した。

「あーあ、ゆかりちゃんだけで良かったのに…ま、いいか。ついでだから直人を殺しちゃお…お前、大ッ嫌いだからさ!」

 隆司のヤラシイ笑みを浮かべる眼が赤く染まり、鬼気が炎の如く膨れあがると額に集まっていく。

「直人君!」

 バックを持つゆかりの手に力が籠もる。

 隆司はダッと地面を蹴ったかと思うと後方へ跳躍。上弦の月を背に一回転して家の屋根に着地した。

 紅々(こうこう)と額に妖しく瞬く角が一本。

「隆司!?」

 直人は屋根の上で不敵に笑う隆司に叫んだ。

「君達の訪問を歓迎するよ。家族総出でな」

 隆司は演技がかった、大げさな礼を深々とすると「パチン」と高らかに指を鳴らした。

 ドカンッ

 玄関の扉が爆発したかのように弾け飛び、家の中から黒い影が三つ飛び出してきた。

 それに反応する直人とゆかりは左右へ飛んだ。

「何だ!?」

「鬼は彼一人じゃなかったのよ!」

 直人の言葉にゆかりが叫んだ。

 シュッ

 三匹の内、比較的小柄の白い鬼が直人を高速に追尾し、その爪を振るう。だが、直人は10分程前にドーピング薬を飲んでいた為その攻撃を難なくかわし、白い鬼影きえいが次の行動に移ろうとした瞬間、カウンターで振り向き様、顔面に正拳が炸裂した。それと同時に直人は自らの力に振り回され吹き飛んだ。

「ギャアアアアアアッ!!!」

「ぐはっ、何だよ!? 動きが丸見えなのはいいけど、自分のパワーで吹き飛んでりゃ世話ねーよ!」

 直人は反射的に打ち出した拳の威力に驚いた。

 今の状態で力を使えば自分の身体もバラバラだ…重心を低く構え、運動の流れを円のように流せば戦えるか? かつて身につけた空手道を思い出す。

 攻撃を受け止めるんじゃなく流すんだ、また直線的な動きより曲線的な動きの方が動きやすい。やるしかない! 直人は瞬時に理解した、そして肉体の対処も迅速に行われた。脳内では多量のアドレナリンが発生して分泌されていく。次いで、深く呼吸をする事により血中酸素濃度を上げる。幼少より鍛えられた格闘センスとドーピング効果によるものだ。

 白鬼びゃっきは鈍い音を立てながら吹き飛び、塀に叩きつけられると痙攣を起こして絶命した。それと同時に白く浮き出た鬼精体きせいたいが”滅鬼”の力で消滅する。塀に叩きつけられた白鬼びゃっきの肉体は、後頭部から真っ赤な血をドロリと流しピクリとも動かない。徐々に人の姿へと戻る。その姿は直人も何度か会った事のある、隆司の中学三年生の妹だった。

 今年、若宮学園高校に入学が決まっていた。

「あ、ああ…何て事しちまったんだ!」

 直人はショックを隠しきれずその場に立ちつくした。

 ガッ

 その時、足下に桃迅激とうじんげきが突き刺さった。

「しっかりしなさいよ!」

 ゆかりは二匹の鬼の攻撃を華麗な体さばきで流しながら叫んだ。

「あいつの妹を殺しちまった」

「”鬼を”でしょう! 杉森を倒しなさい! あの鬼のせいで竹下さんは傷つき、あなたの両親は死んだのよ。元凶を絶ちなさいっ!」

 攻撃をかわしながら、なおもゆかりは叫んだ。

「くそお!!!」

 ゆかりの言葉に直人は目的を思いだし、その手に桃迅激とうじんげきを握った。

「隆司いいいっ!」

 直人は獣の如くえ、隆司のいる屋根へと跳躍した。

「何でお前にそんな力があるんだ直人? それに使鬼しきになったとは言え、俺の妹を殺しやがって…許せねぇなあ」

 隆司は赤い眼をギラギラさせながら呟いた。

「お前は自分の妹を鬼にしたのか…まさか他の二匹も!」

「そうだ。あれは俺の両親のなれの果てだ。まあ、爺さんは年のせいで術に耐えきれずに逝っちまったけどなあ」

「何でお前…そんなひどい事…」

「何でって、博子の代わりにゆかりちゃんで遊ぼうと思ったからに決まってんだろ」

 もはや鬼である隆司とは、まともな会話が出来ない。

「博子だと…お前博子に何をした!」

「お前の彼女の博子とナニをしてたんだよ。ケケケ、アイツは最高だった…いつも泣きながら失神してイっちまうんだぜ…」

 隆司は下劣な笑いを浮かべた。

「わ、悪い冗談を言うなよ…お前は鬼に操られているんだ…俺の知ってる、お前はそんなヤツじゃなかった。目を覚ませ隆司…」

 信じたくなかった。

 直人の甘さが悲痛の声を上げる。

「冗談でも操られてんでもねえ、これが俺のホント俺よ。真実ってヤツだ、俺はお前が大っ嫌いで殺したい。博子もゆかりも俺の物だあああ、現実を見ろおおお。な・お・と・君」

 からかう隆司はニヤけて言った。

「おああああ! 隆司いいいっ!!!」

 アドレナリンが沸騰する。

 カッと瞳を開くと直人は隆司までの距離を一気に駆け出し、真一文字に桃迅激とうじんげきを振るった。が、隆司はその稲妻のような斬激を真上に跳んでかわすと即座に蹴りを放つ。赤い鬼影きえいが直人の顔を捕らえると、空中から繰り出された隆司の蹴りが追ってくるのがハッキリと見て取れた。

 博子との戦いとは違い、攻撃速度が常人と差程変わらない事に直人は驚いた。

「ぐはっ!?」

 直人はその攻撃を左腕で払い退けると桃迅激とうじんげきを掴んだまま、右の正拳が隆司の腹に深くめり込んだ。同格速度内での格闘では空手を身につけている直人の方に一日の長があった。

 隆司はその衝撃により後方へ吹き飛ばされたが、何とか体勢を取り戻して屋根の端に着地をした。

「…何で、お前にそんな事が出来るんだあああっ…何で俺より強いんだあああっ…認めねえ。力を手にした俺が何で直人に敵わないんだあああっ。認めねえぞおおお!!!」

 隆司は憎悪の目で直人を見据えた。

 イケるっ、今の俺ならもしかしたら隆司を助ける事が出来るかも知れない。

 自分の運動能力が隆司より優れている事を知り、冷静さを取り戻した直人は微かな希望を抱く事が出来た。

「隆司。今お前の中の鬼を消し去ってやる!」

 言うが早いか直人は屋根瓦を跳ね上げ疾風はやての如く駆けだし、隆司の中の鬼を滅殺めっさつするため、上段から桃迅激とうじんげきを一気に振り下ろす。しかし、隆司はそれを後ろへ飛んでかわすと裏庭へ着地した。

「うおおお!」

 間髪入れずに直人は雄叫びを上げながら屋根から飛び降り、落下の勢いに任せて桃迅激を振るった。

 ガッという激しい音を立てそれは止まった。

「何!?」

 直人の一撃を隆司が白刃取りで受け止めた。

「くうっ、痛てーじゃねーか…直人」

 刀身を挟む隆司の掌から肉の焼ける匂いがする。

「こいつ…」

 直人は呻いた。

 ドコッ

「ぐへえええ!」

 隆司は直人の放った正面蹴りをまともに受け、納屋と化したはなれまで吹き飛んだ。ドゴンと言う大きな音を立て壁に大穴を隆司は作った。

「ひ、博子を取られて…そんなに、悔しいかぁ? 直人ぉ」

パラパラと崩れる壁の向こうから隆司はおちょくる様に言った。

「テメー…何で博子にそんな事した」

 農具やガラクタに囲まれ、うずくまる隆司に直人が問いかける。

「何でだと? 決まってんだろ、ヤリたかったからさ…俺はお前よりも先に博子が気になってたんだ。お前はいつもそうだ、俺よりも少し顔がいいからって図に乗るなよ! 大して努力もしないくせに成績だって俺より良かったし、運動神経だって俺よりいい上に、俺の譲れないバイクでもすぐに上手くなりやがった。そのくせ真剣に取り組まないで、中途半端に不良を気取ってよ、胸クソ悪かったぜえ。お前が大学入試をすべて落ちた時は気持ちよかったなぁ、ざまあ見ろと心底思った…博子は俺がメチャクチャにしてやったぜ! あの女の「初めて君」は俺だ! ついでに後ろも…開発してやったぜ! カカカカカカ」

 隆司はゆっくり立ち上がりながら愉快に語った。

「…黙れ」

 直人は怒りにうち震えた。

 バッ

「がはっ!?」

 隆司は足下に転がっていたポリタンクを蹴り上げ、隙の出来た一瞬で直人を地面に叩きつけると馬乗りになった。

「油断しすぎだぜ直人!」

「この野郎っ」

 隆司は胸の上に乗り、両膝で直人の両腕を上から押さえ込むとマウントポジションを取った。

「思い出すなぁ博子にした陵辱の数々…楽しかったあ」

 恍惚こうこつの表情を浮かべ隆司は言う。

「黙れって言ってんだよ!」

 ボクッ

「ぐはっ」

 隆司の一撃が直人の顔面を襲い口から血が飛び散った。

「いっぱい写真も撮ったんだぜ、それに動画も…俺の宝物だぁ…直人見たいか? どっちがいい? 画像と動画? ん~」

 笑顔の博子が直人の脳裏をよぎった。

「テメエっ! ブッ殺してやる!!!」

 ボクッ

「がっ!?」

 再び打撃が直人を襲う。

「博子のヤツ、それをネットでバラ撒くって言ったらスゲー顔して泣いてよぉ…あれは恥辱プレイってヤツなのかな? で、卒業が近くなったから博子を完全に俺の奴隷にしてやろうと思って、直人には他に付き合ってる女がいるって吹き込んだら、またまたスゲー悲しそうな顔して泣くんだよ。ケケケケケケ」

「…全部お前の仕業だったのか…」

 直人は泣いた。

 隆司の…この”鬼”のせいで博子はキャリアーとなり、俺の両親は死ななくてはならなかったのか。博子との付き合いがギクシャクし始めたのは全部、”鬼”のせいだったのか…無理矢理犯され、脅され苦しんでいた博子に俺は全く気づいてやれなかった。直人は自分の不甲斐なさに涙を流した。

 クソ! クソ! クソ! クソオオオ!!! 言葉では言い表せない程の怒りと失念。直人の頭の中で何かが命じる”奴を殺せ”と。

「あれ~、悔しくて泣いてんだ? 博子の”初めて”奪われたのがそんなに悔しいんだ、カカカ。でもまさか、ゆかりちゃんと本当に付き合ってるなんて思わなかったぜ。これで博子は俺の物だ」

「黙れよ!」

 ガッ

「くっ」

 直人の顔に痛みが走る。

「だけど何でお前は、俺が気に入ってる子ばかり横取りするんだぁ…俺に対する嫌がらせなのかぁ…安心しろ、お前を殺した後で、ゆかりちゃんもたっぷりとカワイがってやるよ…もう、アレはぶち抜いたのかぁ、直人?」

 隆司は愉悦ゆえつの笑みを浮かべ、直人の顔を覗き込んだ。

「黙れと言ってんだよ…くそがああああああっ!!!」

 ゴウッ

 突風にも似た衝撃波が直人の身体から発せられ隆司は吹き飛ばされた。

「な、何だ!? 何が起きた…はっ! 直人はっ」

 体勢を立て直すと隆司は素早く辺りに目を走らせた。

「いない…」

 タッ

「ひっ!?」

 直人は隆司の真上から突如現れた。

 握る桃迅激とうじんげきが淡い光を放ち、身体全体から殺気以上のものが放たれる。

「…お前を殺す!!!」

 自分が自分でなくなるような感覚。

 見開かれた直人の瞳が紅蓮の炎ように瞬時に赤く染まった。

 ゲシッ

「ぐふう!?」

 至近距離から直人の蹴り上げが隆司のあごに炸裂。続いて左の掌がみぞおちに決まり隆司は吹き飛び五分咲きの桜の木に叩きつけられた。桜の花びらが舞い落ちる。

 疾風迅雷しっぷうじんらい

 直人は隆司との距離を一気に詰めると、上段から桃迅激とうじんげきの斬激を振り下ろした。

 空を裂く音が桃迅激を追う。

「ギギャアアアアアアッ!!!」

 隆司の左腕が血しぶきを上げて地面に転げ落ちる。桜を背に隆司は崩れた。

 直人は桃迅激の切っ先を隆司の喉元に突きだした。冷たく光る赤い眼が無言で隆司を見下ろしている。怒りが直人の思考を徐々に黒く染め上げていった。

「ひ、ひ、ひいいい…た、助けてくれ直人…お、俺は本当はこんな事したくなかったんだ…お、俺の中に獣がいて命令するんだ…と、友達だろ、こ、殺さないでくれ…痛てええええ、痛てえよおおお!!!」

 隆司は小便を漏らし、肩の傷を押さえて喚きながら哀願した。

 滑稽こっけいだった。

 恐怖に脅え、のたうち慈悲を乞う隆司を見下ろし微かに口元が緩む。

 直人は無言で桃迅激を更に突きだした。

「ひいいいっ…た、頼む直人、俺を助けてくれ。俺の中の怪物を倒してくれ。助けて、俺たち友達だろ…助けてくれよお…直人」

 友が…いや、かつての友の哀れな姿が直人の中で一瞬、失い掛けていたものを繋ぎ止めた。

 微かに桃迅激とうじんげきの刃先が揺れる。

 先程までの威圧感が一気に弱まり、直人の赤い眼が引き潮の如く普段の茶色がかった瞳に戻った。

 ドカッ

「がはあああ!?」

 それを瞬時に見て取った隆司が、下からすくい上げるような軌道を描く右ブローを脇腹にメリ込ませ、直人は吹き飛ばされた。

「ギャハハハハハハッ。バカめ、テメーのそんな甘ちゃんなところも俺は大っ嫌いだぜ! この借りは必ず…お前を必ず殺してやる…あばよ!」

 隆司は高笑いしながら、切り落とされた腕を拾うと夜の森の中へと足早に跳躍して姿をくらませた。

「待て…隆司!?」

 視界が歪む。

「があああっ!!!」

 嘔吐が襲う。

 直人は隆司を追い駆けようとしたが片膝がガクリと折れた。吹き飛ばされた時、強かに頭を打ってしまい軽い脳震盪を起こしたのだろうか? それとも…

「くそっ…俺、どうしちまったんだ」

 何が起こったんだ…一体、あの感覚は? 自分が自分で無くなる様な、あれは何だ…身体が焼けるようだ。

「ちきしょう」

 直人は吐き捨てながら先程感じた、憎悪とも狂気とも取れる得体の知れない力に恐怖した。


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