表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

加瀬ジロウ



 ――――洋館で給仕さんとして住み込みバイトしてみないかい?


 そう叔母(おば)さんから提案されたのはつい1週間ほど前のこと。俺が病院から退院して間もないころだった。

 なんでも叔母さんの知り合いで、孤島の洋館に使用人と(さび)しく暮らしている人がいるのだとか。


 その人が叔母さんに新しい使用人を(ほっ)していると相談され、結果、俺に白羽(しらは)()が立ったという経緯(けいい)らしい。

 叔母さんが俺を推薦(すいせん)した理由は、俺しかバイトを(たの)める子供がいなかったというのもそうなのだが、家事全般(かじぜんぱん)をこなせるだけのスキルを持ち合わせている、というのが1番の理由なのだそう。

 それに、なまった身体のリハビリにちょうど良いだろう? と()()されるように言われたのも理由の1つだったりする。


 確かに最近金欠気味でバイトをそろそろ始めようかと思い立っていたところだ。

 しかし、この傷だらけでまだ全快(ぜんかい)までといっていない身体の俺を、(やと)ってくれるだろうか? という懸念(けねん)もあった。

 その2つを解決できて、そのうえ叔母さんの言うとおりリハビリにもなるというのだから、この好機(こうき)に乗らないわけはなかった。――――



「で、ここが、ダイニングです。基本的にジロウさまは夜8時に夕飯を()()がりますので、その前に食事の支度(したく)()ませておく必要があります」


 加瀬(かせ)ジロウ。この洋館の主人であり俺の(やと)(ぬし)だ。


「ちなみに、私たち給仕はジロウさまが食事をなさった後、洗い物も全て済ませた後に食事となります。それが大体9時になってしまうんですけど……アラタさん、大丈夫ですか?」

「全然大丈夫です。というか、そういえばこの洋館のご主人は? あいさつしたいんだけどな……」


 先ほどから館内を色々回っているが、各部屋はおろか、途中の通路なんかでも会うことがなかった。

 叔母さんからは自営業(じえいぎょう)と聞いていたから、てっきりこの洋館に(こも)っているものかと思っていた。

 もしかしたら外に出て仕事をしているのかもしれない。


「ジロウさまは、自室に籠ってお仕事をされています。基本的には食事時以外には部屋から出てきません。なので、あいさつするなら夕飯時がいいかと」

「ご主人って、お仕事なにされてる方なんですか?」


 別に他意(たい)はない。ただ気になったからそう純粋(じゅんすい)に問いかけただけ。

 だが、ユイさんは(くちびる)をきゅっと(むす)んで何事(なにごと)か考えるような表情を見せてきた。


「……いや、私もよく分かってないんですよね。ジロウさまがなんの仕事をしているのか」

「な、なんですかそれ、メイドさんが自分の(つか)える人の仕事知らないなんて」


 緊張の糸がほどけたように笑いながら言うと、ユイさんもつられるようにして微笑(ほほえ)んだ。


「ほんとですね。でも許してください、私も最近配属(はいぞく)されたばかりですから」


 最近配属されたばかりの新人のメイドがいきなり給仕長なんですか? という疑問が()いて(のど)の手前まで出かかっていたが、冷静になって飲み込んだ。

 この場では変な詮索(せんさく)野暮(やぼ)ってものだろう。


「それにジロウさまは自分の部屋は自分で掃除するからいいと言われて、そもそも部屋にすら入ったこともありませんから」

「へえ、そうなんですか。結構ガードが固いタイプなんすね」


 仕事はおろか、プライベートの自分も見せたくないという感じなのだろうか。


 と、思い(ふけ)りながらダイニング内を見回していると、皿が並べられて(かざ)られている棚の一画に目がとまった。

 それはどうやら家族写真のよう。


 大切そうに小さな額縁(がくぶち)(おさ)められている。

 黒髪より白髪が目立っているメッシュのような頭をして立っている男性に、()()うような形で奥さんだろう女性が立っている。2人の足の間には小さな女の子。


「でも、(きび)しい人ではないんですよ? お(かた)いイメージはあるかと思いますけど、あれでも優しい方ですから」

「はい、なんとなく分かるような気がします」


 写真の中の3人は全員幸せそうな笑みを浮かべていた。その背景を思うだけで、少なくとも悪い人ではないのだと確信できた。


「ではアラタさん、次に行きましょうか」

「分かりました」


 このダイニングに来るまでの間、隅々(すみずみ)まで案内されたような気がするのだけど、まだあるようだ。

 改めてお金持ちが所有する建物の規模(きぼ)の大きさに(おどろ)かされる。


 ダイニングの出口に向かって歩き出したユイさんの背中にピタっと()()ると、ユイさんはその足をふいに止めてこちらに振り返ってきた。


「本当だったらあの部屋を私は案内したくはないんですけれどね…………」


 ユイさんの表情はどこかもの悲しげにも見えた。

 不思議と、なんでですか? とは聞けなかった、ただユイさんに追随(ついずい)するだけ。

 ただその道中、緊張ともワクワクとも取れるようなドキドキに俺の胸は(おど)っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ