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彼女は家に着くなり、部屋に戻った。夕食は部屋に運んでもらうように言って準備ができるまでの間、部屋の中を歩き回る。これは彼女の昔からの癖で、整理したいことがあると部屋に籠って歩き回るのだ。ある程度納得できるまでは絶対に部屋を出ないし、ご飯以外の声掛けには滅多に応じない。彼女曰く、ご飯は頭の回転を速めるためのエネルギー補給なのだという。
さっきまで割と冷静に彼と話してはいたけれど、いざ家に帰るとやっぱり上手く納得出来ていなかったことが分かった。くるくると部屋の中を歩き回る彼女は、彼がなぜここで古本屋をやっているのか、おじいさんにならなくとも、登城するしないは個人の自由であり、断ったからと言って立場が危うくなるわけではないのに。うーん、うーんと唸っている彼女の部屋の扉がノックされる。
「お嬢様、夕食をお運びしました」
その声に、ハッとした彼女は扉を開ける。
「ごめんなさい。食器は自分で片付けるから今日はもう休んで」
彼女付きのメイドにそう言って、部屋に籠る。メイドは心得ているのか、おとなしく下がる。これは彼女のいつものだと認識があるようだ。
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彼女は食器を片付け、湯浴みをしてもなお、悩んでいた。色素の薄い茶色の髪は、さながら金髪のようだ。濡れたまま、ぽたぽたと雫が垂れている。そんなことを気に留めず、彼女はまだ部屋を歩き回っていた。きっとこのまま朝を迎えるであろうことは、悩みに真剣に向き合っている彼女に気付けるわけがない。
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彼女が朝を迎えたと知ったのは、予想通りの父の帰宅であった。父フィルは、扉をバーンと開けてベットに向かって飛び込んだ。当然のことながら、そこに彼女はいない。そして、ひたすら歩き回っている彼女を見つけ、彼は彼女を抱き上げた。
「リディー!お父様をそんなに待っていたのかい!?」
彼は娘が、自分の帰りを今か今かと待ちわびるあまりに、早起きをして部屋の中を歩き回っているものだと勘違いしていた。
「あら…お父様、おかえりなさいませ」
リディアは、抱き上げられてから、父の歓喜の声を聞くまでその存在に気付いていなかった。彼女が夜通しずっと考えていたのはフェリスのこと。あの綺麗な顔が浮かんでも、胸はドキドキしないが。彼の状況を自分の中で納得できるように、仮説を立てていたのだが、どれもしっくりこないのだ。
きっと寝不足で頭が回らないのだ、と思い至った彼女はそのまま父の腕の中で眠った。
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目を覚ますと、そこはベットの上。伸びをしてから、ベットの上から下りる。その格好のまま部屋を出て、階下に向かう。リビングには、父と母、弟が揃っていた。
「おはようございます」
「リディー!おはよう!」
「おはよう、リディー」
「おはようございます、姉さん」
なぜここに集まっているのだろうと思いながら、弟の隣に座る。
「リディーも起きてきたことだし、話を始めようか」
「…なんのですか?」
ヴィタリーがそう尋ねると、父フィルはにっこりと笑って
「もちろん!リディーのデビュタントについてだよ!」
その言葉に彼女は、気を失いたくなった。まさか、あの父がデビュタントに参加させるつもりであったことが信じられなかったのだ。
「リディーがそんなに日焼けをしている理由も問い質したいところなんだけど、それよりもデビュタントの方が大事だからね!」
彼女は思い出した。フィルが、彼女を着飾り、夜会やら社交界やらに参加することが夢だと言っていたことをしっかりと、まざまざと思い出したのだ。
(あぁ、これは…逃げられないわ…)
彼女は自分の運命を嘆いた。これには、彼女の事情を知っている母と弟も何も言えなかったのだった。