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1ノ5 夢

 

 ──ここは、森。


 俺は、なんとか生きていた。


 幸いにももう敵は追いかけてくることもなく、俺たちは森の中、ひときわ目立つ巨木の根に腰かけていた。


「大丈夫? レン君」


 色白で少し長めの金髪が特徴的な美少女が、俺の隣から声をかける。


 だが、その正体は王国随一の魔法使いでありながら極度のドジっ子、それが起因となって今では落ちこぼれ魔法使いのレッテルを貼られている。


「ああ、俺は大丈夫……だ」


 丸焦げの左腕をだらりと力なくぶら下げ、俺は答える。


「あっ……腕……今なおすね……ぷち、ひぃる!」


 アリシアの持つ木の枝の先端部分に光の輪が出現。直後、光輪は魔法陣へと姿を変える。そして、魔法陣を身に纏う木の枝の先端から出現する淡い光が、俺の左腕を包み込んでいく。


 左腕に触覚が戻る。痛みが消えていく。暖かい──


「さんきゅ! 助かった」


 アリシアは軽く頷き、薄い笑みをその顔に浮かべる。


 ──だが、直ぐに険しい表情へと変化する。


 それもそのはずだ。だって──


 俺は自分の周りをぐるっと一周見渡してみる。


 三十人近くいたはずの仲間の魔法使いたち。だが今この巨木の下に集まることが出来た者。


 計、二名。


 俺、アリシア。以上だ。


 ──迂闊だった。俺は勝手に敵が猪武者の集団だと決めつけた。そして敵について何の情報も得ようとはせず、名前だけの『戦略』を振りかざしていた。異世界なのだから俺は負けないって、根拠のない自信を信じていた。


 俺のせいで、何人の人が死んだ! 俺は、一体、何人殺した!


 俺のせいで! 一ノ瀬蓮のせいで! 一体幾つの命が────


 俺は自責の念に押しつぶされ、唇を血が滴るほど噛み締めた。


「レン君だけのせいじゃないよ……元は私が……あたまきんにくなのがいけないんだから……」


 俺の左肩をポンポンとたたき、彼女は言った。だがその表情に笑顔は無かった。


 ──────


「レン君は、この世界が三つの大きな国からなってるって……知ってる?」


 突然、彼女は語り始めた。


「いや、初耳だなぁ」


「この世界は……ここ、(あお)の国エストレア。そして、(あか)の国ヴァルグヘイム。それから(みどり)の国グラシアル、の三つの国……で出来てるの」


「三つの……国?」


「うん……。今この世界では……その三つの国がね……互いに互いの資源を狙って争ってる」


 アリシアは少し俯き、続ける。


「それでね、蛮族って言うのはね……紅の国ヴァルグヘイムから追い出された人達のことを指す言葉なの……それで、安定した生活を求めて、このルガルドの村に……攻めてきたみたいなの」


 俺は昨日の夕暮れ時、隣のテントにいた傷だらけの男に聞いた話を思い出す。


「えっ……でもアリシア、蛮族に囚われてたって……」


「噂ではそういうことになってる……でもそれは半分だけ嘘。私が捕えられていたのは……紅の国ヴァルグヘイム。そこで奴隷として働くことを命じられてた……」


「アリシア、お前……」


「心配……しないで。もう……昔の事だから」


「半分だけ嘘……っていうのは?」


「私は……そこから逃げたかった。だからね……こっそり、蛮族の人達に付いていくことにしたの。でも三年前、蒼軍の人達と戦った時……私の仲間だった人達……皆、蒼軍に殺されちゃった。でも私は……魔法がちょっと人より使えた……だからね、王都まで連れてこられたの。多分、王国魔法騎士団で活躍できるだろうから……って」


「そんな……ことが……」


 俺が呟くと、彼女は深く息を吸い込み、立ち上がった。


「────レン君────」


 そして、こちらを向き、少しだけ間を開けて、続けた。



「レン君──君は……私が呼んだの、この世界に」



 ………………へ?


 俺は口と目をMAXに見開き、5秒間ほどフリーズした。そして、沸き上がる様々な感情を抑えつつ、口を開いた。


「あ、あの……じゃあ……妹、は? ナツキは? ナツキをどこへッ!」


 俺は立ち上がり、怒りのままにアリシアに掴みかかった。


「ご、ごめんなさい……妹さんは……たまたま巻き込まれちゃったというか……その……私にも、分からないの」


 俺は失意の余り、アリシアを離して再び座り込む。


「じゃあ……あの当たりに見せかけたアイスの棒、そこに書かれた模様を見ること、それこそが魔法発動のトリガーだった。そういうことか……ッ。それでたまたまその場に居合わせたナツキがたまたま巻き込まれてしまった、ということか……ッ」


 今思えば、あのアイスの棒の模様が最後に放った光。それはアリシアの魔法発動時の光に酷似していた。


「でも、一つだけ……わかることがあるの。ナツキさんについて」


「なっ、なんだ!」


 俺は自らの瞳にほのかな希望の光を宿らせ、食い入るように返事をした。


「彼女は……この蒼の国エストレアには……多分いないの。昨日…君が気絶している間……魔法で探せるところは探して、各地に散らばっている魔法騎士団の皆にも……伝達魔法で聞いたから……」


「じゃあ……一体どこへ……」


「紅の国ヴァルグヘイム、もしくは翠の国グラシアル……でも……」


「でも?」


「今、この三つの国は……とてもとても……乱れてるの。だから、たぶん……探しに行ったとしても……相手に見つかったら……きっと殺されちゃう」


「そう……か……」


この先どうすればいいのか、俺には分からない。もう、アリシア達と行動する意味も失った。だからといって俺だけアリシアに頼んで家に帰るのは────


その時、アリシアが空を見上げ、手を後ろで組んでゆっくりと俺の周りを歩き出した。


「ねぇ……レン君───」


俺は、顔を上げ、アリシアの方を見つめた。


────────


「私には……夢が……あります」


彼女は足を止め、こちらを向く。そして、続けた。


「私は……もう……誰も殺したくないの。皆が皆、幸せに生きること……。それが、私の夢」


そんなこと出来るわけない。と、心がそう言った。


「でもね、今この世界では。国が三つになっていて……皆が皆奪い合ってる。国土、資源、命だってそう。私はね、それを……止めたいの」


幻想だ、一魔法使いに何が出来る。と、心が訴えた。


「だけどね……私……馬鹿だから……一人じゃ何も出来ないし……私の隊の人達も……私の噂……知ってるから、進言とか……できなくなっちゃってる」


そりゃそうだ。と、心が呟いた。


「だから、私は、本当の意味で私の夢に協力してくれる人を……探しました」


誰もいない、リスクがデカすぎる。と、心が叫んだ。


「一ノ瀬……蓮君、私の……この夢。実現……出来ないかな。この世界を、幸せに。皆が笑顔でいれるような場所に……出来ない……かな」


心が……爆発する────


「無理なんだよ! って言うか! 勝手にこの世界に呼びつけておいて! 今度は世界を平和に? ああそうですか、勝手にやってればどうなんですか? 大事な大事な妹と離れ離れにしておいて? 俺は一体何なんだよ。こんなこと聞くために戦略考えてたのかよ! こんなこと教えてもらうために俺は左腕を焦がしたのかよ! こんなことのために……お前の部下は……死んで行ったのかよ……」


………………


アリシアは、俯いていた。


彼女の目から出る二筋の雫が、絶え間なく地面へと吸い込まれてゆく。


やがて、彼女は今にも消えてしまいそうな声で話し始めた。


「……そう……だよね。……私が……ダメだから。ごめんね……レン君。傷ついたよね……痛かったよね……。やっぱり私じゃ……何も出来なかった。それどころか……私。兵隊さんたちの事も……軽く見てたのかも。昨日……テントで……レン君言ってたよね……『彼らは……アンタの駒じゃ……ないんだぞ』って……私、言われるまで気付けなかった。ダメだね……私。やっぱり……こんな夢……幻想だったのかな……」


俺は、冷静を取り戻した。


涙をこぼしながら語るアリシアの姿は。真剣そのものだった。彼女は、本気でこの世界を────


でも、俺には関係ない。妹を探して家に帰る──


──どうやって? どうやって探す? 当ても無く。


──どうやって? どうやって帰る? 魔法も無く。


──どうやって? どうやって生きのびる? この世界で。


──────……必要だ。アリシア=エクスブルグ=ハセガワが。


だが、どうやって協力を得る? 俺までこんな見ず知らずの異世界を平和にする? 三国が争うこの世界で。



ん?────三国?


何かが引っかかる。三国……。


三国志!!


古代中国において、()(しょく)()の三国に別れて闘いあっていたあの時代。


────なぜ?今の中国は一つなんだろう。




────奪いきったらかだ。一人が、今の中国を作りあげたその人が、征服したからだ。




そして、渚月……渚月を助けるためには、どうすればいい。



国の間をコソコソ渡り歩く? ────不可能。


直ぐに見つかってしまう。どうすればいい……。




そんなこと、簡単だ。奪えばいい──国ごと奪って征服すれは自由に探しに────



────征服────


全てが……繋がる。


そうだ、征服してしまえばいい。何もかも。この世界ごと。奪ってしまえばいいのだ。


「いや……あながち幻想じゃ無いかもしれないぞ」


「え?」


アリシアは泣きやみ。顔を赤らめてこちらを見つめた。


「逆だ。奪えばいい。この世界から笑顔を奪っている奴らから。皆の笑顔を」


「………………」


「いいか、よく聞いてろよ」


俺は、立ち上がった。








「俺たちで、この異世界、征服してやろうじゃねぇか!!!!!!!!!」









ポカン、とアリシアはこちらを見つめている。


「……でも────」


「でもじゃねぇ! 本気で夢叶えたいんだろ? だったら、やるしかないじゃんか!」


「そんなの、レン君が……損してる……」


「いや、実はそうでもないんだ。もし世界征服すれば俺はナツキを自由に探せるからな」


アリシアは口に手を当て。再び二筋の涙をその顔に浮かべた。そして、俺の胸に額をのせた。彼女の涙が染み込んで来る。温かい……


「ホントに……ホントに……うぅ……あり……がとう。レン君……っ」


「これからも……宜しく頼むぞ。アリシア」


「…………こちらこそだよ……レン君…………」


俺は、アリシアの頭を撫で続けた。彼女が落ち着くまで、ずっと。



巨大樹の葉の間から差し込んで来る明るい光が。俺たちの頬を照らしていた。


────────


「────落ち着いたか? アリシア」


「うん……もう大丈夫。ありがと」


「そうか、じゃあそろそろテントに戻って、『戦略』の練り直しだな!」


「そうだね……今度は、負けない」


「あぁ、これが俺たちの異世界征服計画の、第一歩何だからな」


俺たちは見つめ合い、笑いあった。


俺はこの世界に来て、こんなに笑いあったのは初めてだった。


────────


俺たちは森を抜け、岩場へと帰路をすすめていた。


はぁ……疲れた……。


相変わらず俺は、へばっていた。背中を丸め、地面に足をこすりつけるように歩いていた。


「ハァ……ちょっと休憩」


「……大丈夫?」


アリシアは俺が歩みを止める度に、俺を慈愛の目で見つめてくる。正直、照れくさい。


「あぁ……もうちょい……ファイトー!イッパーツ!リポ〇タンD!」


「よくわかんないけど……その言葉聞くと雪山の崖でも……素手で登れそうなぐらい、元気、でるね」


「それアカンから!大正〇薬に訴えられても知らんから!」


彼女は一瞬困惑の表情を浮かべた、だがすぐにクスッと笑みを浮かべると。再び歩みを勧め始める。


「────ねぇ、レン君。私から一つ……言ってもいい」


「愚痴ならお断りだぞー! ちきしょう!」


「ううん、違うの。ねぇレン君、私からの、頼み事───聞いてくれる?」


俺は彼女の方向を向き、頷いた。




「一緒に……世界征服……しよ♪」







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