1ノ9 金銭問題、発覚!
「お金ないって……俺たちこっからどうすれば……」
俺たちは今、完全なる足止めを食らっている。
このルガルドの村までやって来て、まさかの事態、金銭問題が発覚したのだ。
でも確かに薄々感づいてはいたさ。だってアリシアさん、服ボロボロだし、武器は木の棒だし、金がない時は『穴を掘れー』って指示出してるらしいし──と、その時。
「じゃあ……穴を掘ろう! お宝さがし!」
満面の笑みから一転、申し訳なさげな表情へ変化したアリシアが。迷いのないハッキリとした口調で言った。
「あのなぁ……俺たち、十人だぞ? お宝なんて掘り出せると思うか?」
「うっ……そうだった……」
もう当たりがすっかり暗くなってしまってから、かなりの時間が経っている。一刻でも早く船を手に入れなければ夜が開けてしまい、この作戦の続行は難しくなってしまう。
「時間ももうほとんど無いし……どうすれば──」
「あの……」
ふと、ガレンの後ろを付いてきていた七人のうちの一人が、俺たちの元へとやって来て、自信の欠片も感じさせないほどのか細い声で言った。
「どうして、敵の陣に乗り込むのって今晩なんですか?」
俺たちに話しかけるのに余程神経をすり減らしているのだろう。俺たちに提言したその男は、茶髪の下に隠れた額から汗がしみ出ている。
「そりゃ、夜のうちに乗り込みたいから──いや、待てよ」
ガレンさんの直属の部下であろうこの男の発言は、確かに的確に的を射ている。
彼は『今晩』と言ったんだ、明日だって明後日だって等しく夜は来る。なのに俺は──
「すまない……なんか、この短期間に色々なことがあって……俺きっと、焦ってた──」
俺の対応が少しだけ以外だったのだろうか。彼は小さく息を吐き出すと、肩を撫で下ろしてから再び発言を続ける。
「今晩はこの村のどこかで休息を取って行きませんか? 何せ持ち金が一シルもないので、心地よさそうな草地でも見つけてそこで一晩明かすというのはどうでしょうか」
確かに、俺がこの世界に来てからというもの、まとまった睡眠とはからっきし無縁だ。いつだったっけ? 最後に寝てたのって、もしかしてアリシアに陸魚で轢かれて気絶した時が最後?
「そうだな、じゃあそうしますか……」
はぁ……お外か。怖ーいお兄ちゃんと虫とかかいないといいなぁ……嫌だなぁ……。
「あっ……あそこ……広場? かな……」
アリシアの指さす方向を見てみると、確かにそこは街路灯の光が一際強く輝き、十人の人間が眠るには十分過ぎる空間が伺える。
「さんきゅアリシア……よし、みんなでレッツ睡眠だ!」
──かくして俺達十人は安眠を求め、広場に向かって木造りの民家の間を縫うように歩いていった。
* * *
「着いたね……みんな」
「あぁ、地面こそ草地じゃないけど、木造のベンチがあるから少しは休めそうだな」
『村』の広場という言葉に若干の違和感を覚えるほどの大きさの広場は、道と同じ白基調のレンガの地面から造られている。でも、俺たちの歩いてきた道とは明らかに異なるものが一つだけ──
「見て……あそこの池の真ん中。おっきい水魔石から……水が……上がってる」
「ホントだ、あれは、確かにすげぇ……」
確かに、あれは俺たちの世界で言う『噴水』と瓜二つだ。でも明らかに今俺の目前にあるそれは、俺たちの世界のそれよりも高く、強く、美しく舞い上がっていた。強く蠢く水龍のように力強く、しかしどこか儚いその妖艶な動きに、俺の心はすっかり溶け込んでしまっていた。
「あれは、水魔法の一種なのか?」
「そう、水魔石って言ってね……この蒼の国エストレアでしか取れないの」
得意気に自らの薀蓄を披露し、彼女は噴水にほど近い木造ベンチに腰を掛けた。
ガレンさん達八人は、各々がベンチに腰を掛け、瞼を下ろし始めている。
「レン君……朝になったら、どうやって一日でお金……稼ごっか」
俺も噴水にほど近いベンチ──アリシアの隣を今晩の寝床と定めた。
「やっぱり十人で日雇いのバイト、探すしかないよな……」
「うん……そうだよね……私、がんばるよ!」
次こそはヘマしないよ! と意気込む彼女を横目に、俺はコクっと頷く。
──この世界に来てから今まで、思い返すとこの短期間なのに色々なことがあった。渚月との離別、作戦の失敗、人の死。
辛かったこと、悲しかったこと、今まで経験したことも無いぐらい、沢山。でも、それが全てじゃないかった──
「ふわぁ……私……寝るね。おやすみ……レン君」
アリシア──そう、彼女との出会い。出会ってわずか三日と経っていないのに、俺がここまで打ち解けることができた人間を俺自身は知らない。ずっと側で、俺を笑顔にさせてくれた──
っといかんいかん! 俺はこの女にこの世界に連れてこられたんだった。あぶないあぶない。
「アリシア、お前やっぱり『魔女』なんだな──」
彼女の口から返事の言葉が返って来ることはなく、もうすっかり落ちてしまっているみたいだ。
──ふと、アリシアが頭を俺に預けてくる。こういうところは、何故か渚月とそっくりだ。心が綻び、安らぎが流れ込んで来る──
───────
* * *
「──君」
瞼が……重い。
「──ン君!」
頭も……重い。
「おーきーてー!」
「あぁあぁあぁあぁ────」
何者かに強く全身を揺さぶられる。今まで上がることを全力拒否低た瞼さんも、これには堪らず自らを持ち上げた。
目の前にあったのは、ステンドグラスのように輝く金髪と、絹のように透き通った象牙色の肌、二対の小高い丘陵にボロボロの布。
「おはよう……アリシア……」
「おはよう……レン君、みんな準備……できてるよ」
「うおっ、俺ビリ? まさか天下のボケ蔵アリシア様に敗北するとは──ぐほへっ」
唯一の物理攻撃『棒でぶっ叩く』を見事にクリティカルヒットさせたアリシアさん、どうやら俺は完全に出遅れてしまったようだ。
「さっきね……ガレンとね、広場の角にある宿屋に……『一日だけ働かせて下さい! 拙者達、がんばるが故にッ』て頼んで来てくれたから……大丈夫!」
「よし、お前にしちゃナイスプレーだ! じゃあ行くか、そこの宿屋に」
広場と村のメインストリートの丁度つなぎ目、そこに堂々と構える木造四階建ての建物。ここが俺たちの一日職場となったようだ。
「いらっしゃい! あぁ、来たね! 金髪のお嬢ちゃんたち」
建物に足を踏み入れてみると、少々胴回りに丸みを帯びた中年女性が俺たちを快く迎え入れてくれた。──この店の、店主だ。
「ありがとうございます、精一杯働きますね」
「まぁ! 頼もしい。じゃあ早速、お願いしようかしら」
──そこから、俺たちの怒涛の半日が幕を開ける──
朝、俺は起きてくるお客さんに食事の配膳。調理場ではルガルドの村特産の白身魚を軽く塩を振り炎魔石の上でカラッと焼き上げ、その上から和の真髄、醤油を二、三滴かけている。ここの世界にも醤油があるのか──はぁ、食べた─いやダメダメ! 今はお金を稼ぐんだから。ガレンさんは外にゴミを捨てに行っているみたいだ、一人でゴミ袋十個持ってたな……すげぇ……。他の七人は玄関の落ち葉をせっせと掃いて、木製の小さな郵便受けを磨いている──外の掃除だな。アリシアは──雑巾に足をすくわれてズッコケてるな、正直見ていられない。
昼前、俺は朝旅立っていったお客さんの客室のシーツ交換。オフトゥンの取り扱いには長けているという自負があるこの俺は、ものの数分で全てのオフトゥンを処理しきる──ミッション・コンプリートだ。後ろを振り返ると、客室のトイレ掃除を任されているアリシアが奮闘中だ。なかなか良くやってるんじゃん──あ、石鹸に滑ってコケた──。
夕暮れ時、俺は夕飯の支度のお手伝いだ。今晩のご飯は……っと、どうやら今朝水から揚がったばかりの新鮮なお魚たちのようだ。それに手の平サイズの巻き貝もある。調理スキルが皆無の俺は、こんがり焼き上がり飴色のソースがかかっているそのお魚達の盛り付けだ。足りない調味料はガレンさんが買い出しに行ってくれたからもう心配ない……でもやっぱりガレンさん、十袋持ってなあ。んで俺が盛り付けた今晩のディナーを配膳するのがアリシアだ。俺は調理場が忙しくて背後のアリシアあまり目もやれない……心配だ。──あ、今俺の後ろで皿が割れる音がしたぞ! 誰だ!
* * *
「アンタたち! お疲れさん! 初めてにしては良く頑張ってくれたじゃないの」
労いの言葉を投げかける熟年の店主に、へばって腰を丸く丸めている俺たちは全員一致のグッドサインで答える。
「おっ、お疲れ様でした……」
「はいよ、これは今日のお駄賃さ」
薄茶色で中の少し膨らんだ小包を受け取る。やっとの思いで手にした俺たちの全財産がこの包に入っている……はずだ。
「あ、ありがとうございます!」
やはり礼は元、日本人のしての礼儀だからしっかりと済ませておく。
「そんなそんないいんだよ! さぁ、お行き。エクスブルグ様達」
「えっ、どうして……私のこと知ってるの?」
「当然さ! この村を護ってくれてるって有名だよ? アンタ。恐ろしい人だって聞いてたけど、案外普通のドジっ子だったのね」
ドジっ子じゃないもん、と言わんばかりに頬を膨らませるアリシアに店主の熟年女性はクスッと顔を綻ばせる。
「この村のこと、お願いね!」
「うん……大丈夫。みんなは私が……守るから」
「それは頼もしいねぇ──さぁ、行った行った! やらなきゃいけない事、あるんだろ?」
突然、煙を払うかの如く俺たちを店から追い出そうとする店主。だが不思議と嫌な気分になることはなかった。
「うん……ありがとう……行ってきます」
「もしよかったら、また寄っておくれよ!」
ルガルド港へ歩き出す俺たちの背後では、半日ほどだけお世話になったお店から店主が腕を高く挙げて、左右に振っている。俺たちも同じく、彼女に手を振り返していた。
「良かったな、アリシア」
「うん……この戦いが終わったら、また──」
この戦いが終わったら──蛮族との戦いだろうか、それとも世界征服への果てなき戦いなのだろうか。
「じゃあこの戦い、終わらせに行こう──」
嵐のような半日が過ぎ、あとの予定は海を渡ることなっていた。日もすっかり見えなくなり、再び俺たちの元へ夜が訪れる。
「うん!」
第二の関門、ルガルドの村からの出航という課題のゴールが遂に、俺たちの目の前にその姿を現た──




