1ノ7 十人……それでも
画像はルガルドの村周辺の地図です!
参考までに…
「戻ったよ……レン君」
「おっ、お疲れ! ガレンさんは?」
「うん……大丈夫! 無事だったみたい。もうすぐこっちに来るってさ。でも……」
「ん?」
少しの間の沈黙。そして彼女は重々しく口を開き始めた。
「八……人。八人だけしか……」
「え…………」
彼女のその一言。それだけで俺は胸に電動ドリルで穴を開けられたような戦慄を覚えた。
八人。
たった……八人。
ガレンさんの部隊が八人……そして。俺。アリシア
計、十人。
──俺は、記憶の奥に無理矢理封じ込ませていたそれを、思い出してしまう。
陣に戻るまでの道のり、岩場でも、平原でも、何度も頭の中で再生しては、無理矢理押し殺してきた記憶。心の中にさえも描こうとはしなかった、そんな記憶。
人の、死の記憶。
俺はつい数時間前、生涯で初めて人が人を殺める現場を目撃してしまったのだ。
大地に無造作に飛び散る鮮血、澄み切ったこの空気にこだまする悲鳴。鼻の奥をつくような悪臭──皮膚の焦げた臭い。
──あの時、あの場所にいたとある男の魔法使いが訴えた。
助けて、助けて。まだ、死にたくない。生きたい。
──その願いは、上空から飛来した無数の火球に包まれ、焼失していった。
この悲劇を作ったのは、誰だ。誰がこんな状況を引き起こした。
蛮族、確かにそうだ。あぁ、そうだよ。確かに奴らも悪い。──でも。
俺。俺じゃないか。俺のせいで、みんな……。
そうだ、本来ならあそこで陣の後方を叩く。そんな計画だったはずだ。
故に、ガレンさんたち戦士部隊は囮役という危険な立ち回りを引き受けてくれた。そう、この一ノ瀬蓮を信じて。
だが、事実俺たち魔法部隊は。そのタスクを達成することが出来なかったのだ。
この、生存者十人という数字。
おそらく、俺達の動きを封じ込め後方の憂いを絶った蛮族たち。彼らはそれのお陰で全戦力をガレンさん達に向けることが出来たのだろう。
俺たちの奇襲を待っている間、ガレンさん達は敵の総攻撃をずっとずっと耐久していた。そう思うとむしろ八人生存という数字が奇跡のように思えてくる。
そうだ……これも……全部全部全部! 俺のせいだ。俺の……一ノ瀬蓮の……。
──何かが、プツンと切れるような音がした。そんな気がした。
「…………ッ!!!!」
「レン君!!!!………」
気がつくと俺は、全力で地を蹴りテントを飛び出していた。
──嫌だ──嫌だ──嫌だ。
俺は、何人殺した! 俺だけが、何でぬけぬけと生きているんだ!
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ポツ──
雨だ。雨が降り始めた。それすらどうでもいい。
ポツ──ポツ── ザーーー
知らない、雨なんてどうでもいい。
逃げたいんだ。この現実、俺は人を殺した。そんな現実から。
逃げる──逃げる──逃げる逃げるにげにげニゲ────
ズドン!!
何かにぶつかった。硬い岩石……いや、岩盤だろうか。
俺は反動で思わず後方に吹き飛ばされる。その拍子に、ふと、上を見た。
岩盤……確かに近いかもしれない。だが俺のぶつかったもの、それには目が、鼻が、口が見える。
人だ……でもこの風貌……どこかで。
「大丈夫ですか! おや、レン殿ではござらんか」
太くて、どことなく頼りがいがあるこの声……もしや──
「が……ガレン……さん……」
「ご無事だったのですね! ……少し、お話宜しいですか」
そう言うと、男は温厚であった表情が一転、唇を強く結び厳しい表情へと変わる。
「レン殿……あなたは……一体……何者なのですか?」
「…………ッ!」
俺は、言葉を失った。
確かに、ガレンさんから見た俺、一ノ瀬蓮は突然ここの隊へとやってきた見知らぬ不審な人間ということになる。
「おっ、俺は、異世界人……です。アリシアの魔法でこの世界に連れてこられました。信じてもらえないかもしれないけど……」
厳しいかったガレンの表情が再び綻びを見せる。
「確かに、あのお方ならやりかねないな。分かりました、とりあえずはレン殿の仰ることを信じてみます」
「じゃあ……これで……」
俺は立ち上がり、再び現実からの逃走を試みる。
俺はもうここにいられる立場じゃない。一人だったとしても渚月を探し出して家に帰るんだ。
死んだってかまわない。何故なら、俺は人殺──
「待たれよ! レン殿」
ガレンの口から放たれた芯の通った言葉に、俺の足は釘を刺されたように動かなくなる。ガレンの表情が曇ってゆく。
「確かに、今回の作戦……それはレン殿の落ち度もある」
あぁ、よく分かってるよ。その通りだ。だからもう、ここには───
「でもね、それはレン殿だけのせいじゃない。しっかりと味方を守れなかった私。きっとエクスブルグ様だって同じだ。残りの七人だってそう。みんながみんな仲間を殺してしまったという罪悪感を抱えてここにいる」
…………でも……一番の敗因は……俺の作戦……
「だから、次こそは勝つのです。レン殿も何か考えがあるはずです。だから……ここに戻ってきたのでしょう? 亡くなっていった魂に報いる。それが今を生きる者の筋ってもんだ。だから──」
ガレンは胸を大きく膨らせ、大気を取り込む。そして──
「戦え! 一ノ瀬蓮!」
……そうだよ。みんな同じなんだ。
俺だけが、俺だけが悪いなんて、そんなの傲慢だ。自分の作戦が全てだと、どこか思っていた。──でも、違うだろ。
皆で、戦うんだ! 皆で、勝利を収めるんだ!
俺はガレンの方に再び身体を向けなおす。
「…………ごめん。そうだよな、皆戦ってるんだよな……ガレンさん、ありがとう」
ガレンは自らの表情を和ませると、一瞬だが自らの白い歯をチラッとこちらに覗かせた。
「おう! 同士よ! さぁ戻ろう。エクスブルグ様の元へ」
「あぁ」
気がつくと、先ほどまで降り注いでいた雫はすっかり上がってしまっていたようだ。
雲と雲の間から覗かせる薄橙色の光の筋が、水たまりに反射してこの大地を美しく染め上げていた。
───────
「あっ、きた……レン君! ガレンのこと……呼んできてくれたんだね」
「ハハハまぁそんなところだ……感謝したまえアリシア君!」
……いや、違います。自暴自棄になって飛び出してただけです。
「私があまりに遅いからと。彼が心配して見に来てくれたのです!」
ナイスフォロー!! ガレンさん!
「じゃあ……ガレンもレン君も、揃ったから……そろそろ」
「よし、じゃあ始めますか! 作戦会議!」
「おー!」 「いよいよですな!」
二人の口から威勢のいい言葉が返ってくる。すると、会議開始から五秒も経たない内に第一の発言がガレンの口から投げかけられた。
「こちらの戦力は……たったの十人だ」
「あぁ……そうだったね……」
二人の表情には陰りが見える。だが──
「大丈夫だ! 十人でも勝てる! 誰も殺さない」
「相手の兵力は約七百五十人。レン殿はそこを突破すると言うのですか!」
ガレンの言い分も最もだ……まともに戦ってたら、だけど。
「そりゃまともに戦ってたら勝ち目なんでないさ。じゃぁ……話すぞ。今回の作戦を!」
二人は黙ってこちらを向き、頷く。
「まず、この人数じゃ正面突破は不可能だ。だから何とかして奇襲を仕掛けなければならない。でも、森を使った奇襲はダメだ。あそこから行くと敵に見つかる可能性があるからな。前の囮作戦もそれが敗因だろう」
「なんで……見つかっちゃったんだろうね……」
「それについては目星は付いてる。多分、ユイハ=オプティミシアとか言ったか、あの少女だ。彼女は多分敵の間者だったんだよ。彼女は陣の後方に避難させたにも関わらず、その後決して姿を見せなかったからな」
「ユイハ……ちゃん……そんな……」
アリシアはすっかり意気消沈してしまう。彼女は少なからずあの少女を気に入っていた様子だったので、この事実が重く心に響いたのだろう。
「彼女には後で話を聞くとして……とにかく、森はあの手の見張りがいる可能性があるから、攻め方を変える」
「どこから行くと言うのですかな、レン殿」
「海だ」
「海……!」 「海ですと!」
二人は口々に感嘆の声をあげる。
「さっきこのテントに来る時、アリシアからルガルドの村の周辺が海だって聞いて、もしやと思ってたんだけど……これを見てくれ」
「これは……ルガルドの村の周辺地図?」
アリシアが怪訝そうな表情を浮かべて地図を見つめた。
「さっきアリシアがガレンさん探しに行ってる間、そこに置いてある本の下に挟まってたからちょいと見てみたんだ。見て欲しいのは……ここだ」
三人が取り囲む机の上、そこに置いてある本を示した後、俺は地図上で蛮族陣と書かれた箇所を指さす。
「ここ、地図で見る限りじゃ、海に面してる。違うか?」
「あっ……」 「確かに!」
二人は同時に声をあげ、俺の話をまるで信者であるかの如く聞いている。
「おそらく、敵も海からは攻めて来られないだろうと踏んでこの位置に陣を作ったんだろうな。だから、当然海に見張りなんているはずが無い!」
二人はなおも納得の表情を保ち続けている。俺は机をドンッと叩き、立ち上がる。
「そこでだ、この作戦はルガルドの村から小さな船を一隻借りる。海に出て敵陣近くで接岸して、そこからは──」
「そこから……?」 「どうするのですか?」
「────全力疾走で敵陣に突入する。敵兵は全員無視だ。その後、敵の指揮官だけをアリシアの捕縛魔法で人質に取る……危険だけど、これが恐らく一番……」
「相手の指揮官を人質に取ったとして……何を要求するのですか?」
アリシアはそろそろ話題に付いていけなくなったのか、村周辺の地図をツンツンと突っついている。
「蛮族と交渉する。それについても考えがある……けど、今は一刻でも早く出陣したい」
「ん……どうして?」
地図をツンツンと突っつきながら小さな声でアリシアが問う。
「夜……夜の内に海を渡りたいんだ、そうすれば敵から俺たちの事が見えることはないから」
「そっか……じゃあ、ガレン、レン君。出よっか」
「じゃあ……その交渉の内容は船上で教えて頂きますぞ!」
「おっけー! じゃあ、出陣準備だ!」
ふと、アリシアも立ち上がって、こちらに徐々に徐々に近づいてくる。
「それ……私の……セリフ!」
そう言うと、ポカポカポカポカという効果音が似合いそうなパンチを俺に向かって繰り出してくる。
「痛い痛い痛い痛い! 分かったから分かったから! やーめーろ!」
「レン君がいけないんだよ♪」
アリシア顔をぷくーっと膨れさせてそっぽを向く。
「二人共……出陣準備! うぅ……言えたから許す」
「よし!」 「かしこまりました!」
そして、アリシアは相変わらずみすぼらしいローブを身にまとい始める。ガレンは自らの準備を進めるべくテントの外へと足を進めた。
「二人共、絶対、この作戦、成功させるぞ!」
これが、俺たちの異世界征服計画の、第一歩だ。