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すっかり日が暮れて、空に藍色が滲む。きらきらと光る月と星に、道を照らす街灯には火が灯っている。
この町のほとんどの人は、各々の家に先祖代々伝わる家胤という魔法とは異なる力がある。それは戦いに使うものではなく、先祖が残した商いのためのもので胤力と呼ばれ、それを用いたものの一つが街灯に使われている蝋燭だ。この蝋燭に灯した火は明かりの役しか持たなくなる。つまり、物を焼く火には使えない。火事になることが無い火はゆらゆらと硝子の中で揺らいでいる。
この領地は領民の力なしには栄えなかったであろうことがよくわかる。ここを昔から治めてきたフリウム家は、唯一領民の謀反がないことでも有名だ。
リディアは、領地も領民も大好きだ。バレたくないから町のみんなにはリディーと名乗っているが、そもそもそれはリディアの愛称なのだ。父が昔から私を呼ぶ際にリディーというものだから、いっそ町での自分の名前にしてしまおうと思ったのだ。彼女は今年デビュタントの予定だが、父のあの嘘のおかげで行かなくてもいいかもしれない。というか、非常に行きたくない。
バレないように裏道から屋敷に帰る。光魔法の簡単な応用である殺傷能力も何もない光を灯しながら歩く。これを使えるようになるまで、私はすごく時間が掛かった記憶がある。攻撃魔法が得意な私が、殺傷能力も何もないものを作るなんて器用なことが出来なかったのだ。母も弟も、普通は逆なんだというけれど、父譲りの攻撃が最大の防御理論が根付いている私には大変だった。
***
「ただいま戻りました」
家に帰ると、母が出迎えてくれる。その口から聞かされた話に、私はひどく落胆した。
「お父様が帰ってくるわ」
「……私、しばらく町に下りられませんよね」
「そうね。病弱だってことになっているし、なにより町の皆は貴女をリディーとして知っているもの。伯爵家の令嬢として町に行ったらもうリディーとしては接してもらえないわ」
「せっかく、馴染んできたのになぁ…。お父様に認めてもらうことは出来ないだろうし…」
はぁ…と、思いため息を漏らすリディアは、フェリスさんに暫く店には行けないと伝えなければならなかった。
「ちなみに、お父様はいつお帰りになるのですか?」
「明日の午後には、こちらに着くようにしているそうよ」
「きっと、お父様のことだから予定よりも早く帰ってくるに違いないです。今から、フェリスさんのところに戻って伝えてきます」
「…もう遅いし、明日の朝ではダメなの?」
「私には明日の朝から、お父様が部屋の扉をバーンと開けてリディーおはよう!と言ってくる未来が見えます。そうなってからでは遅いのです。お母様」
「…そうね。容易に想像できるわ…。気を付けて」
屋敷を出て、身体強化をかけると勢いよく走りだす。フェリスさんの店までは徒歩では少し遠いが、強化した上で走れば時間はあまりかからずに着く。
走った勢いのまま、ベルの垂れた扉を引く。
「フェリスさん!私、暫くお店に来られな__」
毎朝のように、大きな声をだして伝える。しかし、いつもフェリスさんがいる場所で、私を見つめているのはフェリスさんではなかった。カウンターにいる彼の目が大きく見開かれる。