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鬼刻の夜明け―卒業式。鬼になった彼女を、守れなかった俺は  作者: MASAO
三章

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幻夢 4

 直人は国有線本線の車窓から流れる風景を眺めていた。

 深山の言う通りなら博子は、もう目を覚まさないか、それとも覚ましたはいいが重度の精神障害を持つ…最悪、脳死という可能性もある。いつまでも逃げていていい問題ではない。しっかりと現実を受け入れてから俺は「闇風やみかぜ」になる。博子を傷つけた事は紛れもない事実だ。直人は心の中で誓った。謝って済む問題でない事は分かっている。しかし、今の直人に出来る事はこれ位しかなかった。

「直人君」

「え? 何、何か言った」

 直人は我に返りゆかりの顔を見た。

「何かじゃないわよ、もう着くよ。まだ寝ぼけてんの?」

 ゆかりは頬を膨らませながら、手にしているバックで直人をド突いた。

「悪い」

「竹下さんの事考えていたの…」

 ゆかりは視線を直人から窓の外へと移した。

 車内に浅黄あさぎ駅への到着を告げるアナウンスが響く。

 二人は電車を降りると改札口で駅員に浅黄あさぎ救急病院の場所を聞くとバス乗り場のある北口ロータリーに出た。

「何番だっけ、バス停?」

 言いながら直人はゆかりを見た。

「三四番…て、直人君ちゃんと聞いてなかったの?」

「おっ。あれだな、深山置いて行くぞ」

 直人はゆかりの言葉を聞こえないふりして目的のバス停へ向かった。

 それから程なくしてバスは到着する。二人はバスに揺られながら十五分程の所で降りた。

 浅黄あさぎ市の外れにある救急病院は中央分離帯のある幅の広い工業用道路に面していた。

 二人は病院と反対側車線の歩道に立っていた。右の遙か遠くに横断歩道、左の遙か遠くには歩道橋がある。無理に道路を横断しようものなら乗用車、もしくはダンプカーに撥ねられかねない交通量だ。

「どっちにする」

 ゆかりが聞いた。

「どっちもどっちだが、横断歩道にしよう」

 直人が答えた。

「そうね、余計に歩くのしんどいよね。特に階段とかは」

 二人は右に歩き出す。

 ようやく病院に着いた直人達だったが、面会は午後からと言う事を受付案内の看護婦に聞かされた。その際、博子の友人と言う事を伝え様態も聞き出せた。

 二人はリハビリ用の公園に移動した。

「どうする? 一般の面会は午後だけど、竹下さんは面会謝絶だよ。意識もまだ戻ってない」

 ゆかりが直人の意見を求めた。

「忍び込む」

 直人が呟く。

「どうやって?」

「こっそりと」

「あんまり人に見られると後々、直人君やっかいだよ」

「分かってる。ここまで来たんだ顔を見ておかないと、それに様態が安定すればどこかの大学病院に搬送するんだろ」

「まだ、予断が許せないとも看護婦さん言ってたよ」

「それでもだ」

 直人はテコでも動かないぞとばかりにゆかりを見た。

「分かった、私も来たからには彼女から聞き出すからね」

「…はあ?」

 ゆかりの言葉に、直人は「何言ってんだ」という顔をした。

「それじゃあ、私の言う通りにしてね」

「ああ」

「まず手をつないで、それから気配を殺して、後あんまり人前では喋らないでね」

「手をつなぐのか…」

「いやなの?」

 ゆかりが寂しそうな顔をした。

「い、いやじゃないけど、それに気配を殺すってどうしたらいい?」

「心を落ち着けて、なるべく息をしない。呼吸を止めろなんて言わない、ただ静かに小さく息をして、それからたいさばきに気をつけてね」

「それだけでいいのか?」

「そう、言う通りにして。そうしないと忍び込めないよ」

「分かった」

「これから「影無えいむ」をかけるから」

「えいむ??」

「そう目くらましよ、相手から自分の姿を見えなくする術」

「はあ?」

 直人は気のない返事をした。

「あっ、信じてないね…それじゃ行くよ」

 ゆかりは言うと素早く九字の印を結び精神統一をはかる。霊気を高めるとくうに五芒星桔梗印を切った、そして上着から護符を取り出しぶつぶつと呟き、気合いの乗ったかけ声を出し左手にその護符を持ち直人の右手を握った。

「おっ…!?」

 直人がそれに驚き「おい」と言いそうになるとゆかりは唇に人差し指を当てた。

 ゆかりの術は発動したらしい。

 二人は静々と正面玄関の自動ドアから院内に潜入した。

 正面にいた案内看護婦が一瞬こちらを見る。が、視線を再び机の上の書類に戻す。二人はゆっくりとその脇にを通ろうとした時、看護婦が突然席を立ち上がり自動ドアの前まで行くと二、三回自動ドアを開けたり閉めたりして不思議そうな顔をして席に戻ってきた。

 それを見ていた直人にゆかりがにっこりとオッケイのサインを出した。

 二人はそのまま奥へと進む。

「うっ」

 頭痛が起り直人は小さく呻いた。

 院内の至る所の空間が微かに歪んでいる。

 病院は人の死が常にある場所だ、よく見るとあちらこちらに死にきれない霊が浮遊していた。

「…忘れてた」

「気にしなければ大丈夫、奴らにも見えてないはずだから」

 ゆかりは小声で言うと、直人の手を引きゆっくりと進んでいく。

 博子のいる集中治療室は二階のナースステーションのすぐ隣にあった。二人は静かにその部屋へ入る。そこは外の雑多から離れ、心拍数を告げる電子音だけが響いている薄暗い部屋だった。隣のナースステーションから漏れる明かりがもの悲しい。

 寝息が二つ。

 ちょうどいい事に部屋の隅に作られた仮設ベットの上で博子の母親らしき女性が仮眠をとっていた。

 直人達は博子のいる中央のベットを覗き込んだ。点滴を受けながら静かに寝息を立てる博子はただ眠っているように見える。その姿が痛ましく見え、また直人を襲い両親を殺した恋人のなれの果てに息を呑んだ。

「…博子」

 直人は静かに呟いた。

 そんな直人をゆかりは静かに見つめている。

「すまない」

 直人は目に涙を溜めながら一言だけ言った。

 ここに来ても俺は博子の力になれない。結局、自分を納得させる為の欺瞞だと直人は悔やんだ。

「…直人君…もういいの?」

 その後、直人から言葉が出ないのを確認するとゆかりは静かに尋ねた。

「ああ、ありがとう…」

「それじゃ、私の用事すませるね」

 ゆかりの言葉に直人は首を傾げた。

 そう言えば深山は博子に何か聞くと言っていたが、この状況では無理じゃ…まさか、叩き起こそうってんじゃないだろうな。と言う心配が直人の中に生まれた。

「深山、これじゃ無理だろ帰ろう」

「叩き起こしたりしないよ、精神感応するの」

 ゆかりは笑いながら静かに言った。

「精神感応?」

「そう、サイコダイブってやつ」

「意識に潜り込む…やつ?」

 直人は考えながら言った。

「そう。霊視れいしやサイコメトリーの応用術。だからしばらくの間、話しかけないでね。それとこの手を離さないでね。この中には術の、「影無えいむ」の護符が入っているから、ねっ」

 言うとゆかりは荷物のバックを床に置き、博子の額に右手を置き意識の集中を始めた。

 ゆかりはそのまま動かなくなり室内には再び心拍を告げる電子音だけとなる。

 もの悲しい音、直人はそう思った。



 朝倉は国有線の西緋桜にしひざくら駅で平井と別れ、本線で浅黄あさぎ救急病院へ向かっていた。

 平井はそのまま車で病院に直行する。

 今の時間帯、車では間に合わない、そんな思いから朝倉を電車に駆け込ませた。朝倉は浅黄あさぎ駅に着くとすぐさまタクシーに乗り込み先を急いだ。頭の中は「間に合え」そんな言葉が占めていく。

 タクシーは十分程で目的の病院のエントランス前に着いた。

「ツリはいらない!」

 千円札を運転手に渡すと朝倉は駆けだし院内へ入って行った。

 領収書はいらない、どうせ経費は出ないのだから、朝倉はそんな事を考えながら事件を追う。

「すみません。私こういう者ですけど高校生らしき男女来ませんでしたか?」

 息を荒くした朝倉は警察手帳を取り出し受付の看護婦に尋ねた。

「あの、何かあったんですか…」

 看護婦の口から出た言葉は朝倉の求める答えではなかった。

「高校生の男女は来なかったですかっ」

 朝倉は苛立ち少し声が大きくなった。

「は、はい来ました」

 看護婦は少し脅えたように言った。

「いつ!」

 身を乗り出す朝倉。

「十分程前に、竹下博子さんのお友達だとか言ってました」

「それからっ」

「そのまま帰りました」

 看護婦は少し冷静になり言った。

「帰った?」

「はい、竹下さんは面会謝絶だと伝えましたので」

 朝倉は少し考えてから「ありがとう」と言ってその場を去った。

 階段を上がり二階のナースステーションで竹下博子がまだ集中治療室にいるのを確認してから、許可をもらい集中治療室の扉に手をかけた。

 静かに戸を引き朝倉は中に入る。

 ピッ

 ピッ

 電子音。

 中央のベットに寝ている博子と床に置かれたバック、隅には仮設されたベットで母親が寝ているだけで、後は医療器材だけの薄暗い部屋だった。微かに鼻孔をくすぐる甘い香りと暖房のせいか室内はわずかに暖かった。

「…いる訳無いか」

 そう呟くと静かに集中治療室から出た。そして目の前の廊下に設置してある長椅子に朝倉は腰を深く下ろした。

 来ていた! 神崎直人と恐らく深山ゆかりは間違いなくここへ来た。近づいている、もうすぐだ。その事を考えると朝倉は身震いした。

 朝倉は立ち上がると横にあるナースステーションに顔を出し、自分の他にこの部屋へ入った者がいないかを確認した。

 その時、スマートフォンが激しく鳴った。

 運の悪い事に婦長と話していた朝倉は「院内での携帯電話の使用は厳禁です」と睨み付けられ慌てて通話を拒否した。

 謝りながら朝倉は病院の外へと急ぎ、着信を確認した。

「平井さんか」

 朝倉は平井からである事を確認すると折り返し電話をかけた。

「もしもし…朝倉かいきなり切る…」

 平井は電話にすぐ出た。

「あ、平井さん。奴ら来てましたよ」

 朝倉は平井の言葉を遮った。

「そうか、俺も急いで行きたい所だが…」

「どうしたんですか?」

「日比野橋渡るかなり手前で渋滞に捕まっちまった。後、三十分位はそっちに行けそうにないな」

「そうですか…やっぱり。分かりました、奴らはまだ竹下博子と接触して無いようなので俺は集中治療室の前で張ってます」

「そうしてくれ、俺もなるべく急ぐ」

 残念でならない声で平井が言った。

 朝倉は電話を終えると再び院内へと歩き出した。


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