ディナータイム
「ごちそうさま。うん、美味しかったよ。こんなに美味しい食事を口にしたのはどれくらいぶりか」
敷地内の案内と、ある程度の仕事内容の説明を受け終えると、時間はあっという間に過ぎていて、夕食の時間となっていた。
「私の料理のスキルが足りなかったようで。申し訳ありませんジロウさま」
嫌味っぽく言いながら、ユイさんはこの洋館の主人である加瀬ジロウの前から空の食器を回収していく。
「いや失礼。しかし烏丸君の料理が私の口に合わないのは事実だ」
「そうですか、よかったですね。料理上手のアラタさんが入ってくれて」
そう言いつつも、ユイさんはこちらをむっとした表情で睨んでくる。
こればかりはどうしようもないだろう。そう思いながらも、とりあえずすみませんと軽く頭を下げる。
しかしユイさんは冗談ですよと言うように、むくれた顔から無邪気な優しい微笑みに変えた。
「まったくだ。久遠君は将来料理人でも目指すのかな」
ユイさんや俺の気持ちなどお構いなしといった感じで加瀬さんは聞いてくる。
まるで土足で人の家に入るような感じだ。
「いや、別にそういうわけでは……ただ叔母さんには迷惑かているのでせめて家事くらいはと」
さっきからこの人と話すとどうも緊張するというか変に畏まってしまう。
それは彼が俺の雇い主であり、この洋館と小島を管理するほどの権力者だからだろう。
白いシャツの上から皺1つない黒のタキシードを着こなしているせいで余計にその意識が助長される。
「…………ふむ、そうか」
興味なさそうに返事をしたものだと思ったが、ワインの入ったグラスを回しながら中を眺める加瀬さんのその表情は、どこか残念がっているように見えた。
まあ、気のせいか。
「あ、ユイさん。俺がやりますよ」
両手に空の食器を抱え近づいてきたユイさんに手を差し伸べると、少し微笑んでからするりと躱した。
「大丈夫です。慣れてますから」
「でもそれじゃあ……」
なにも女性にいいところを見せようと思ったわけではない。仕事をもらえないと雇われている身として立つ瀬がないのだ。
一応料理はしたが、横からアドバイスしたり味見とかくらいで、実際に作ったと言えるのはユイさんだ。これじゃあとてもじゃないが仕事とは呼べないと思う。
「安心してください、心配しなくてもアラタさんには別の仕事がありますから」
「別の仕事、ですか?」
それを俺に伝える前に、ユイさんは、ちらりと視線を加瀬さんの方へと向けた。
加瀬さんはこちらに振り返ることもせず、ただ黙ってグラスを傾けた。