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1ノ11 開戦

 

「一気に決めるぞ、続け!」


 俺はアリシアと二人味方軍十人の先頭に立ち、自らが絞り出せる全力の走りで敵陣に踏み込んだ。


 敵陣に突入するや否や、蛮族軍のものと思われる三角形の白いテントが目に入り、敵軍の軽鎧兵たちが動揺の表情を隠せずにいる姿を目撃する。

 次第にテントから次々と外へ出てくる敵兵たち。彼らは俺たちに目線をやると、すぐさま背を向け走り出していた。


 ――でも俺が思うに、彼らは決して臆病風に吹かれながら逃げ惑っているわけではない。


 この世界に来てからまだ二日と経っていなかったあの時の夕暮れ、そのとき俺は鮮やかな血赤色で身を染めていた彼女――アリシアをこの腕で受け止めた。

 彼女が深手を負っていた理由、それは彼女率いた第二分隊、総勢五百名の全滅という惨劇がもたらした結果の一つである。

 つまり、蛮族は約五百人もの兵力を穿(うが)つことができるほどの力を持っている可能性が高い。


 そんな彼らが、たかが十人相手に奔走するっていうのはちょっと考えにくい。

 だとすると考えられるのは──上官への報告。おそらく俺たちの侵攻に気づいた彼らは、陣の奥深くにいる上官へこの状況を知らせに行ったのだろう。


「いいな、戦闘になっても人を殺めたりするのはナシだからな」

「「了解!」」


 威勢のいい返事が後ろの九人から聞こえるのを確かめ、俺は再び意識を研ぎ澄ませる。


 ──突如、俺たちの前方に赤く妖々と光る魔法陣が出現。テントの裏に隠れていた敵魔法使いの軍勢が姿を現す。


「「フレグマ」」


 微かに聞き取ることができた掛け声と共に、その魔法陣は熱を帯びた炎の球へと変化。俺たちの方向目掛けて放たれた。


「前から……魔法攻撃。レン君、指示を」

「ガレンさんたちは回避優先。アリシアは……迎撃できるか?」

「できる……レン君は、私が守る」


 アリシアはそう言いつつ木の棒を体の前に構えると、自慢の武器である武器である木の棒、その先端部分で眩い過剰光が円を描いて輝き出す。


「セイグリット・アロー!」


 アリシアのやや後方に黄金色の魔法陣が出現。そして中心部分から白銀の光矢が迫り来る炎球の群れをめがけて直進する。


 飛来した炎球と放たれた閃光がぶつかり合い、臓腑を震るわせるほどの激しい爆裂音が大地を揺らし、大空にこだまする。


「よし、全部撃ち落としたな! ナイス!」

「まだだよ……相手の杖だけ貫く……セイグリット・アロー」


 アリシアから再び放たれた白銀の矢は、爆炎で視界が良いとは言えない中、彼らの杖だけをミスなく次々と貫いてゆく。


「くそっ、一時退避!」 「体制を立て直せ!」


 蛮族軍の魔法使いたちがそそくさと退散していく姿を横目に、俺たちは奥を目指して再び走り始める。


「さすがだな、アリシア」

「このぐらいなら……撃ち落とせる」

「よし、このまま敵の大将んとこまで飛ば──」


「レン君、上ッ!」


 思わす足が止まり、ふと顔を上げてみる。すると、先程撃ち落としたはずの火球がもうすぐそこまで迫っていた。


「うわぁぁぁぁ!」


 頬が焼け落ちたと錯覚するほどの熱量が顔面に襲いかかり、目の前にある『死』に全身がすくみ上がる。


 やばい! これはホントにやばい!


 俺の中にある直感が『死』を拒絶し、すぐそこにある『死』を何とかしろと働きかけてくる。それに対して身体が動く事を拒み、避けようにも膝が笑って動けない。


 ──その時。


「危ない!」


 アリシアが俺を突き飛ばし、火球の目前に自ら立つ。俺は地面に体を叩きつけられるものの、この行動のおかげでひとまず『死』の危機を脱することができた。その代わり──


 まずい! アリシア!


「レン君は……私が……ッ」


 火球から放たれる熱がアリシアを飲みこもうとした。まさにその瞬間だった──


「ハァッッッッ!」


 どこからともなく聞こえてきた力強い声と共に、その火球は見るも美しく真っ二つに切り裂かれていた。


 火球を見事に一刀両断した男は、身長の半分ぐらいはあるであろう(げき)を携え、見るからに年季の入った重鎧を身につけているあの大男だった。


「ガレンさん!」

「危ないところでした、無事で何よりです。さぁ、先を急ぎましょうぞ」 


 俺たちの前に颯爽と現れたガレンさんはそう提言すると、再び列の後方へと戻ってゆく。


「ほんと……危なかったよ……」


 アリシアの顔に未だ焦燥感が残っているのが感じられ、思わず俺は自責の念にかられてしまう。


「ごめん、俺のせいで」

「ううん……気にしないでいいよ。それよりほら、前に進も」

「あぁ、助けてくれてありがとな。よしみんな、前に進むぞ!」

 

 俺は小さく頷き立ち上がると、萎えかけていた気力を振り絞って再び足を動かした。


 立ち並ぶテントの間を縫うように、俺たちはひたすら前へ、前へと疾駆する。その終着点に何かがあると信じて。


「敵兵、二十から三十。アリシア、なんとかなるか」

「任せて……セイグリット・アロー」


 テント裏から突如として現れ、すらりと細い長剣を構える軽鎧兵たちの集団が前方に立ちはだかる。

 俺が淡々とした口調でアリシアに指示を出すと、彼女はすぐさま魔法詠唱を開始した。


 アリシアの後方から極光の鋭矢(セイグリットアロー)が次々と

 孤を描くように放たれる。それは当然のように敵の細剣を根元からへし折り、無力化し、戦意もろとも(えぐ)りとる。


「また来る、二十、三十……いや、五十」


 しかしすぐに敵の後方から重鎧を身にまとった増援部隊が出現。それも、かなりの多人数だ。


「全軍一時停止! アリシア……まだ、やれるか?」

「ハァッ……ハァッ……なんとか……するのッ!」


 魔法の使いすぎからだろうか、膝に手を乗せながら息を切らしているアリシア。俺はそんな彼女の姿に『少し、休むか?』と言いかけた。だがその眼光に宿された底知れぬ闘志が、俺に有無を言わせない。


まずいな、どうやら敵の戦闘態勢が整ったみたいだ。


その証拠に視界に入る敵の数は今もなお増え続け、三人一組の小隊を組みながらこちらを睨むように見つめている。


「じゃあ、行くよ!」


 そう言うとアリシアは再び背筋を伸ばし、ふうっと息をつく。


「──レン君、少し下がってて」


指示に従って彼女の隣から一歩だけ身を引き、ガレンさんたちの横に整列する。


 アリシアの黄金色(こがねいろ)で染まった繊細な髪の毛、そして華奢な身体を包み込むローブが風になびくとほぼ同時、敵軍が総攻撃を開始する。


「「うぉぉぉぉぉぉ」」


怒号と共に飛び出した敵集団に対して、アリシアは唯一武器である木の棒を身体の前に構えて迎撃体制をとっていた。


するとアリシアの木の棒に光輪が取り巻き始める。その光はなおも強く、さらに強く強く輝いて──


属性解放(アベッシング)!」


刹那、武器の周りを包みこんでいた過剰光が、まるでガラスを割ったときような音をたてながら四散した。


──その時だった、上空に無数の──まさに無限とも思える数の魔法陣が具現化したのは。




「──セイグリット・アロー……熾光(レパディア)








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