鬼影 3
直人とゆかりが横平市の家に着いた頃はすっかり夜になっていた。
「深山、さっき言っていた事は何だよ」
直人は隆司と別れた後のゆかりの言葉が気になっていた。
「その前にちょっとメールチェックをしてからね」
ゆかりは家に入るなり自分の部屋へ入ってしまった。
直人は仕方なくテレビのあるリビングのコタツに入りくつろいでいると、程なくしてゆかりはノートパソコンを手にやって来た。
「メールは来てたのか?」
「ええ、確定ではなかったけど昨日、”キャリアー”を発見したからで報告したんだけどね」
「本部は何だって?」
「本部は決定的であれば排除しろだって…さ」
「歯切れが悪いけど、どうした」
「キャリアーである事は…今日ハッキリと分かった」
「今日…じゃあ、出掛けた本当の理由はそれを調べる為だったのか?」
「違うよ。出会ったのは本当に偶然。直人君の知っている人物だよ…敵は」
ゆかりは直人の目を捕らえて言った。
「俺の知っている? まさか!?」
「そう、杉森隆司。彼が私達の倒すべき鬼」
「馬鹿な! どうして隆司が…何で俺の周りの人間ばかりがこんな事になるんだよ」
直人は身を乗り出し叫んだ。
「でも事実だよ。直人君は感じなかった? 鬼気を」
「隆司からは鬼気なんて物は見えなかったぞ!」
「直人君、杉森君が鬼気をわずかに発した時、うつむいていたからね」
「…だけど、博子に続いて隆司まで俺に倒せって言うのか深山」
直人はうなだれてた。
「私、竹下さんの記憶の中で杉森君が怪しいって言う場面を見たの。竹下さんが「鬼」になった事と「鬼気」を発する杉森君には間違いなく何か関係があるよ」
ゆかりは真顔で言った。
「それは本当なのか…」
直人が鋭い目つきで顔を上げた。
「ええ、記憶の中で杉森君に何かを言われて竹下さん泣いていた」
「そうな…のか。隆司に会ってハッキリ真相を突き止めれば…戦えるのか? 俺は…だけど、何で隆司。お前なんだよ! ちきしょうっ」
直人は心の中で迷っていた。
「直人君、気持ちは分かるけど杉森隆司は間違いなく「鬼」だよ。迷いがあると痛い目に遭うよ」
ゆかりは直人の心を見透かしたように言った。
「何でアイツなんだよ。アイツは良いヤツなんだ…高校で初めて出来た友達なのに…何でこんな事に…くそ!」
直人は苦悶する。
「人付き合いで、他人の心の中まで100%なんて見えやしないよ。直人君が杉森君を親友と思っていたとしても、杉森君はそう思っていなかったかも知れない…ハッキリ言えないけど竹下さんの中で見た彼はとても「良い人」には見えなかった」
確かに俺は隆司と気が合うからよく遊んだ。と言ってもそれは一日の間で見れば、ほんの数時間でしかない…隆司の本心や人間性、心の影なんて物まで見えていない気がする。他人なんてみんな、そんなものなのかも知れない。それに俺も自分という人間は”こういう人間”だなんてハッキリ言えない。直人はゆかりの言う事も一理あると思った。
「やるしかないのか…だが、博子と隆司の間に何があったか、は確かに気になる。だけど」
「それを確かめる方法は一つ…杉森隆司、私達「闇風」の敵に会うしかなさそうね」
ゆかりは「私達」を強調して言った。
「敵とかはさて置き、直接聞くしかないのは事実だな…」
この期に及んでまだ直人は腹を決めかねている。
「直人君、自分の力を思い出して」
ゆかりはそんな直人に見かねて言った。
「え?」
「あなたは、鬼だけを滅する力を持っている…最悪、竹下さんのようになってしまうかも知れないけど、命を落とす事はない。私にはキャリアーを生かせるような戦い方はできないし、そんな特殊な力もない」
「本当に俺にはそんな力があるのか? 隆司を鬼から救えるのか」
「大丈夫。自分を信じて、出来ると思う力こそ念力だよ…だから、ね。自分の力を、出来る事を信じてみようよ」
優しい眼差しでゆかりは言った。
「ああ」
しかし、直人の不安は拭い去れない。「滅鬼」の力に対して、何一つ確かな物を感じていないからだ。また、この世の中に確かな物なんて本当にあるのだろうか。全てを見失った直人はそんな疑念に捕らわれた。だが、確かな物を掴むしか隆司を鬼精体から解放出来ない。やるしかないんだと自分に言い聞かせた。
「善は急げ、決まりね。それじゃあ、会いに行く準備しよう」
「これからか?」
ゆかりは「そうよ」と軽く答えると部屋の物置を開けて大きなジュラルミンケースを取り出し、直人の前にゴトリと置いた。
「な、何だよこれ?」
「バトルスーツ」
直人の問いにサラリとゆかりが答えながらケースを開けた。
「バトルスーツ!?」
「そう、オフェンス何たらかんたらプロテクトアーマーって面倒くさい名前があるんだけど、略してバトルスーツ。サイズは直人君の高三の身体測定時に合わせてあるから問題ないと思うよ」
「全然、略してないと思うぞ」
「いいの!」
「へえ、こう言うの着るんだ」
直人は闇風の手回しの良さに感心しながらも、目の前に置かれた黒くてゴツイ革製とおぼしきスーツに息を呑んだ。
「ええ、闇風の科学研究班が推移を結集して作ったって言う話よ。このスーツはある程度の衝撃を吸収するようになってるの…耐圧構造って言うんだけど、後はドーピング時の筋肉や骨格の肉体へのサポート構造に加え、各部間接の肩や肘、膝。それとスネにプロテクターが装備されている。見てくれは、セパレートタイプのシングルライダースみたいな物」
ゆかりは説明をしながらジュラルミンケースから黒いバトルスーツを取り出し直人に手渡した。
「ずいぶん重いんだな」
「ドーピングすれば問題ないよ…着てみて」
ゆかりはワクワクした様子で瞳を輝かせた。
「ああ」
直人はリビングからバトルスーツの上下を手に自室に入った。
革製かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。安物の合成革とも違う材質、一見すると牛革のように見える質感だが、どうやら特殊な繊維で編まれているスーツの様だ。
ゴトリと直人は床にそれを置くと着替えを始めた。まるで肌に吸いつくような着心地、それでいて動き難く無く、体によく馴染む感じだ。
ゆかりはリビングで直人のスーツの入っていたジュラルミンケースから、籠手とグローブ、ブーツとクナイ。そして魔除けの勾玉の首飾りとドーピングカプセルの入った小さなアルミケースを出していた。
その時、直人の部屋の扉が開いた。
「…いい感じね」
ゆかりは直人の姿に見とれて思わず溜息を漏らす。
「何かこれさ、革ジャンと言うより鎧みたいなんだけど…」
言いながら直人はしきりに背中やおしりをシゲシゲと見た。
「どこかキツイとか、プロテクターが運動の妨げになっている箇所とかない?」
「ああ、それ程気にならない、ただ上着の下にはTシャツ位しか着れないな…おまけに脊髄パッドまで入ってるし、まるでバイクの革ツナギみたいだ」
直人は屈伸や開脚、両手を前に出した後、前屈の姿勢から鋭い正拳突きを放ちクルリと反転してから後屈の構えを取り右のハイキックを素早く放った。そして、一通りの動作を確かめ終わった。
「へえ、空手の経験はあるってデーター上では知ってたけど、身体はそれ程鈍ってはいないみたいね」
「家でたまに夜とか練習してたんだよ。それなりに…空手は好きだからさ」
中学生時代の苦い記憶が脳裏をよぎった。
「何でやめちゃったの?」
「…周りと上手く折り合いがつかなかったんだ」
直人は遠い目をして言った。
「まあ、色々あるよね対人関係って…ごめんね変な事聞いて。それじゃ、サイズには問題なさそうだね。はい」
ゆかりはニッコリと籠手を直人に手渡した。
直人はそれを腕に締めつける。
「はは、これだったら時速100キロで転倒しても死にそうにないな」
「はい。これがグローブとクナイ。それと魔除けの勾玉」
「勾玉?」
「そうよ。私達は特に「鬼気」を浴びやすい現場で行動するからこれは必要なの、自分を守るために」
「深山も持ってるのも、この首飾り?」
そう言えば今日、出かけた時も首からかけていたな、と直人は思いだした。
「ええ、これは身を守るためと「鬼精体」を浄化させる時に使うの…直人君は浄化にこれを使う必要はないけどね。そうね、早い話が消耗品。付けていれば鬼気から私達の身を守ってくれる。限界がくれば真っ黒に変色する、その時が交換時」
ゆかりは胸元の翡翠色をした勾玉を握りながら言った。
「へえ、こんな物お呪いかと思ってた」
「あら、パワーストーンて知らないの? これも一種のそう言った物。それにコレはちゃんと浄めてあるんだよ」
「バカにならないって事か」
「その通り」
ゆかりは直人に自信ありげに言った。
直人は「なる程」と言いながら翡翠の勾玉を受け取った。
「後は、私が使っていた”桃迅激”」
ゆかりは木刀を直人に手渡した。
「トウジンゲキ?」
「木刀よ。「桃」で「迅速」に「激滅」する、で”桃迅激”」
「木刀に名前なんてあるのか…”桃迅激”ねえ」
「そう、この木刀は桃の木から出来ているの。古来より桃の木や花、実などには魔を払う力があるの。昔は子供が生まれると桃の木を植えたって言うし、地域によっては、まだそう言う風習が残っているよ。後は、正月や節分なんかに宮司が「祓い」の儀式で鳴弦と言って弓の弦打ち(つるうち)するでしょう。あの弓も桃なんだよ」
「へえ…桃太郎みたいなもんか」
「ええ、他にも昔話や伝説、神話の中に出てきている。身近な行事だと桃の節句がそう」
直人は「ふうん」と言いながら桃迅激をしげしげと眺めた。
「直人君は、一度それを使って”滅鬼”の力を発動させてるから、調整の必要はないだろうって、科研が言ってたよ」
「科研?」
「科学研究班の事ね」
「ああ」
直人は納得した。
「それじゃ私も着替えてくるね」
ゆかりもバトルスーツに着替えに自分の部屋へ戻った。
バトルスーツに着替えたゆかりと直人はマンションの地下駐車場へと移動する。
「移動は車か?」
「私、免許ないよ」
「俺だってねーぞ」
「直人君バイクの免許持ってるでしょ」
「ああ」
二人は駐車場内を歩きながらそんなやりとりをしていた。
「でもさ、こんな格好で歩いていたら見た人びっくりするんじゃないか」
直人は少し恥ずかしそうに言った。
「大丈夫よ。私、似たような格好でバイク乗っている人見た事あるもの」
確かにそう言うスタイルのライダーはいる…けど、それはバイクに乗っているから許される事であって、と直人は反論したくなった。
「あ! あった」
ゆかりはシートの掛かった小さな車の前で止まった。
直人はその車が軽自動車より小さく、車高がとても低い事に疑問を感じた。
「何だ、この車?」
「車じゃないよバイクだよ」
ゆかりはそう言うと、それに掛かるシートをはずしにかかった。
黒光りするボディー。
ゆかりの「手伝ってよ」という言葉に直人は応え、残りのシートを外すとマシンの全貌が明らかになった。
黒い一体型のサイドカー。
美しい流線型が未来の車を彷彿させる。
「あああ!!! このバイク知ってるぞ。世界のバイクカタログで見た事がある…何て名前だったかなぁ。スゲーなあ」
直人は目の前に現れたサイドカーに驚きながら、うわ言のように言った。
「えーっと、メールに名前あったんだけど…ク、ク…クラ…クラ」
「クラウザー・ドマーニだっ!」
直人が叫んだ。
「そう、それよ!」
ゆかりも叫ぶ。
「確か…ビーエムのエンジンを積んでたよな…1200ccだったかな? でも、ビーエムのクセに、これは確か水平対向二気筒じゃない、珍しいパワーユニットなんだよな。あ、ボクサーじゃないって事な」
何かの呪文を聞くようで、ゆかりには直人の言っている事がさっぱり分からない。
直人は車体の周りを珍しそうに回り、黒いFRP(強化プラスチック)ボディーの曲線を撫で回していた。
後ろ姿はまるでスポーツカーのようだと直人は感じた。
ゆかりは何やら用紙を取り出し読み上げた。
「車体名が分かったところで、注意事項。このマシンはカスタマイズしてあるので、規定馬力よりも高回転域での30PSの向上が成されている。同時にトルクアップも3・6行われ更にパワフルな走りを実現させた。フレーム補強の強度や車体バランスを考慮しても、それが限界値のようだ。また、それに伴い強化クラッチやクロスミッション等が組み込まれ、パワーの伝達を向上させた。結果、ギヤチェンジのタイミングを逃すと非常に乗りにくく、燃費も悪くエンジンの負担になるのでシフトの際はタコメーターで回転数を常にチェックせよ。ギヤー比の詳細データーは下記を参照するように…直人君?」
ゆかりは用紙の下方に印刷された理解不能な数字の羅列に目をやってから直人を見た。
「本物だ~」
直人はクラウザー・ドマーニのシートにまたがりハンドルやステップペダルのポジションを確かめている。
ゆかりにはバイクの事が解らないが、直人の感触を確かめる行動が先を続けさせた。
「…また、サイドカーという車体特性の為にアンダーが非常に生じやすくなってしまった。これを補う為に油圧ステアリングの負荷を高め、堅めのセッティングで仕上げる事とし、スタビライザーの設置も行った。これにより高速走行時の挙動は押さえられ、車体は安定性を取り戻す事に成功した。このダンパーの油圧係数は7にセットしてあるが、調節は搭乗者の好みに合わせて行うように。また、ストッピングパワーの強化も必要となりショック・アブソーバーの減衰力アジャスタ………以上。だってさ…はあ、技研の言う事はさっぱりだわ」
どうやら本部から送信された技術研究班の報告事項を出力していたようだが、中盤から怪文書に耐えられなくなり、ゆかりは技研の”能書き”を省略してしまった。
「おおお! サイドもドライブシャフトで駆動するのかよ。スゲエー!」
しかし、当の直人は地面にうつ伏せになりサイドカーの下を覗き込んで驚きの声を上げていた。
「…ちょっと! 直人君、聞いてたの?」
ゆかりにとって呪文のような注意事項を直人は聞いていなかったようだ。
「え、何? 何か言ったか」
「もういい、行きましょうか。はい、カギ」
ゆかりは直人にクラウザーの始動キーを投げた。
「早い話が気をつけて走れって事だろ?」
直人はキーを受け取り、それを差し込みゆっくりと回してセルスタータースイッチを押した。
ボウンッ
縦置き水平四気筒インラインエンジンの低いうなり声が地下内に響く。
「…図体の割に意外と静かだな、それにまるでエンジン音が車みたいだ」
「さあ、行きましょう」
ゆかりが促す。
「俺の免許、限定解除してないからな。サイドに乗るのも初めて…バリバリの初心者だぞ」
備え付けられていたジェットヘルメットを被りながら、直人は自信なさげに言った。
ゆかりはクラウザー・ドマーニのテールスポイラーを跳ね上げて、トランクルームに武具の入った荷物を積み込んだ。
「私も初めて、ドキドキしちゃうね」
右サイドに乗り込み、髪を下してヘルメットを着用したゆかりの返答は的はずれだった。
「…知らねーぞ。安全運転で行くからな」
「レッツゴウッ!」
二人を乗せた黒いクラウザー・ドマーニは杉森隆司の家を目指し夜の世界へと滑り出した。




