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鬼刻の夜明け  作者: MASAO
序章
1/51

 赤い。

 朱い。

 あまりにも紅い花が咲いた。

 それは血の色。

 まだ幼い少年には想像する事もできない凄惨な光景。



 耳鳴りがする。

「…眩しい」

 目を開けた直人の世界がフラッシュアウトをした。

 突き刺すような日差し。

 せわしなく聞こえる蝉の声。

 鼻を突く深緑が萌える匂い。

 夏の山。

「暑い」

 手を日にかざしながらゆっくりと目を開いた。

 白く眩しい世界の輪郭がはっきりと姿を現す。

「大丈夫? なお君」

 声のした方へ直人は目をやった。

「由美ねえちゃん」

 髪を一本に三つ編みした従姉の由美は直人を心配そうに上から覗いている。

 小学一年生の直人から見た中学生の由美はとても大人に感じられた。

「あれ程、赤土の上は滑るから走っちゃダメって言ったのに…なお君、大丈夫? 立てる」

 由美は地面に仰向けで寝ている直人に手を差し伸べた。

 直人は夏休みを利用して家族で祖母の家に遊びに来ていた。そして、従姉と近所の子供達とで一緒に山へハイキングに来ていた事を思い出した。

「うん。大丈夫、立てるよ」

 直人がその手を取ると引き起こされた。

「はい、後ろ向いて」

 由美の言う通り直人は後ろを向くとシャツやズボンに付いた汚れを落としてくれた。

「直人が転んだってー。大丈夫かよ?」

 小学六年生でスポーツ刈りの利発な健太が由美の背後から近付いて来た。

「うん、平気だよ健ちゃん」

 直人は急に自分をカッコ悪く感じ、強かに打った背中が痛むのを必死に堪えながら言った。

「これだからミソッカスは困るんだよなぁ」

 健太が偉そうに言う。

「何言ってんのよ! 健太がはしゃいで駆け出すからみんながついて行ったんじゃないのよ!」

 由美が怒った。

「何だよ、年が一つ上だからって威張んなよ鼻垂れ由美!」

「何ですって! だいたいあんたのお母さんに頼まれて私は連れて来てあげてんのよ。私は保・護・者。お解り? お漏らし健太!」

「くっ」

 由美の反撃に健太は言葉を失った。

「私の勝ちね。雪ちゃんとシン君は?」

「この先にいるよ」

「そう、ちゃんと年上なんだから面倒見てあげなきゃダメよ」

 健太は「分かってるよ」とその場を走り去った。

「こら! 走らない! もう、全然言う事聞かないんだから。それじゃぁ、なお君。気を付けて歩こうね」

 由美は直人の手を取り山道を歩き出した。

 街に住む直人には、まるで冒険をしているようでハイキングはとても楽しかった。しかし、日が傾き始めた頃に事態は一変した。

「変ね…何か道がどんどん狭くなってきてる」

 由美が一人呟いた。

 先頭を行く健太もそれに気づいているようだが、ガムシャラに前へと進んでいく。由美も健太もこの山は小さい頃から登っているので迷わない自信があったが、過信していたようだ。

「休憩しよう」

 健太が言った。

「もう日が暮れるよ。私疲れた」

 直人の三つ年上でおかっぱ頭の雪が不安な声を漏らした。

「僕、足が痛いよう」

 小学二年生の小太りな新一が言う。

「ねえ、健太。ちょっと変だよね。もうふもとに出る道と合流してもいい頃なのに…時間かかりすぎだよ。道、迷った?」

 由美が健太の隣に来て小声で言った。

「…かもしれない」

 それに健太も静かに応えた。

 赤土の急斜面から伸びている赤松群が夕焼けの朱い光を浴び世界を血の色に染めているようだと直人は感じ恐怖した。

 その後、直人達は黄昏たそがれの山を何度も徘徊したが、現在位置を把握する事なく日は沈んでしまった。

 一行は少し開けたところで朝が来るまで待つ事にした。

 真暗な山の中、五人は肩を寄せ合い話をしたり歌ったりして気分を落ち込ませないよう時間を過ごした。

 時折、雲に隠れていた満月が顔をのぞかせ、辺りを薄暗く照らした。

 そんな中、直人は小便をしたくなった事を由美に伝えると近くの茂みまで付いて来てもらった。用を足した直人が由美とみんなの元へ戻ると健太が迎えた。

「何だ直人。一人でションベンもできないのかよ」

「一番小さいんだから仕方がないでしょう!」

 由美が反論した。

「僕…次から一人で行けるよ」

 ドンッ

 直人が言い終わった瞬間、健太の背後に何か巨大な黒い固まりが空から落ちてきた。

 シュウッ

 風を切る音。

 同時に雪と新一の首が宙を舞った。

 少し遅れて真っ赤な血が身体から花火のように噴き出す。

 黒い固まりがこちらへゆっくりと振り向いた。

 赤い眼。

「う、うわあぁ!?」

 グシュッ

 健太の悲鳴が終わらない内に体が由美の目の前で肉片となり飛び散る。

「えっ?」

 由美は顔に付いた血を拭い取り、目の前に現れた赤い眼をした大きな獣を見た。

 フシュウウウウウウッ

 獣は深く息を吐いた。

「い、いやあああああああああ!!!」

 由美の悲鳴に合わすように獣の赤い眼が笑う。

 グシャッ

 辺りに鈍い音が響く。

 紅い花が咲いた。

 由美の頭が巨大な獣の腕に握り潰された。

「由美…ねえちゃん?」

 直人の喉からようやく声が出た。

 ギラリと赤い眼が直人を捕らえた。

 金縛りにあったように直人の体は凍りつく。

「ガアアアアアアッ」

 獣が雄叫びを上げ、直人にその爪を振るう。

「うわあああああああああっ」

 世界が紅い…紅い世界の底。

 深くどこまでも黒い世界に直人の意識は沈んでいった。

 一筋の蒼い光があった。

 見つけた…

 何かが囁いた。

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