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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
四章

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鬼影(きえい) 1

 「…ここは…どこだ…」

 直人は黒い空間をただ水草のように流されていた。いや、止まっているのかもしれない。それ程までに五感の働かない空間を彷徨さまよっている。

「一体、俺は」

 そこまで言った時、何かとてつもなく強大な恐怖が直人を襲おうとしている事を気配で感じ取った。

「な、何だ!?」

 ゴウッという音と共に黒い空間に激流が押し寄せる。

「ぐはあっ!?」

 激流は直人の体を激しく揉んだ。

「う、うわああああああ!!!」

 その激流の中心と思われる空間から、およそ殺気とでも言うような黒い恐怖が現れ直人の体を鷲掴みにした。

 直人は黒い世界に引きずり込まれていった。



 目の前に男が立っていた。

 夜の闇に溶け込む漆黒のスーツに身を包み、その手には五行結界の淡い光を受け浮かび上がる白銀のやいば

「何故だ。お前の望みとは、こんな結末を迎える事だったのか?」

 男は仰向けに倒れ動きを封じられている黒い一角鬼に静かに語った。

「グ、ゴオガアアア…」

 かつての双角鬼は以前の戦闘で失った角跡をくすぶらせ苦しそうに呻いた。

 鬼の力の源は角であるが故に、本来の力が引き出せない。

「人の言葉も忘れたか…哀れ」

 男の表情からは無念の思いが感じられる。

「あなたっ、早く。ばくが破られる、これ以上この強大な力を縛るのは私には無理よ!」

 離れた所で印を結びながら巫女は叫んだ。

「鬼とはむべき存在、それに惑わされ鬼精体きせいたいにその身を奪われたはおのが未熟。せめてもの情けはこの俺の手でける事…さらばだ友よ。迷わず浄化せよ!」

 男は別れの言葉が終わると同時に手にした刀を上段に振り上げた。

「グオオオオオオオオオッ!!!」

 鬼は雄叫びを上げ、凄まじい鬼気を放出した。

「くっ!?」

 男は身体を低く構えその鬼気に耐えた。

 ピシイイイイイイイッ

「きゃああああああ!!!」

 何かが弾ける音と共に、離れた所に居たにも関わらず巫女は吹き飛ばされ剥き出しの岩に叩きつけられた。

小夜子さよこ!?」

 男が叫び確認するが、後頭部を岩に叩きつけられた巫女が致命傷である事は一目で理解できた。

「き、京一きょういち…」

 白い巫女装束を血に染めて、男の名を呼ぶと巫女はそこで事切れた。

 鬼を囲んでいた五芒星の淡い光に影が落ちる。

小夜子さよこおおお!!!」

 叫ぶ男の下で鬼の赤い眼が細く笑った。

 ドゴッ

「ぐはああああああっ」

 男は痛烈な一撃を顔面に食らい吹き飛ばされながら、相剋五行界そうこくごぎょうかいの束縛が無力化した事を知った。

「グオオオオオオッ」

 鬼は雄叫びを上げると同時に吹き飛ばされている最中さなかの男を追い地を蹴った。

 ゴウッと言う地を振るわす轟音が辺りに響き渡る。

「がはあああっ!!!」

 男は鬼の接近に気づき空中で体を反転させ、落下地点をわずかにずらしたが着地と同時に電光石火の如き鬼の膝蹴ひざげりが男の左腕を潰した。

 ざん

「グオオオオオオッ!?」

 男の首を掴みにきた鬼の左腕が空に赤い花を咲かせながら宙を舞った。

 続いて男の蹴りが鬼の延髄えんずいに炸裂、その隙に乗じて鬼の下から逃れ距離を取った。

 鬼と男は対峙する。

「互いに右腕しか使えんな…ならば俺はこの一刀に全てを掛ける。貴様にまだ人の心があるなら俺に応えて見せろ、氷室晃治ひむろ こうじ!」

 男は静かに刃を上に向け刀身を「突き」の体勢へと低く構えた。

 鬼もまた同じ体勢を取り、手刀を低く構えた。

「参る」

 男はわずかに笑みを浮かべながら駿足しゅんそくの一閃を繰り出す、また鬼も男と同じタイミングで駆けだし抜き手が走る。

 刃と手刀が線で交差した。

 肉の裂ける音。

「ぐはっ!!!」

 男の胸には鬼の手刀が深々と突き刺さっていた。

「グウウウッ!!!」

 また、男の繰り出した刀身も鬼の胸に深々と突き刺さっているが、わずかに心の臓を外している。

「…俺の…勝ちだ。晃治…」

 男は血を吐きながら言った。

 鬼は赤い眼でほくそ笑む。

羅刹らせつ。俺に力を!」

 鬼の顔が驚きと恐怖に引きつった。

邪鬼滅殺じゃきめっさつっ」

 男の声に反応するように鬼に深々と刺さった刀、「羅刹らせつ」が淡い光を放ちだす。

「グオオオッ!?」

 鬼は慌てて離れようとするが男の胸から腕が抜けない。

鎧破がいはああああああ!!!!!!」

 刀身から発せられる光が更に増していく。

「グウオオオオオオオオオッ!!!!!!」

 闇夜の山に鬼の断末魔がこだました。 

 ブラックアウト。

 世界が変わる。

 黒い、黒い空間に直人は浮き草のように彷徨さまよっている。

「…どこだここは…」

 直人は呟く。

 黒い空間に激流が生まれ直人の体を激しく揉んだ。

「う、うおおおおおお!?」

 激流の中心から巨大な獣の腕が現れ直人の体を鷲掴みにした。

 その腕の奥に鋭く光る、獣の赤い眼が細く笑う。

「は、離せえええええええええっ」

 腕は直人を握り潰そうと力を更に加えた。

「うがああああああ!!!」

 直人の悲鳴が真夜中の3LDKの部屋に響き渡った。

「…君…」

「うああああああっ」

「…おと君…」

「やめろおおおおおおっ」

 直人は必死に叫ぶ。

「直人君!」

 パンッ

 ゆかりは直人の名を呼びながら頬を激しく叩いた。

「がっ!?」

「しっかりして、直人君。目を覚まして!」

 瞳に涙をいっぱい溜めたゆかりの顔が直人の目に飛び込んできた。

「…深山?」

 直人は呟いた。

「気がついたのね。良かった…いくら呼んでも目覚めないんだもん。物凄く心配したんだよ、あんなにうなされて…」

 ゆかりは涙声で言った。

 その時、直人は何も言わずにゆかりを強引に抱きよせた。

「な、直人君…どうしたの?」

 戸惑うゆかりに直人は何も答えない。

 ゆかりは直人の身体が微かに震えている事に気がついた。

「怖い夢だったの?」

 ゆかりは耳元で優しくささやくと直人の背中に両手を回した。

「…すまない深山…しばらくこのままにさせてくれ、すまない…」

 直人は小さく呟いた。

「いいよ、いつまでもこのままで…」

 ゆかりは直人の胸に顔をうずめて言った。

 時計は午前三時を指していた。



 朝倉は自分のデスクに座り、集めた情報と昨日までの不可解な出来事を頭の中で整理していた。

 何よりもショッキングだった出来事は昨日のニアミスだった。あの後、平井が来るのを待ち、同じ方向へ移動したがやはり足取りは掴めず、仕方なしに緋桜ひざくら市に戻ると不動産会社と学校に赴き、ゆかりの情報を集める事にした。が、驚いた事に不動産の書類を元に身元を確認したところ情報はデタラメ、「深山ゆかり」などと言う人物はどこにも存在していなかった。また、在籍していた学校にはゆかりのデータはおろか直人の情報まで無くなっていた。残っていた筈の手書きの書類や内申書、入学手続きなどの紙媒体は何故か全て紛失、校内サーバーに保管されている筈のデジタル化された情報は、昨日午前中のサーバーダウントラブルで消失と言う有様だった。残っていたのは卒業アルバムくらいの物で全く役に立たない。

「どうなっているんだ…一体」

 朝倉は誰に言うでもなくうめいた。

「全くだ、デジタル化だとよく叫ばれていたが個人の情報までコンピューター管理なんてするからこんな事になるんだ。役所の個人情報の管理なんて言うあれも考えもんだな」

 平井は嫌気がさしたように言った。

「そう言う事は行政に言ってくださいよ。しかし、あれには利点があって…」

「そんな事、今はどうでもいい…結局、俺達は巻かれちまったって事は確かだな」

「…ええ、足取りが完全に途絶えました」

「でもよ朝倉、お前の言う通り姿が見えないなんて事があるのか? そりゃ妖術だぞきっと、時代小説に出てくる悪い忍者とか妖怪が使う」

 平井が煙草を吹かした。

「喫煙所行ってくださいよ」

 浅倉は手で煙を散らした。

「…遠い」

 平井は上の空で答えた。

「でも、平井さんも動画を観たでしょうっ」

 鼻息を荒くした朝倉が言った。

「あ、ああ観たけどな、焦っていて見落としたとか…目が疲れていたとか色々と…な訳無いかぁ。動画じゃ二人はお前の目の前にいたからなぁ」

 平井は釈然としない感じで言った。

「そうですよ、俺の目は節穴じゃないですよ! でも見えなかったんだ…本当です、信じてください。昨日平井さん言ったじゃないですか。「この事件は現実離れをしている、普通の捜査の仕方じゃダメだ」って、常識の眼鏡を外して見ないとこの事件の真実が見えてこないんですよ。俺も認めたくないですけどね…」

「まあ、俺はお前を頼りにしているが、あまりにも現実離れしすぎている。この事件で不自然な箇所はいくらかあるが、理由を付けようとすればいくらでも解釈できる範囲の事だ。ただ不自然になるから付けないだけだからな…神崎を捕まえたらじっくり違和感を感じた所やこの大がかりな根回しを聞き出したいもんだな」

「…はい」

「止まっていても始まんねえぞ。前に進むぞ朝倉、逃がしちまったもんはしょうがねえよ。いつまでも落ち込むな」

「しかし、もう手がかりが…」

 朝倉は落胆していた。

「一つだけ神崎と繋がりのあるヤツがいるだろう」

「…杉森隆司ですか?」

「そうだ。と言っても神崎は会いに来ないだろうなぁ。親友って聞いていたが、友達には見えなかったからな」

「ええ。でも、それしか俺達にはもうありません…賭けてみますか平井さん」

 朝倉は眼鏡をかけ直した。

「賭けか…宝くじ並みの確率かもなぁ。しょうがない、杉森を張るか。このまま引き下がったら上の思惑通りだからなぁ」

「ええ」

「正直、お前の”直感”ってヤツはどうだ?」

「…神崎と深山が会いに行く理由が見つかりません」

「俺もだ。直感だの賭だの言ってる刑事は出世しねぇぞ朝倉」

「平井さん、最近賭け事が多いですよ」

「何で俺が万年捜査員だか知ってるか?」

「何となく分かってきました」

 平井はニヤリと笑った。

「行きましょう」

 二人は刑事課と書かれた部屋を後にした。


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