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彼は、隠したい部分を上手く伏せて彼女に話した。
「俺は、宮廷にこの姿で見つかるわけにはいかない。姿を変えていたのだって、この国にはそのような魔法がないから…俺を疑う者はいないと思ったんだ。案の定、俺は上手く隠れることが出来た。リディー、俺は決して犯罪を犯して逃げてきたんじゃない。俺は…俺の、俺だけの未来の為に逃げてきた。抱えるものが…あまりにも、大きくて…投げ出したんだ」
彼の悲痛な声に、彼女は眉を下げる。彼が何を抱えているのかも、それがどれだけ大きいのかも、彼女には分からない。だけど、彼女は彼をかっこいいと思った。
「私は、フェリスさんを尊敬します。自分だけの未来を見つけるために決断したこと。それが、あなたにとってどれだけの痛みを伴うのか。その痛みを背負って生きているあなたが、それほど苦しいのかなんて分かりません。でも、倍にもなったであろう負担を抱えて未来を見つけようとしている。かっこいいです、凄いです」
ありきたりな言葉しか言えないが、心の底からそう思ったことを彼に伝えたくて、彼女は真っすぐに目を見つめて、力を込めて彼の手を握った。
「…リディーは、不思議だ。君はいつだって俺を肯定する。俺を、認めようとしてくれる。君は、多分…俺が悪いやつだったとしても、その理由を知って理解をしようとするんだろうな」
「フェリスさんが、いつだって真剣に真っすぐ接してくれるからです。そんなあなたに、真剣に向き合わないなんて不誠実じゃないですか」
彼は、泣きそうな顔をして笑う。そして、彼女から視線を外すと真っ青な空を見上げて、仰向けに寝転がった。
風に揺れる黒髪。紫紺の瞳が、眩しそうに細められる。
彼女も彼に倣って仰向けに寝転がる。金に近い薄茶色の髪が、緑の上に広がる。
「きっと、フェリスさんなら自分だけの未来をつかみ取ることが出来ますよ。私が、保証しますから!」
「……あぁ、そうだな…そうだと、いい…」
彼は青空に顔を向けたまま、蟠りが無くなったようなすっきりとした顔をしていた。隣で寝転がった彼女は、青空を見て嬉しそうに笑っていた。
***
彼らは森を抜けて店に戻っていた。二か月後まで町のみんなにもフェリスさんにも会えないから、彼女はいつも以上に一生懸命働いた。たまにいらっしゃるお客様は、お年寄りの方に限られているのだけれど。フェリスさんは働くときは相変わらずおじいさんのままで、中身は19歳の彼だと思うと変な感じがした。でも、不思議なことにお年寄りにしか分からない歴史の話も、昔話も彼はごく当たり前の世間話のように会話を弾ませるのだ。
___本当に19歳の姿が本物なのかしら?
彼女の胸に浮かんだ疑問は、特に彼に届くわけでもなく、彼女の胸の中で薄れていった。
「リディー、本を」
「…あ、はい!カルロさん、行きましょうか!」
カルロさんは、フリウム一番の本の虫と呼ばれるほど本が好きな人で、とても元気がいい方だ。でも、読書家の彼には力が無かった。それはもう、私よりも。だから、私が彼の家まで買った本を運ぶのだ。
「すまないね、リディー」
「いいんですよ!仕事ですから!」
「フェリスに聞いたけど、明日から二か月も来られないんだって?」
「ええ、家族で遠くに行くんです。強制なので、一時休職ですよ…」
「ふむ…そうか…寂しくなるなぁ…リディーがいないと、たくさん本を買えないからね」
「…カルロさん、それは読める本が少なくなるから寂しいってことですか!?」
「ははっ、どうだろうねぇ…?」
「もう!」
___あぁ…本当に…二か月後のデビュタントが恨めしい…。
彼女がうなだれるのを見て、カルロの口元には優しい笑みが浮かび上がった。
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読んでくださる方も、少し増えていたので驚きました。
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