鬼影 2
直人とゆかりは遅い朝食を済ませ、食後のお茶を飲んでいた。
室内に紅茶の良い香りが漂う。
二人は起きてからぎこちない挨拶を交わすと終始無言だった。
原因は分かっている。
「…あのさ」
居心地の悪さに耐えかね直人が口を開いた。
「な、何?」
ゆかりは即座に驚いた反応をする。
「い、いや…何でもない」
「…そう…」
二人とも歯切れが悪い。
再び室内に静寂が戻る。
直人は夜中に勢い余ってゆかりを抱きしめてしまった事を悔いていた。
ゆかり自身も起きて冷静に考えてみると、大胆な事を言った自分が恥ずかしくなっていた。
そんな二人の思いが気まずい雰囲気を作り出していた。
「はあ」
ゆかりは深いため息を漏らすと紅茶を口に運んだ。
「あのさ…」
「そうだっ!」
直人の言葉を遮りゆかりが叫んだ。
「何?」
「今日は街に買い物にでも出ない」
ゆかりは目を輝かせて言った。しかし、どこかワザとらしい。
「買い物? いいのか。昨日、報告のメールを入れてたようだけど本部からの連絡待ちじゃないのか?」
「大丈夫よ。せっかく新しい所に引っ越してきたんだから何か欲しいじゃない、それに直人君、気分転換にもなるよ。きっと」
ゆかりの提案は最もだと直人は感じた。
「そうか、そうだな街に出るか」
「うん、デートだね、デート…」
「デ、デート!? 深山…その、俺」
直人は照れたように何か言おうとした。
「そっ、男子と女子が一緒に出掛けるんだからデート…」
頬を赤く染めたゆかりは平静を装っているが、自分の思いを必死に隠そうとしている。しかし、語尾の歯切れが悪い。
「そうか…そう言う考え方も有りだな。うん、よし街に買い出しだ」
そんなゆかりの態度に気づくことなく、直人は話に乗った。
直人はこの部屋に用意されていた、男物のオリーブ色のデニムパンツに春物の黒いニットといった衣類を適当に着こなし、上着にデザートカラーのマウンテンパーカーを軽く羽織った。
ゆかりは普段のポニーテールから背中まである髪を下ろし黄色いタートルネックのセーターを着、首から勾玉の首飾りをさげ焦げ茶色のミニスカート、その上に白い春物のハーフコートにブラウンのスウェードブーツという出で立ちに変身した。
「おお!」
そこには、小柄でかわいらしい年相応の少女が立っていた。直人はそんなゆかりの姿に見とれながら間抜けな声を上げた。
「…変かな?」
ゆかりは不安げに直人を見た。
とても木刀を振るって鬼に戦いを挑んでいった女の子には見えない。
「い、いや…普段のラフな格好とはまた違う感じで良いんじゃないか。女はよく化けるって言うけど、見事に化けたな深山」
深山の変貌ぶりにドキドキして何を口走っているんだ。もっと別の言い方があるだろうと直人は心の中で叱咤した。
「そっか、良かったぁ。せっかくのデートなんだから少しはオシャレしなきゃと思って用意されていた服着てみたんだけど…普段こんなの着ないから心配だったんだ、大丈夫そうね!」
ゆかりは直人の褒め言葉とも、貶し文句ともつかない評価を気にする事なく嬉しそうに言った。ゆかり自身もドキドキしていたようだ。
「…殴られるかと思った…」
直人は小声でホッと胸を撫で下ろした。
「何か言った直人君?」
「い、いや何でもない…それじゃ、出掛けようか」
「うんっ」
ゆかりは楽しそうに答えた。
二人は最寄りの国有線横平駅から梅澤線に乗り、崇島駅で桜高線に乗り換え、緋桜駅へ向かった。電車の乗り換えもスムーズに行き二十分程で目的地に着いた。
浅黄の方が駅前はにぎやかだが、事件の起きた地に行くのは得策ではないので緋桜市に決まった。もっとも、都心まで出るという手もあったが遠いので却下。ここ数年で緋桜駅周辺でも、大抵の物はそろう便利な地方都市へと発展していた。
まず、ゆかりの向かった所は北口の真横にあるデパートだった。そこの一階では春物のスカーフやハンカチと言った商品を全面に押し出していた。
ゆかりはパステルカラーの淡い紫のスカーフを一枚取ると肩にかけ「どう?」などと直人に聞いてくる。その後、地下にある玩具売り場を発見した直人はプラモデルやモデルガンといった物を子供のように眺めていた。
「こう言うの好きなの? 結構、直人君て子供なんだぁ」
今まで隣ではしゃいでいた、ゆかりがそんな直人をからかった。
「い、いいだろ。男は幾つになっても、こういう玩具が好きなんだよ!」
直人は少し恥ずかしくなり反論する。
二人は大型の書店に入り雑誌や漫画、小説と言った物を物色し目当ての物を購入すると店から出た。そして、ゆかりに引かれて直人は女性用の洋服店へと連れて行かれる。
ゆかりは洋服を替わるがわる試着すると「似合う?」と試着室のカーテンを開けてはファッションショーを行い、直人に意見を求めた。
直人はその都度イメージの違うゆかりに戸惑いながらも「ああ」と素っ気ない反応をしていた。が、実は女性専用の洋服店に入るのは初めての体験だった為、直人は緊張していたのである。それでもゆかりは楽しそうに着替えを続けていた。
ゆかりは何着か気に入った服を決めると会計を済ませて外で待っている直人の下に来た。そして再び直人を引きずる様に、ゆかりはアクセサリー店に入り時計やらイヤリングやらを楽しそうに手に取っていた。
直人は「女の買い物は何て疲れるんだ」と心の中で溜息をついた。
そんな時、ゆかりがおもむろに「お腹減ったね」と言いだしたので駅ビルの上にあるレストラン街へと二人は赴き洋食店で遅い昼食を済ませる事となった。
「疲れた?」
ゆかりは食後の紅茶を飲みながら直人に尋ねた。
「いや、まあ」
「そう? 疲れた顔してるよ…ごめんね、引っ張り回して」
申し訳なさそうにゆかりは言う。
「いや、大丈夫。楽しいよ。良い気分転換にもなってるから」
直人はコーヒーを口に運んだ。
「そう。それじゃあ、フルーツパフェ食べて良いかな…?」
ゆかりは直人の顔色を窺った。
「良いけど…俺、金持ってないぞ深山」
「うん。お金は大丈夫…ただ、直人君、いやかなと思って…」
「俺がいや…何で?」
「私、男の子とお出掛けなんて初めてだから…前に女性誌で男の人の中には、パフェ食べる女の子は苦手だって言う人もいるらしいって書いてあったの…」
ゆかりはモジモジと答えた。
「ははは。何だそれ、深山そんな事気にしてたんだ。俺は平気だよ、むしろ俺が食べた方がおかしいかも知れないけどな。問題ない、食え食え」
「うん。すいませーん追加お願いしまーす」
直人の言葉に安心したのか、ゆかりは間髪入れずにウエートレスを呼びつけフルーツパフェをオーダーした。
念願のフルーツパフェを迎えたゆかりは、美味しそうにスプーンを走らせる。
「うまいか?」
「うん。とっても」
直人の言葉にゆかりは満面の笑みで応えた。
しかし、しばらくするとそれが止まる。
「どうした。腹でも痛くなったのか? トイレは店の中にはないぞ」
「デリカシーのない事言わないでよ! そんな事じゃないよ…」
「それじゃあ、どうしたんだよ?」
直人は首を傾げた。
「朝方の事」
ゆかりの言葉に直人は忘れていた出来事を思い出し沈黙した。
「もの凄いうなされ方だったよ直人君…それに身体も震えてた」
「そうか…」
「そんなに怖い夢だったの?」
ゆかりは直人の顔を心配そうに見つめた。
なぜ、ゆかりを抱きしめたのか? と聞かれたらどう答えようか内心ハラハラしていた直人だったが、質問の内容が違う事にホッとした。
「ああ、恐ろしい。とてつもなく恐ろしい夢を見た気がする…とても」
直人はゆっくり答えた。
「覚えてないの」
「ああ…何かこう、思い出そうとしても霞がかっているような…ハッキリとどころか、全然思い出せないんだ。ただ、恐ろしかったって言う印象しかない」
「そうなの、夢って私達のような事を生業としている人間には以外と重要だったりするのよ」
ゆかりは神妙な面持ちで答えた。
「どういう意味だよ」
「つまり、夢から得られる情報も無視できないって事」
「夢からの情報?」
「そう、例えば何か探している物が何処どこにあるとか、危険を前もって知り回避できたり、知り合いのピンチを知るとか、予知夢の類は馬鹿にできないの」
「…予知夢か」
「ええ、それにデジャブのような体験は誰にでもあるでしょう。そう言う経験も私達には貴重な情報体験なの。一般的に言われるデジャブは夢で見た風景や体験をそれと酷似した状況を「これは知っている」と脳が錯覚するって言う説もあるけど、あれはきっと幽体離脱の一種だと思うの。もちろん前者のような事もあるんだろうけど」
「幽体離脱ねぇ」
「多分ね。現段階ではよく分からない…きっと”魂”と言う存在は時間と空間を超越した違う世界…違う次元の意識体みたいな物だと思う。だからデジャブも起こりうる…かな」
「そうかもな。だから鬼精体みたいな訳の分からない存在があるって事になる…のかな?」
「それに心理学でも、これに似た発想で人の意識は四段階ある事になっているの」
「心理学?」
「うん、まず一番上にある…覚醒状態を意識と考えて、その下が前意識」
「前意識…」
「そう、前意識とは普段忘れている事でも思い出そうとすれば思い出せる管理下にある記憶意識の事、そしてその下には無意識。これは説明するまでもなく、全く意識してない行動。全く記憶に残らない物、条件反射や日常の中の習慣や癖と言った深層心理ってヤツかな。最後にそのまた更に下に位置するのが人類の集団的無意識」
「集団的無意識? 何だそりゃ、初耳だ」
「ええ、この説は人の心の中には共通のイメージを持っているって事…例えば仏教で言う菩薩は西洋の神殿にある女神像であったり日本の神話や伝説に酷似した話は世界中にたくさん在ったりと言うような事。無意識の無意識だね」
「話が大きくなってきたな」
「そうね。つまり人の心の底は、他人とインターネットのように繋がっているって事が言いたいの」
「人の心が繋がっている…そんな訳」
「現に心理学の面から見た夢判断なんて物はそう言った考え方を取り入れているよ。それに、私の使った精神感応って手段だって直接的に他人の心の中に侵入している」
「だけど」
「人の心の繋がり、例を挙げれば親しい人や身内が夢枕に立つ事や、双子や親子が違う場所にいて同時に片方の危険を感じ取る事も現実にある…虫の知らせね。こう言った現象は科学的にも遺伝子、血の繋がりによって起こりうる事だという。動物は人の発する磁力によって離れていても誰だか知る能力があるそうよ」
「そうなのか」
「もし人の意識が遺伝子によって繋がっているとすれば「人類皆兄弟」って言う、あの言葉もまんざらでもないのよね」
「確かにな…でもさ」
「それに私達、闇風は鬼や魔と戦うためにドーピングする事は言ったよね。薬品によって心体能力を極限まで高めるの。その時、もともと人間の脳は通常10%程度しか使っていないんだけど、ドーピングによって20%~30%近くまで引き出せるようになるの…まあそれは個人差があるから、その人にあった薬品を調合してもらうけどね。これにより脳の使用領域が広がって処理速度が上がり、心体能力の60~80%くらいが戦闘中に解放される。そして筋力に骨が耐えられる範囲でのリミッターカットが可能となるの。成人女性の筋力には片手で70キロを持ち上げられるだけの力があるそうよ。ちょっと話がそれたけど、ドーピング中には”伝心術”って言うテレパシーのやりとりも可能になるの」
「テレパシーって…あれ?」
「ええ。でも、それなりの訓練が必要。これは精神感応の応用だけどね。結論として、やはり人の心は繋がっていると思うの」
「…なる程」
そう答える直人は内心「俺ってこんなに騙されやすかったのか!」などと、ゆかりには決して言えない台詞が頭に浮かんだ。
時折見せるゆかりの博学さに目を見張り、また少し「闇風」という組織に盲目的で入りすぎているのでは、と直人は心配になる。
「そうなると、「夢」という現象も個人の脳の働きだけではなく、他人とのネットワークで情報が流れ込んでいる可能性もあるの、だから私達のような人間は夢だからって侮る事はないのよ」
ゆかりは少し溶け始めたフルーツパフェを口に運ぶ。
「じゃあ、俺の見た悪夢も」
「分からない。でも何か重要な事かも知れないし、人の魂が本当に輪廻転生するのであれば、肉体が魂の器で在るように、魂はその時代その場所の人格の器って事になると思う…一つの魂には幾つもの人格があるのかもね。だから夢には高い位置にいる自分の人格からの助言であったり、もしくは最近体験した出来事の投影であったり、もしかしたら他人から流れ込んだ情報の一部だったのかも知れない。覚えていないんだからしょうがないけど…私としては結構心配かな」
「何でそんなに深山は俺を気遣ってくれるんだ。学校でも何かと俺をかまっていたし」
直人は率直な疑問をゆかりに投げてみた。
「え…?」
ゆかりはなぜか下を向き直人の顔を真っすぐ見ようとせずモジモジしている。
「トイレは外だ」
再び訪れた気まずさに耐えかね直人は茶々を入れた。
「ち、違うわよ!!!」
「あのさ、何か変な事聞いたか? 俺」
直人はゆかりの顔を見た。
「その…あの…ね」
ゆかりの歯切れは悪い。
「いや、無理にとは言わない。ただ何でかな…と」
「…その私、二年生の途中で転校してきたでしょう」
ゆかりは重い口を開いた。
「ああ、そうだな。でも、今考えてみるとあの地区に転校してきたのも闇風の任務なんだろ」
「うん…あの時私、教材関係を全然持ってなかったんだ」
「まあ、当たり前だよな」
「その時、私の隣の席にいた…直人君が親切に教科書を貸してくれたの。覚えている?」
ゆかりはチラリと直人を見た。
「ああ、何となくは」
「あの時、直人君とても優しかった…」
「は? でも、あの時は確か…俺、授業を受けるのが面倒で寝てたんだぞ。使わない俺が持っているより必要なヤツに貸した方がいいと思ったからであって、そんな優しいとか親切とは無縁の行動だ」
直人はうる覚えの記憶を頼りにその当時の行動を分析した。
「多分そうだろうとは思ってた、だって直人君その後よだれ垂らして寝てたもん。一番後ろの席だと思って油断してたんでしょう」
「まあな…」
「あの後、先生に当てられて慌ててたよね」
ゆかりは楽しそうに話す。
「そうだっけ?」
ゆかりの記憶程、直人は鮮明に覚えてはいない。それ程、直人にとって印象に残る出来事ではなかったからだ。
「私、こんな事してるから転校とか多くて、あんまり友達できなかったんだ。中には気の合う子とかできたんだけど、結局任務が終われば次の任務が待っている」
「そうか」
「初めてだったの、男の子に優しくしてもらったの…あの時から、私…気になってよく目で姿を追ってた…」
そこまで言うとゆかりは頬を赤く染めうつむき黙ってしまった。
「み、深山…どういう意味だそりゃ…俺には、そんな」
ゆかりの告白ともとれる言葉に直人がぎこちなく何かを言おうとする。
「そ、それにしてもここ最近、この辺りの鬼の出現率は高すぎるわね」
ゆかりは強引に話題を変えた。
「そ、そうなのか?」
直人もそれに合わせる。
「ええ、「時代の裂けめに鬼が出る」って言うけど今がその時なのかもね」
「時代の裂けめに鬼が出る?」
「そう、人が人を憎んだり恨んだり妬んだりしなければ「鬼」なんて存在も居なくなるだろうに」
ゆかりは鬱陶しそうに言った。
「でも、それは無理なんじゃないのか。現に深山だって鬼を憎んでいるみたいだし、もし人間がそれを可能にしたら世界から戦争なんて事も無くなるだろうし、善意だけで生きていけたら…飛躍しすぎかもしれないけど、”お金”って言う通貨まで無くなるかも知れない。人間は馬鹿じゃないけど、そこまで賢くも無ければ、そんなに器用でもないと思うぞ」
「そうよねぇ…人の精神。「魂」が進化出来ればいいのにねぇ」
ゆかりは溜息混じりに言った。
「心の進化か…そうなったら深山、闇風の必要性が無くなるな」
「私達の存在意義は「魔」を倒す事にあるからね。でも無いに越した事ないのかもしれない」
ゆかりは頬杖をついて直人を見た。
「ところで深山。良いのか? その…言い難いんだが」
直人はゆかりの瞳を真っ直ぐ見つめ返して言った。
「な、何が?」
ゆかりは頬を赤らめ再びうつむく。
「パフェ、溶けてるぞ、かなりな」
「へ? 何の事?」
ゆかりの前にあるグラスの中でアイスクリームがデロデロに溶けている。
「フルーツパフェだ」
直人はそれを指さし言った。
「!? あああーっ!!!」
ゆかりの悲鳴が店内に響き渡る。
「早く言ってよっ!」
ゆかりは必死の形相でスプーンを走らせるが、飲んだ方が早そうだ。デロデロフルーツパフェをゆかりが食べ終えると、程なくしてしてから直人達は店を出た。
二人はその後、緋桜駅のメインストリートで再びウィンドーショッピングを楽しんだ。日も沈みかけ、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時に思わぬ人物に出会った。
黒いスーパースポーツバイクの400㏄。
「よう直人」
突然、直人は背後から声を掛けられた。
タイガーカラーのライダーブルゾンに黒い革パンツの男。
「隆司!?」
杉森隆司であった。
「珍しい所で会うな。買い物、デートか?」
隆司は直人のそばにいる女性が、ゆかりだと気づいていない。
「ま、まあな」
直人はぎこちない返答をする。
隆司は「へえ」と言いながら、ゆかりの身体を下から舐めるように見た。
ゆかりは隆司のこのヤラシイ視線を博子の記憶の中で見知っていた。
「こんにちは、杉森君」
「あれ、ゆかり…ちゃん?」
ようやく気づいた隆司は変な声を上げた。
「そうだよ。誰だと思ったの」
「知らない子。何だ、いつから二人はそんな仲になったんだ。直人、博子ちゃんはどうしたんだよ? そう言えば、浅黄市の方じゃ猟奇殺人が起きてんだろ…被害者の名字が確か「神崎」だったけど、お前の家じゃないよな?」
隆司は笑っているように目を細めて直人を見た。
「あ…ああ」
直人はうつむき呟やいた。
その時、キッとゆかりが霊気を乗せた眼力で隆司を睨みつけた。
微かに滲み出た「鬼気」が吹き飛び、隆司はギョッとした顔でゆかりの顔を見た。
「な、何か俺、二人の邪魔したみたいで悪かったな…じゃあ帰るわ」
ドルウン
低い排気音、 隆司の乗った黒いバイクはネオンに囲まれた道を進み国道へと消えていった。
「間違いないわね、直人君見えなかった?」
ゆかりは冷たい視線で隆司を見送る。
「…何の事だよ?」
「そっか、じゃあ家に帰ってから全部話すわ。それに本部からの連絡も来てるから」
何の事だかさっぱり分からない直人は釈然としない。それよりも、直人は「もう以前の生活へは戻れない」と言う思いが隆司と会う事によって、より一層強く感じられ寂しさを覚えた。
「そろそろ帰ろうか」
「そうね」
直人の言葉にゆかりは快く応えた。
フォーンッ
日が沈みかけた薄暗い逢魔が時。
制限時速を優に超えた速度で車の間をスリ抜けていく黒いバイクが国道に一台あった。
「ちきしょうっ!」
隆司は吐き捨てた。
「何でアイツなんだ。博子だけでなく、ゆかりちゃんまで…ちきしょう!」
黒いバイクは加速する。
「そうだ。博子と連絡がつかないから、ゆかりちゃんにでも相手してもらおうかな…そうだそれが良い。直人、博子だけじゃなく、ゆかりもメチャクチャにしてやるよ…お前だけに良い思いはさせないぜ…楽しみだぁ」
隆司はフルフェイスヘルメットの中で下卑た笑いを浮かべた。
モゾリ
隆司の心の中で何かが蠢いた。
「…何だ? 文句があるのかよ」
モゾリ
再び何かが動く。
隆司の心の中で何かが「危険だ」と告げている。
「何が危険なんだ?」
開いていたアクセルを緩めバイクの速度を落とす。
モゾリ再び隆司に答えるように何かが意識の中を這い回る。
(あの女は危険だ、手を出すな…だが、もう気付かれてしまったかも知れない)
隆司の意識の中に別の意識が潜り込み告げた。
「どういう事だ? 俺にはお前という「力」がある。何を恐れてるんだよ」
隆司は訝しげ(いぶかしげ)に言った。
(闇風)
意識が隆司に告げる。
「闇風? 何だよそれ」
(敵)
「敵? 俺達の敵って事か」
(そうだ。お前もあの娘の力を感じただろう)
「…あれかっ!」
隆司はゆかりの眼力を思い出した。
(危険だ)
意識は言う。
「敵なら話が早い。倒せば良いんだ。その後は俺のお楽しみだ。久しぶりに狩りに行くかぁ? 相棒」
(出向くまでもない…今夜あたりに封殺に来るだろう)
「ど、どうするよ?」
(罠を張ればいいだけの事)
「罠…」
(そうだ。下準備が必要だ)
「おう、しっかりその手順をレクチャーしてくれよな相棒!」
(承知)
モゾリと一際大きく心の中で跳ねたと思うと意識は隆司だけの世界となった。
「さあ、とっとと家に帰って出迎えの準備だ…面白くなってきたぜ」
ゆかりへの恥辱を想像してニヤけた隆司は言うと、アクセルを一気に開き夜の国道を黒いバイクでひた走っていった。




