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ロバ耳!!  作者: 木村薫
2/24

 2 親知らずと物書き心

 親知らずについて書いてあります。

 

 痛みに関する詳しい描写はありませんが,しばらく歯医者は行きたくない方,「抜歯」「痛い」「血」という字すら見たくない方は,ご遠慮下さい。

 私は歯医者が嫌いだ。

 その前に断っておくが,今通院中の歯医者は良心的だ。(今まで五回変えました。引越しとか,色々で) 

 泣き叫ぶ幼児相手に笑顔を絶やさない衛生士のお姉さま達。なかなか予約の日が決めれなくても,辛抱強く空きを探してくれる事務員の方。素人相手にわかりやすく治療過程を説明して,痛みが少ないよう素早く処置してくださる医師達。

 これぞ,プロ。玄人。

 でも,嫌いだ。ゴメンナサイ。

 だって,他人に口の中見せるなんて,恥ずかしくて。自分だって普段はまともに見ない所です。気分は他人様に赤点の成績表を見せるようなものですよ。


 そんな私に先日,歯痛が襲った。

 上顎の両奥歯が,冷たいものに染みる。なんかうずく。

 これは幻覚。気のせいだ。そう思いたくても,痛む。風邪なら,市販の薬と栄養ドリンク飲んで気合で治せるのに,歯痛は治らない。何故だ……。


 しかたなく,時間を作り歯医者に行く私は,「まぁ,虫歯だろう」と思っていた。ここの所,自分や家族の入院やらで,定期健診すらサボっていたから。自業自得だ。

 しかし,半泣きで診療台に座った私に,レントゲンを見た医師のおばさんはにこやかに宣言した。


「虫歯もありますが,親知らずも生えてきてますね」


 絶句。頭の中で,「親知らず」という言葉が駆け回る。

 なんだそりゃ!

 頭真っ白状態の私に,母親ほどだが綺麗に年を重ねた医師は微笑んで解説した。

 液晶画面に映っている私の顎の写真。(最近の歯科もハイテクになったようで……。カルテも全てデジタル処理されていた。過去のレントゲン写真も! )

 痛む奥歯には,うっすらと白い影。つまり虫歯。そして,歯茎の奥にはっきりと写っている待機中の歯。私の奥歯は,当然永久歯だ。って事は,親知らず……。

 認識した途端に,冷や汗が溢れてくる。

 親知らず。今まで,幾つか話には聞いたことがある。小説にでてきても,いい印象などはない。登場人物たちは大抵,気絶するような痛みで苦しんでいた。

 冗談デショ。


「ど,どうなるんですか? 」

「そうですねぇ。虫歯を治療して様子を見ていければいいんですが,特にこちらが少し,歯肉を突き破りかけてますし」


 医者の声を聞きながら,平常心と唱え続ける。

 私は,虫歯と思って歯医者に来たのに。これじゃ,風邪と思って病院行って,いきなり不治の病宣告を受ける気分だ。いや,本当は,もっとシビアなんだろうけど。

 出来れば,知らない事にしておきたい。聞かず,見ざる,喋らず,だ。

 しかし,どうもマズイらしい。虫歯の細菌が親知らずの方に万が一いくと,かなりマズイらしい。痛みとか,腫れとか,なんとか。


「治療しても,かなり出てきてますしね。あとは,抜くとか」

「ぬ,抜く? 」


 どの歯を抜くんだっ。

 私の顔に全て出ていたんだろう。にこやかに答えてくれた。


「今の奥歯ですよ。虫歯の奥歯。上手くいけば,まっすぐに抜いたトコに生えてきますよ。このまま親知らずを放置しておくと,横に生えてきますよ。こっちは横にでかけてます」


 ご丁寧にも,私の口の奥を鏡を使って解説してくれる。

 抜くしか,上手い手はないんだろうか。

 そして色々な治療方法を説明してくれる中,私に一つの欲望が生まれつつあった。

 

『このまま抜いたら,ネタになるかな』

 

 ネタ。そう,小説に書く時に使える貴重な体験じゃなかろうか。そう,思いついた。

 剣やら格闘で登場人物が負う痛み。口の中に溢れる血の味。衝撃を覚悟する時の心境。これら非日常の感覚を,リアルで味わえる良い機会ではないか。

 これぞ体を張った取材。

 そう,思いついた途端,私は頭を下げていた。


「じゃ,抜いてください」



 数時間後,私は激しく後悔していた。

 なにがネタだ。体を張って取材だ。趣味で文を書く私に,そんなものいらん。

 痛みと口中に溢れる血の臭いで,ようやく私は平常心に戻っていた。

 だって,大好きなご飯すら食べれない。楽しみの晩酌も当分出来ない。その夜は痛み止めを飲んで,ようやく寝れたぐらい。

 しかし,欲というものは恐ろしい。

 これだけの痛みだというのに,私は抜歯最中に目に映るもの,感じる痛み,全てを頭に叩き込もうとしていた。

 そして,帰宅して泣きつつも,頭の中で冷静に描写しようとしている自分がいた。


 物書きの,業。


 突然話が飛んでしまうが,かの有名な宮沢賢治の詩で,妹の死を見送る詩をご存知だろうか。

 雪と松葉が欲しい。あぁ,冷たい。松葉の青い香り,この痛み。松林にいるみたい。そう,薄れ行く意識の中で話しかける妹を,宮沢賢治は描写している。

 最愛の妹の臨終の様を,寒々としたまでに冷静に見つめ,美しい文章に仕上げている。

 知らない方は,実際に読んで欲しい。とにかく,美しく,悲しすぎる。

 身内の死を経験した方は,あまりにリアルで泣けてしまうと思う。

 そして,宮沢賢治という人物が,あまりにも悲しくなる。

 彼は,書かずにはいられなかったんだろう。物書きとして,この体験を書かずにいられなかったんだろう。

 妹の死を悲しむ自分の裏に,紙一重の裏に,刻一刻と死に近づく様子を,頭の中にひたすら書きつけていた彼が,いたはずだ。



 物書きとは,かなり罪深いかもしれない。

 抜歯の痛みにもだえながら,私は勝手に宮沢賢治に想いを飛ばしていた。


 そして今,こうやって文にしてしまう。親知らずの体験,無駄にはしなかったぞ。食事が出来なくて,少し痩せたし。

 物書きが不思議な生き物ってのは,間違いない。……いや,私だけ?!

 




 

 最初からかなり勝手してます。

 作者の叫びたい欲求が上がれば,更新します。不定期です。ごめんなさい。

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