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彼女がデビュタントをするにあたって、彼は今まで頑張ってきたのだという。
「リディーがデビュタントできるように、王都の貴族には療養のおかげで段々元気になっているということを地道に伝えてきたんだ!そうしたらリディーが初めて参加するというデビュタントを楽しみにしているって!」
そのフィルの嬉しそうな顔を見てしまったら、王都に行きたくないなんて言えなくなってしまう。幸いにも、デビュタントまで2ヶ月はあるし、彼女はダンスが人並みには得意だった。問題は、ここから出たことのない彼女が社交界の重鎮たちの名前を知らないことだった。フィルの嘘のせいで、彼女は貴族の間では深窓の令嬢として名を知られている。彼女はそれを知らないが、王国を支える重鎮の名前くらい知っておかねば父の顔に泥を塗ってしまうと思った。フィルは自分が紹介してから挨拶をするんだから大丈夫だと言っているが、そんな甘えたことは出来ない。なんせ、デビュタントは正式に社交界にデビューすることを認め祝う場所。つまりは、彼女が大人の仲間入りをする場でもある。他のご令嬢も来るのなら、絶対に恥をかいてはいけない。綺麗な母のように、社交界の百合と呼ばれなくとも、世間知らずだという認識を覆したい。彼女は、父譲りの攻撃は云々の精神に基づく生粋の負けず嫌いでもあった。
「お母様、ご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」
「…ええ、分かったわ」
リディアの決意の決まった目は、据わっていた。
***
あれよあれよという間に、屋敷には王都からの仕立て屋【AbitoLia】のアルダさんがやって来て、私は採寸やら生地やら何やら任せっきりでお人形状態であった。デビュタントは大抵、婚約者のエスコートらしいが幸いにも婚約者も恋人もいない私は、今回弟のヴィーと一緒に参加することになった。ヴィーはすでに社交界にデビューしているので、私のエスコートに名乗りを上げてくれた。彼は、姉さんが心配だし、父さんにエスコートさせたら娘自慢が始まって姉さんが可哀想だからね、と言ってくれた。うん。お父様のそれは容易に想像できる。そんなことになったら、私は間違いなく恥をかく。大した見目でもないのに、そんな拷問が始まってしまっては二度と社交界にも夜会にも行けない。可愛い可愛いと言ってくるお父様は、きっと身内贔屓が甚だしいんだと思う。
採寸も終わり、やっと落ち着いて息を吐いた時、気付けば彼女の頭の中に鬱々とした悩みの渦がなくなっていた。デビュタントの話に、やれ採寸だ、生地選びだって嵐のような出来事が突然起こったのだ。悩んでいる暇なんかなかった。それに、これから頭に叩き込まなければいけない作法や名前がたくさんある。悩んでいる時の頭の回転をすべてそちらに注がなければきっと、覚えの悪い私は間に合わなくなるだろう。彼女はデビュタントが終わるまで、フェリスのことで悩むのをやめた。
「……ちなみに、お父様」
「なんだい?リディー」
「お父様は、いつ頃王都にお帰りになるんですか?」
「あぁ、僕の王都での仕事はほとんど終わっているし、国王がデビュタントを控える娘がいる貴族は当日まで領地に居るといいってことでさ。呼び出しが無い限り、ここにいるつもりだよ」
(あぁ…神様…いや、国王様…どうか、父を呼び出して下さい…!2ヶ月も町に下りられないなんて…!!てっきりお父様は、1週間ほどの休暇で帰ると思っていた!せっかく店で働かせてもらっているのに!しばらく来られませんとは言ったけど!まさか、2ヶ月も来ないなんてクビになっちゃうよ!!)
彼女は、今すぐにでもフェリスのところにクビになりに行きたい気持ちでいっぱいだった。欲を言えば、しっかりと謝って2か月後にまた働きたかった。
「父さん」
「なんだい?ヴィー」
「僕、一回でいいから父さんと二人で王都に行ってみたいんです」
彼女の苦悩を読んだかのようなタイミングで、彼は親バカの父にお願いをした。娘に甘いのはもちろんのこと、フィルは息子も溺愛していた。父さんと二人でという甘美な響きに酔わされ、フィルは呼び出しもされていない王都に3日後、息子と二人で向かうことになった。
「姉さんに貸しが出来たね」
「…本当にありがとう!ヴィー!」
一個しか変わらない弟に、勢いよく抱き着く。細身の彼がしっかりと彼女を抱きとめた時、弟の成長を改めて感じた。
書き溜めていたものを放出してしまったので、更新が疎らになります…!
評価をくださった方がいらっしゃって、嬉しく思います。
読んでくださって、ありがとうございます。