メイド
メイドという存在を、俺は生まれて初めて見た。
この孤島に上陸してから歩いて20分ほどにある古風な洋館。
「お待ちしておりました。久遠アラタさま」
まるで玄関扉を開けて入ってくる俺を待ち構えていたように、メイドさんは腰を曲げて綺麗にお辞儀した。
いきなりメイドが現れるとは思ってもみなかったので、玄関前で思考を停止させながら立ち尽くしていたのだが、その透き通るような声音に意識をはっとさせられた。
「あ、ああ、どうも。こんにちは。今日からお世話になります」
ペコペコと仰々(ぎょうぎょう)しく頭をさげて挨拶を返し、下から覗くようにしてメイドさんを見上げる。
あなたは……?
「ああ、申し遅れました。私、この洋館の給仕長を任されております。メイドの烏丸ユイと申します。烏丸でもユイでも好きに呼んでいいですよ」
といっても、ここには給仕役は私1人だけなんですけどね。と照れたような笑みを見せる。
よかった。どうやら優しそうな人みたいだし、他の同業者もいない。おまけにユイさんは涙ぼくろが印象的な、大人びた綺麗な顔立ちの美人さんだ。
これならこの先上手くやっていけそうな気がする。
「では、ユイさんで。俺のことも下の名前で呼んでいいですよ」
ユイさんはくすっと口元で1つ笑うと、小さく頷いた。
「分かりました。ではアラタさん、まずはお部屋をご案内しますね」
お願いしますと言ってから、肩に提げたボストンバックの位置を整える。
それを確認し玄関広間の奥へと歩いていくユイさんの背中を小走りで追った。
「……それにしても、災難でしたね…………」
道中、ユイさんが振り返りもせずに、背中越しで言葉を投げてきた。
その不意打ちに、え? と思わず聞き返してしまったが、自分の置かれている今の境遇を思い出して、ああ、と納得の声を漏らした。
何気なしに俺は自分の右腕を上げて見る。
俺の右腕は、手首から肘までにかけて痛々(いたいた)しくも包帯が巻かれている。
他にも首やお腹なんかにも巻かれているのだが、今更それを確認する必要もないだろう。
「事故の記憶、無いんですよね?」
ちらちらと肩越しで控えめに振り返りながら聞いてくる。俺に気を使っているのか。
「ああ、そうなんですよー、自分の身になにが起きたのかさっぱり分からなくて、だから事故って言われてもどんな事故に遭ったんだよって感じで……部活でかすり傷ならいくらでも作ってたんですけどね」
「そう、ですか……」
空気を明るくしようとわざと気さくに振る舞ってみたのだが、ユイさんの表情が晴れることはなく、それ以降目的の部屋に着くまで言葉を発することはなかった。
俺も俺で変に空気を読んでしまい、話題をこちらから振るということも特になかった。
――べつに本当に気にしてないんだけどな。記憶が無いのだから気にしようもない。