詮索と疑惑
「私の家族? ああ、向こう岸に置いてきた」
その日の夕食後、昨日同様に読書に勤しんでいた加瀬さんに問いかけてみると、なんともあっさりとした感じで、あさっての方向に栞を持った手を向けた。
確か加瀬さんが指している方向の先には、広大な海を挟んで島があったはずだ。
というか、俺はその島の港からこの孤島にやって来たのだ。
「なんでですか?」
俺の問いかけに顔も上げず、ただ本のページを繰る。
「単純に私の仕事に支障が出るからだよ」
それを聞いて、俺は手元に拳を作り決心を固めるように強く握った。
この際だ。聞けるチャンスは今くらいしかない。
「……加瀬さんって、お仕事なにしてるんですか?」
喉から絞るように声を出し聞くと、加瀬さんは活字を映す眼球を上に下にと動かしながら呆れるような息を鼻で吐いた。
「本当に君は好奇心旺盛というか、一々(いちいち)詮索しないと気が済まないんだね」
「…………すみません……」
「別に怒っているわけではない。ただあまりそうやって何でもかんでも詮索してると、痛い目に合うから控えたほうがいいと忠告しただけだよ」
そう言いながら、加瀬さんはちらりと、まるでなにかを試すような目つきで俺の目を覗き込んできた。
それがなぜか俺にはとてつもなく不快な気がして、頭が痛くなってくる。
顔に出ないようにと意識を持たせながら、はい、と小さく返事をした。
「…………私の仕事はまあ、学者だな」
「学者、すか」
「どうせ聞かれるだろうから言っておこうか、私の研究は『人について』だ」
「人について」
それもまた漠然としていてあまりピンと来ない。
「人の在り方を研究して日夜実験を繰り返している。いわばマッドサイエンティストってやつだ」
マッドサイエンティストって、確か悪い科学者とかそんな意味だった気がする。
「理解したのなら、はやく仕事に戻らないか。減給されたいのかね」
「あっ、すみません。行ってきます」
縛られていたものから解放されたようにやるべき使命を思い出した俺は、ダイニングの出口に向かった。
「ごめんなさい、アラタさん今日も……」
厨房の裏から顔を覗かせたユイさんが、ふいに背中に声をかけてくる。
「大丈夫っす。これが俺にしかできない唯一の仕事ですから」
助かります。と眉を曲げて微笑むユイさんを尻目にダイニングを後にした。
今晩のメニューは、ステーキハンバーグにライス、オニオンスープだった。
「けっこう残したな」
ぽつり呟きながらトレイを持ち上げる。
ハンバーグは3分の1程度、オニオンスープは飲み干しているが、ライスが半分も残っていた。
もしかして味付けが口に合わなかったのだろうか、味見では完璧だと思っていたんだけど。
それとも単純に今日は食欲がないのか。
『――――日夜実験を繰り返している。いわばマッドサイエンティストってやつだ』
「………………」
先ほどの加瀬さんの放った言葉が脳裏で何度も再生されて離れない。
なぜだか変な汗が背中を伝う。
しかしすぐに頭を強く振って追い払った。
「そんなまさか、な……」
ダイニングに戻る足は、どこか急くように動いていたように感じた。