詰問
「ユイさん、回収してきました」
「ご苦労様ですアラタさん。すみません、へんなことを頼んでしまって」
「いえ、全然大丈夫です。でも意外でした、ユイさんが暗いところが苦手だなんて」
ユイさんに回収してきた食器類を手渡すと、照れたように頬を赤らめながらそれを受け取った。
「あそこは特に暗いですから。無駄に部屋も多いですし……誰か1人くらい、どこかの部屋に入っているかもと考えてしまうんです……」
「はは、確かに。あれだけ空き部屋が並んでたらそう思ってしまうのも無理ないですよ……」
最後のほうで口から出る言葉の滑りがなくなっていく気がした。
俺の意でも汲んだのか、ユイさんは黙ったまま厨房のほうへと食器を持って下がった。
「……あの、加瀬さん」
「なにか」
この洋館の主人で、おそらくこの館の中のことで知らないことはないだろう加瀬さんは、先ほどと変わらない席に座りながら読書に耽っていた。
「失礼を承知で聞いちゃうんですけど、あの部屋には誰がいるんですか?」
「烏丸君に教わらなかったのかね、あの部屋のことは詮索するなと」
「開けるなとは教わりましたけど、詮索するなとは言われてないです」
ふうん、と息を漏らしながら加瀬さんは本から視線を外してこちらをちらりと見た。
「ユイさんは開けてはないけど知っていると言っていました。なら、俺にも知る権利はあるんじゃないですか?」
「……そんなに気になるかね」
「ぶっちゃけると気になります。このままだとあの扉を開けてしまいそうで」
その言葉を聞いてか聞かずか、加瀬さんは視線を本の活字に戻して言った。
「逆に聞こう。あの部屋の中にはなにがいると思う」
唐突な問いかけに俺は一瞬面を喰らった。
それが分からないからこうして聞いているというのに。
しかし、それに対して口答えする立場も隙もこの場にはなかった。
「少なくとも人間だと、思います」
俺のそれが果たして答えになっているのかどうか不安ではあったが、加瀬さんはそれを噛みしめるようにしてうんうんと頷いた。
「正解。あの部屋の中にいるのは人間だ」
柱時計の秒針がうるさく聞こえるくらいの長い静寂。
「え、で?」
肝心なのはその後に続くであろう言葉だ。それを期待して待っていたのだが、一向にそれを発しようとはしなかった。
「以上だ」
「そんなの――――」
いくら何でもあんまりだろう。そんな大雑把な答えで俺が満足するとでも思ってるのだろうか。
食い下がろうとする俺に感づいてか、開いていた本をおもむろに閉じた加瀬さんは、首をひねって振り返ってきた。
「いいかい久遠アラタ君。世の中にはね、知らなくていいこと、知っても意味がないものというものが少なからず存在するんだ。それを深く知ろうとするのはデリカシーに欠けるというものだよ」
「でも――――」
「烏丸君だって、中にいるのが人だということ以外は知らされていない」
俺の言葉を先回りして答えた加瀬さんに、え? と素直に目を張った。
「本当ですよ、アラタさん」
困惑している俺を見兼ねてか、ユイさんが横から口を挟む。
声のした方を向くと、洗い物が終わった様子のユイさんが、メイド服の前掛けのようなもので手を拭きながら厨房から出てきたところだった。
「言ったでしょう? 『知ってるだけです』と」
あの意味ありげな言葉は、単純に”細かくは知らない”という意味を含んだだけの言葉だったということか。
「どうだ? これで君と烏丸君の立場は平等になった。さっきの久遠君の言葉を借りると、今の君には、もうあの部屋のことを詮索する理由も、権利もなくなったということになる」
なんだか腑に落ちない気分でいっぱいだが、納得せざるを得なかった。
確かに、ユイさん以上に知ろうとする行為は傲慢といえる。
「理解したようだから、念のため最後にもう一度私から言っておこう」
俺の目をまっすぐに見る加瀬さん視線は鋭く、からめとられるようなものだった。
「あの部屋は絶対に開けるな、君は君の仕事を全うしていればそれでいい」
分かったな? と言う加瀬さんからは、ルールを守れない奴はクビにする、という一種の脅しのようなものをひしひしと感じた。
だから、はい、と誓って小さく頷くことしか出来なかった。
所詮雇われの身。雇い主の命は絶対なのだ。
この年にして社会の厳しさを学ぶことになるとはまさか思わなかった。