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彼女が古本屋で働くようになってから、魔法も上達する一途だ。父には内緒のままだが、母と弟は知っている。私が、市井の生活に馴染むことは、領民からの生の声が伯爵家に届くということだ。それがどんなに大切で、貴族にとってどんなに難しいことか、母は私に何度も説いてくれた。弟にとって役立つ姉になれたことは、嬉しい。
「フェリスさん、今日はいい天気ですよ!お店の扉を開けましょう!」
「ん?あぁ、そうだな」
「ついでに、あのベルも変えましょう!音が鳴らないのは不便です」
「あれは、そのままでいい。だが、新しいのもつけるか。裏庭にいるときに客が来たら分からないからな」
「じゃあ私がお使いに行ってきます!」
「これで足りるくらいのベルで頼む」
小袋に入った硬貨をポケットに入れて、アンティークな雑貨を売る店に向かう。レンガ調が基本のお店が並ぶ町は、フリウムの自慢の一つだ。他の町と違うのはレンガが胤力を帯びていることだ。崩れにくく、室内の温度調整を簡単にしてくれる。冬は暖炉の火を入れれば簡単に温まるし、夏場は山からの冷たい風や、氷屋からの氷塊を使い冷気を室内に保ってくれる。フリウム伯領地だけでしか生産されないレンガは、王都で使うのに適していない。建物が密集し、周りに山がない王都では熱ばかりが籠ってしまうのだ。逆に不便になってしまうので、王都には出回っていない。
「フレアさーん!」
雑貨店に着き、その店員さんに声をかける。こちらの声に気付いたフレアと呼ばれた店員は、振り返ると花の咲くような笑顔を浮かべた。
「リディー!いらっしゃい!どうしたの?」
「今日はね!フェリスさんのお店のベルを買いに来たの!おすすめはある?お金はこのくらいで」
「フェリスさん?」
「うん!私、今あそこで働いてるの!あの古本屋さん」
「あぁ!そうなの?わかった、雰囲気に合うものを見繕うわ!」
フレアは、小袋の中のお金を確認してから値段に合うもの且つ、あの不思議な雰囲気に合うものを見繕っていく。レンガ調の店には、同じようなベルが垂れているが、あの古本屋にはもっとシックで重めの音色がぴったりだ。ブラックウッドの扉に馴染む色。
「この3つね。3つとも値段はこれで足りるわ」
「どれも素敵ね…。迷う……」
「フェリスさんって、どういう人なの?本を買わないからわからないのだけれど」
「優しそうなおじいさんで、すっごく強いのよ!白髭がよく似合うの!声は低くて、芯があるわ」
「…うーんと、それなら……このベルね」
「ふふ、フェリスさんに合うわ。これにする!」
「よかった。はい、おつり」
「じゃあ、また来るわ!」
店から出て、古本屋に戻る。ブーツの駆ける音がフェリスの耳に届いた時、彼は柔和に綻んだ顔で彼女を迎えた。
「ただいま!フェリスさん」
「あぁ、いいものは見つかったのか?」
「ええ!とってもぴったりなものをフレアさんが選んでくださったの!」
「そうか」
彼女は、おつりを彼に渡し、ベルを見せる。黒いフクロウが止まり木にいて、その木にベルがぶら下がっているというデザインだ。試しに彼女が鳴らすと、普通のベルよりも低い音が鳴る。
「これはいいな」
「フレアさんの目に間違いはないのよ!フェリスさんにも合うように選んでもらったんだから!」
「そうか。ありがとう、リディー」
彼はそれを受け取ると、ドアに固定しに行った。嬉しそうに笑う彼女が、この音を聞くたびに同じような顔を浮かべるようになるのだろうな、と思いながら。